4.実音の投球レベル
中学一年生の実音が、体力テストのソフトボール投げをしている時のお話。
秋川:そろそろ肩慣らせた? そしたら順番に計測ね。助走する時、この線から出ないように気をつけて。先生、五メートルから一メートルごとに、頑張って全部の線描いたんだよ。だから、できれば消さないようにね。えっと、中一女子の平均は……十四メートルだって。全然いけるいける! みんな超えられるよ!
生徒A:実音ちゃんいいよー。
実音:うん。いくねー。
秋川:(お、雅楽川さんはどうかなぁ?)
実音:よ!
生徒A:えっとー、うーんと……たぶん、四メートル!
実音:去年と一緒だぁ。でも、ちょっと線に近づいたかも。
生徒A:ま、こんなもんだよねー。
実音:ねー。
秋川:いやいやいやいや! 最初の線にも届いてないじゃん! あんなに引いたのに!
実音:?
秋川:今のは投げてるんじゃなくて叩きつけてるって言うの! このままじゃ、体力テストの結果、悲惨なことになっちゃうよ!
実音:大丈夫です。私、握力は自信あるんで!
秋川:いくつ?
実音:去年は二十八でした!
秋川:まあまあ強いな! って、それだけ数値よくてもダメでしょ!
実音:上体起こしも得意です。マーチングとダンスもやんなきゃだったんで、長座も年々伸びてます! これでそれ以外をカバーします!
秋川:うん。ムラがあるのね。
生徒A:それってダメなんですか?
秋川:いや、ダメっていうか……ほら、ちゃんとやれば平均なんて簡単に超えられるんだから、もっと真剣にやろうよ!
生徒B:ちゃんとやってるよね?
生徒C:うん。真面目にやってこれだもん。実音ちゃんの今のやつは、さすがにちょっと酷いと思うけど。
実音:え?
生徒B:たしか前に聞いたことある。あ、お姉ちゃん情報ね。中学の体育って小学校と違って専門の先生だから、脳筋バ……運動できる人しかいないって。
秋川:(今、「脳筋バカ」って言おうとした?)
生徒C:それだと、できない人の気持ちなんてわかんないか。
秋川:え、それは……。
生徒A:なんで体育って、できる子はみんなに「すごい!」って言われて先生からも褒められるのに、できない子は見せしめみたいになって、惨めな想いしなくちゃいけないんだろうね? 紙のテストの点数は晒さないんだから、体育も一緒にしてほしくない?
生徒D:わかる! 私逆上がりできなくて、放課後居残りさせられたもん。できないもんはできないっての! その時の先生も体育得意な人だった! 「なんでできないの?」って、知るか!
秋川:なんか……ごめん。
生徒D:あ、アキちゃんに怒ってるんじゃないんだよ。
秋川:……「ちゃん」じゃなくて「先生」ね。
実音:「できる」「できない」より、どれくらい成長したかを見てもらいたいよね。全体の平均より、過去の自分に勝つことを目標にした方が現実的だし。
生徒D:そう! それ!
生徒A:若いから伸び代しかないもんね!
生徒B:だね!
生徒C:あとはさ、もっと具体的なやり方を教えてもらわないと。いきなり「はい、やって!」て言われてもね?
実音:うん。言葉で説明してもらったら、たぶん私たちもわかると思う。そういうの、先生になるための勉強で学ばないんですか? あと、生徒のやる気を出させるには心理学とかも大事かなって。
秋川:……うん。……そうだね。
実音:この辺ボール遊びができる公園がなくて、授業以外だと投げる機会ってないんですよね。だから、ゆっくり丁寧に投げ方を教えてください。
秋川:……はい。……えっと、こんな風にリズムよく勢いつけて……ふん!
生徒A:すっご!
生徒B:男子の記録超えてるんじゃない?
生徒C:でも、あれ真似できないよー。
生徒D:全然説明できてないじゃん!
実音:アキ先生……。
秋川:勉強する! するから! お願いだから、運動しかできない先生だとか思わないでー!
実音:とりあえず、さっきの記録より上を目指してやってみますね。
生徒A:みんなでワイワイ息抜きするだけなら、体育も別に嫌いじゃないからね。
生徒B:いつもこういうのならいいのに。
生徒C:じゃあ、一メートルアップ目標ね!
生徒D:アドバイスできたらしてね!
秋川:了解。
実音:いくよー。
生徒A:はーい!
実音:えい!
生徒A:惜しい! あともうちょっとで線に届きそう!
実音:難しいねー。
秋川:(だから叩きつけてるだけなんだってば! でも、言葉でどう言ったら……)
実音:アキ先生。どうでした?
秋川:えっとー。
実音:角度とか? そういう数学とか物理的なこととかは?
秋川:この辺でこう!
実音:…………はい。
秋川:そんな「ダメだこりゃ」って顔しないでー!




