16.受け継ぎし者たち
初めての全国大会へと導いた三年生が部活を引退してから、吹奏楽部の二年生は大きすぎる偉業の連覇と更なる高みを目指し、日々奮闘中だ。
連日濃い練習を行なっているが、パーカッション小柳北斗は、自由でキャラの濃い先輩たちがいなくなり快適に過ごせている。
パートリーダーだった相知十真子は、基本的にはまともな先輩だった。しかし、あまりにも歳上の男性が好みなところが理解できず、ほかの先輩たちと混じって恋バナで浮かれやすい点が問題に感じた。好いてもいないのに「若すぎるなぁ」と言われた時は、持っていたスティックを危うく折りそうになった。課題曲のドラムを彼女から取れなかったのも本当は悔しかったが、文化祭や定期演奏会で叩いた自分のドラムを先輩の雅楽川実音が直接褒めてくれたことで、不貞腐れることなく努力を続けられた。納得ができるまで理由を話してくれた彼女に、彼はとても感謝している。
桟原七柚は、小柳にとってかなり危険な存在だった。各々嗜好は自由だと認めていても、絶対にふたりは合わない。休憩中に百合漫画を読んでいた桟原に、小柳は前を通っただけで「今、男はいらん!」と言われたことがある。相知同様理不尽すぎる後輩への言葉に、彼は湧き上がる怒りをなんとか抑えて隅で大人しくした。
そして、補伽世津は桟原よりももっと危険な存在だった。彼女は小柳を見ると、たまに口元を手で隠しながらニヤつくことがあった。どんな妄想をしているのか、恐ろしくてとてもじゃないが訊けない。一応配慮はしているようで、小柳が傍にいる時はなるべく私物を広げず聞き役に回る。ただし、彼が席を外した時は遠慮しないため注意が必要だった。
三人が引退して、居心地がずっと良くなった。同じパートの同級生である吉川桐可に睨まれたこともあったが、最近はそれもない。小柳の記憶では、吉川が敵意を向けてくるのは実音と話している時だった。直前までドラムのことで落ち込んでいた彼を慰めていた吉川の態度が、その時は一変した。その実音が引退してからはなんとも平和だ。
そんな吉川は副部長で忙しい。そこで、パートを仕切るのは小森市埜だ。彼女は演奏会で司会の大役も務めている。また、小柳とは小学校から一緒だ。中学生の時も同じパートだった。そして、ふたりは友達以上恋人未満の関係である。中学三年生の頃から、互いに好意があると感じ取っていた。しかし未だにくっつかない。
帰る方向が同じで、ふたりは登下校を共にすることが多い。部活の冬休み前の最後の活動日、小柳は帰り道隣を歩く小森を何度もチラチラと横目で見た。
「何?」
「あのさ」
「うん」
「やっぱいいや」
「……」
「……」
「……ねぇ」
「ん?」
「卒部式の時、隈部先輩と写真撮ってたよね?」
「うん。え、それがどうかした?」
「小柳のタイプって、ああいう人なんだね」
「ち、違うって! そうじゃなか! あれは……えっとー」
「小柳が誰を好きだろうと、私には関係なかよ」
「こ、小森だって縫先輩のこと、こっそり撮ってただろ!」
「なんで知ってんの!?」
「あと野田のことも撮ってたな」
「あれはみんな撮るよ!」
「そっちはな。縫先輩の方はマニアックだと思うなぁ」
「隈部先輩の方もね」
「それは失礼だろ!」
「縫先輩に対してもね!」
「……」
「……」
気まずくなり黙って歩くふたり。それを、周りの通行人は青春だと思って見ている。
実は、小柳は声フェチだ。だからアニメ声を出せる小森に惹かれていた。だが、高校で隈部満のウグイス嬢のような声に魅力されてしまった。実音の合奏の時の凛とした声や普段の優しい声も、彼は素敵だと思っている。もちろん見た目も好みだ。
