18.オッチの初恋
保育園児の相知十真子は、クリスマス会でプレゼントを届けにきたサンタクロースに恋をした。
彼が本物でないことは、仲の良い友達から聞いて知っている。前年のサンタ役と違って、それほど背は高くない。相手が園長か誰かの知り合いによる変装だと見破っているため、相知は興奮することなく余裕の笑みを浮かべながら前に立った。すると、立派な口髭を生やした彼は仏のように優しい微笑みを返してきた。それを見た彼女は、初めて胸の高鳴りを覚えた。言葉が出なくなってしまい、彼が帰るまでただ棒立ちするだけ。意識を取り戻して園長に誰だったのか問うものの、「あれはサンタさんだよ」と言われてはぐらかされた。
初恋の老人と再会する日はなかなか訪れず、月日は流れていった。そして小学生六年生になった相知は、テレビに映る老人を観て目が釘づけとなった。
その人物はクリスマス会で出会ったサンタのように優しく、時にお茶目な一面を見せたかと思えば本気で児童を叱った。
彼が教えているのは吹奏楽。だから相知は、中学生になったら吹奏楽部へ入ろうと決めた。そこに行けば彼のような者に近づけると考えたのだ。しかし、彼女が入部した部活の顧問は女性だった。
その後、文化祭で見かけた顧問にまた恋をした相知は、大三東高校でも吹奏楽部に入る。だが、顧問は頼りないアラサーの男性。彼女の心は全くときめかなかった。
看護師となった相知は、病院で多忙な毎日を送っていた。
部活を引退してから切った髪はまた伸び、現在は業務の邪魔にならないようにお団子ヘアだ。次のヘアドネーションに向けて、今でも手入れは欠かしていない。
この仕事を選んだのは母親への憧れもあるが、一番の理由は高齢の会長(あだ名)が来るかもしれないという理由からだった。
高校の全国大会の前日にバスの中から応援する姿を見た時も、最後の演奏会で観客として訪れているのを目に焼きつけた時も、彼女は彼から大きな力をもらった。誰でも良いのではない。彼だから心が大きく動いた。テレビの中の老人も、大三東の顧問だった者も、どこかあの時のサンタに近いものを感じていたから惹かれたのだと、彼女は自分の恋愛を分析している。そして、あのサンタに一番似ているのが会長であった。
ところが、相知の思惑どおりには上手くいかず、会長は病院に訪れることはなかった。別の病院にいるかと思い探ってみるものの、それらしき人物はいないと言われてしまった。
会長は神出鬼没。いつどこに現れるのかわからない。大三東の演奏会へ足を運ぶが、相知が近づいて声をかけようとした時には彼はもういなくなっている。
(運命の相手だって思っとったのになぁ。帰りに商店街にでも寄って聞き込むとするか)
この日の勤務終了時刻が近づき、彼女は引き継ぎの業務をこなしていく。そこにひとりの男性が近寄ってくる。
「こんにちは」
「あ、こんにちは」
相知に挨拶をしてきたのは商店街の吉田。最近、彼は家族の見舞いで病院をよく訪れる。
「もうお帰りですか?」
「仕事があるけんね。……間違っとるならごめん。なんだか元気ないように見えるよ」
「わかります? なかなか病院に来ん人ばおって心配しとるんです」
「それ、健康な証やね」
「あ、そうですね」
「病気もせんで長生きしとるんは羨ましか。ほら、会長とか」
「そう! そうなんです! 会長ですよ!」
「お?」
「吉田さん。会長と最近会っとらんですか?」
「会ったよ」
「え、いつ?」
「今さっき」
「なぬ!?」
「お見舞いにね。ふらっと現れてもう帰ったよ」
「なしてそれをすぐ言わんのですか!?」
「え? あ、ごめんね。何か話すことあった? あの人、これから保育園のクリスマス会に向けて準備があるんよ」
「……クリスマス会?」
「うん。サンタになってプレゼントを渡すんよ。いろんな保育園とか幼稚園を回っとるらしいね。今年はどこだったかな?」
「……会長だ!」
「ん?」
「あれ、会長だったんだ!」
「へ?」
目を丸くする吉田を放置し、慌ただしく仕事を済ませて相知はパパッと着替える。彼女の頭の中は会長でいっぱいだ。
初恋相手の正体を特定した彼女は、急いで彼を追いかけるのだった。




