17.受け継ぎし者たち ②
フルートパートのパートリーダーである荒木咲恵は、ダブルリードパートの面倒も見ている。中学校にはなかったダブルリードのことなど、彼女にはさっぱりだ。だから運指も手入れの仕方もわからない。それでも、教えられることを見つけて接してきた。
オーボエの林田巴子は頑張りすぎてしまうところがある。それを止めるのが、実音から荒木に課せられた大事な仕事だ。高音を担当する楽器同士、分奏やセクション練習でも行動を共にすることが多い。荒木はたまに声をかけ、悩んでいることがないかも尋ねた。自由曲が決まり、重要なコールアングレのソロがある巴子は重圧で押しつぶされそうだった。彼女はオータムコンサートの映像を何度も観て、実音の音を研究している。それを知っている荒木は、具体的なアドバイスができないことにもどかしさを感じた。
そんな巴子とは違って、ファゴットの北浦奈也は前向きすぎた。新入生へ熱く教えつつ、自分のソロにも楽しそうに取り組む。北浦の教え方は下手で困惑する一年生が可哀想に思うが、そこは大学生から送られてきた動画で乗り切ってもらうしかない。
また、荒木自身も乗り越えなくてはならない壁がある。それは、実音から託されたフルートの扱いについてだ。
普通の高校生が手にするには高級すぎる楽器の良さを最大限に活かすべく、彼女は日々研究を重ねている。卒業した七種結乃花も、前回の全国大会にてこの楽器で素晴らしい音を奏でた。それに勝るものを鳴らすことと、この楽器に込められた想いを伝承することを使命とし、荒木は真面目に練習を続ける。ところが、平穏な個人練習の時間は突如奪われた。
「荒木せんぱーい!」
「……奈也ちゃん、どうかした?」
「一年生が吹いとるやつ、昔の大学生が使っとった方だからなのかジョイントが緩くって。あと、コルクが剥がれそうです!」
「コ、コルク?」
「どうしたらよかですか?」
「えー、コルク……えー」
「フルートはどうしとるんです?」
「フルートにはそんなのないんよ」
「へぇー。そうなんですね! 勉強になります!」
「ごめん。大学の人に訊いてくれる?」
「了解です! ありがとうございました!」
北浦が元気に帰っていきホッとしていると、次に暗い顔の巴子が現れた。
「ど、どうした?」
「すみません。楽器にヒビが……」
「ヒ、ヒビ? え、楽器に?」
「はい」
「それって大丈夫なの?」
「鳴らせるには鳴らせます。ただ、良い状態ではなかです。だから修理に出したいんですけど……」
「あー、養父さんね。はいはい。ファゴットもあの人に頼むべきかな? 連絡してもらうよう先生に頼んどくよ」
「ありがとうございます」
フルートでは起こりえないことの連続に、荒木は適した言葉を言えているのか不安になる。自分の楽器だけでも勉強することがたくさんで放置していたが、やはりダブルリードについても理解した方が良いかもしれないと、彼女は思った。
アルトサックスの草野星瑠は、マーチングのカラーガード部隊のリーダーだ。
リーダーと言っても、ガードは高校生になってから始めたため、人に教えるほど自分が上手いとは思っていない。実音がお手本となって撮らせてくれた動画を何度も見返し、そのまま一年生に伝えているだけだ。大技がなくても観客を喜ばすための方法はちゃんと学んできた。一緒に彼女から技を教えてもらった仲間たちと協力して、基本の動きが完璧に揃うまで繰り返す。全員が初心者からのスタートである。だから悩みも共感でき、お互い励まし合って練習を行えた。
たまに、近くでひとり指揮杖を投げる北浦が、とんでもない方向に飛ばしてくる。フラッグをぶつけられる恐怖がなくなったと安心しきっていたが、危険は去ってなどいなかった。ヒヤヒヤしつつ、一年生が無理なくついてこられるスピードで、草野はリーダーの役割を務めた。
同じくアルトサックスの村里清羽のことは、良きライバルだと思っている。ひとつ上の頴川紅の読む雑誌を共に読んでおり、草野はしっかり得た情報を取り入れている。村里と休日に会った時、彼女の私服はダサくビビットカラーだらけで目が疲れた。それでも、制服を着ることを忘れて蛍光色の服で登校したことのある泓塁希に比べたらまだマシだ。
村里は少し珍しい経歴の持ち主で、小学校の金管バンドでアルトホルンを吹いていた。「ホルン」という名がつくが、ユーフォニアムを小さくしたような形の金管楽器だ。イギリスでは「テナーホルン」とも呼ばれる。中学校では声が大きかったため応援部にスカウトされ、音楽から一度離れた。しかし、クラスメイトで仲の良かった吹奏楽部の友達に誘われ、二年生から兼任することになった。友達が「私、アルト吹いとるんだ」と言い、村里が「私も吹いとった」と返したことで、サックスパートへと連れていかれ今の楽器になった。
高校生になり、村里は歯の矯正や姿勢だけでどんどん上達した。中学校に入学した時からアルトサックスを吹いてきた草野は、一年生でコンクールメンバーに選ばれた彼女に実力で負け、一時は劣等感を抱いた。だが、村里は自身の成長に気づかず、草野をよく褒める。彼女がお世辞を言えない性格だと知っているから、素直にそれが嬉しい。
部長としての働きには残念なこともたくさん見られるが、学生指揮者のプリンスがよくサックスの練習する教室に現れるため、プリンスファンの草野にとってはラッキーだ。カラーガードのリーダーを引き受けたのも、マーチングリーダーの彼との接点が増えるから。彼女は村里が声の大きいアホでよかったと思っている。
「星子! ふたりでロングトーンしよ!」
「OK。……あれ? ハネ子、部長会議の報告しに先生の所に行くって言っとらんかった?」
「ブンブン、準備室におらんかった! たぶん職員会議!」
「ふーん」
その言葉を信用してふたりが楽器を構え吹こうとすると、教室のドアが開けられプリンスが顔を覗かせる。
「村里。文先生職員室で待ってるけど行かないの?」
「……そっちか!!」
「保護者会の資料コピーしてたよ」
「今行く!」
「あと、書いてもらった計画表だけど、この『組体操』って何?」
「みんなの絆を深めるイベント!」
「……いらないかな。怪我したらどうするの?」
「あそっか!」
「草野、ごめん。村里借りるね」
「どうぞどうぞ!」
教室を出ていく村里よりも、草野はプリンスに向かって手を振って見送ったのだった。