一方小森は、背の高い異性に惹かれるタイプだった。中学二年生の後半から身長の伸びた小柳を特別だと感じていたのだが、高校でもっと高い縫壱月が現れた。さらに、「プリンス」こと野田ライオネル武士という顔が完璧な部員が身長まで伸びたことで、小柳への特別感が失われた。中学校の部活で学年唯一の男子だった彼よりも、世の中いくらでも高身長の者がいることに気づいてしまった。現在の彼の身長は平均的だ。
どちらも相手のことが嫌いになったわけではないが、「この人でなければならない」というものが見つからない。まだまだ、ふたりが距離を縮めるには時間がかかりそうだ。
曲目について話し合ったりするために、度々パートリーダー会議が開かれる。それに出席中のホルンの馬渡初喜は、いつも居心地の悪さを感じてしまう。
同じパートのプリンスは、学生指揮者として部長よりも動き回る。その彼の負担を少しでも減らすべくパートリーダーに任命された彼女は、パートの練習計画を立ててプリンスから感謝されても、そういうのが彼の優しさだとネガティブに解釈をする。今も、実力が伴っていないのにもかかわらず、一応名ばかりのパートリーダーとして呼ばれているだけだと思っている。
馬渡はプリンスが好きだ。ただし、それは恋愛感情というより神への信仰に近い。敬う対象であり、安易に近づくべきではないと考える。ゆえに、同じパートにいても自分からプライベートで声はかけない。物理的にも一定の距離を保ち、なるべく直視しないようにしている。
この馬渡の態度は、ファンクラブを立ち上げたふたつ上の学年の西田嬉奈的に優等生で、「宰相」として法村風弥から役目を引き継ぐよう言い渡された。
「今日の話し合いは以上です。みんなお疲れ様」
役員の立場で会議に参加していたプリンスを、馬渡は薄目で拝む。
(あぁ。今日も麗しいなぁ。綺麗な顔に産まれてくれてありがとう。感謝、感謝)
「ちょっと聞いとる?」
「へ?」
「気、抜いとる場合?」
「あ、ごめん」
「もう。しっかりしてよね!」
「うん、ごめん」
同じく会議に出ていたクラリネットの松崎萌季に話しかけられ、馬渡は萎縮した。
パートが同じというだけで、どうしてもプリンスファンから目をつけられやすい。目立たぬようにしても、嫉妬の目を向けられてしまうのは仕方がない。
「これからプリンスと吉田さんの所に打ち合わせに行くの! その間、初喜がホルンをちゃんと仕切っといてよね!」
「うん」
馬渡は松崎を刺激しないよう、言動に細心の注意を払って彼女を見送った。
その日の練習を終えると、打ち合わせから帰ってきたプリンスは、女子部員たちからバレンタインのチョコを大量にもらった。馬渡もみんなと同じタイミングで渡す。本命としてというより献上に近い。
無事渡し終えて帰宅しようとすると、松崎に呼ばれたプリンスが教室に入っていくのが見えた。気になって馬渡が後を追いかけ耳を傾けると、中から松崎の声が聞こえた。
「ずっとプリンスのことかっこいいなぁって思ってた。頼りになるし、優しいし、でも熱くなってみんなを引っ張っていくところも、私全部好き。それ、本命だよ。ねぇ、プリンス。よかったら、私と付き合ってほしいな」
(うわー! 言った! 萌季が言ったー!)
生の告白現場を初めて見て、馬渡のテンションが上がる。しかも、告白された相手は推しだ。彼の言葉を松崎同様心臓をバクバクと鳴らしながら彼女は待つ。
「気持ちは嬉しい。でもごめん。僕、今は部活のことで精一杯だから」
馬渡は教室から出るプリンスに見つからないよう、素早く身を隠す。そっと中の様子を窺うと、残された松崎がポツンとひとり佇んでいる。
(プリンスならそう言うと思っとった。やっぱりそうだった! たぶん、ずっと誰とも付き合わなそうだもんなぁ)
推しの部活に対する想いが伝わり、馬渡も心を引き締めて明日の練習を考えるのだった。




