15.新人記者
新人記者の四十九院虹日は、上司からひとりで取材してくるように命令された。政治家や芸能人のゴシップネタを掴むため日々張り込む先輩たちに倣い、彼女は物陰からターゲットを絞る。そしてなるべく穏やかそうな女性に近づくと、名刺を渡して早速質問をした。
「吹奏楽の闇について、どう思いますか?」
「……はぁ?」
怪訝な顔を向けてくる相手に、四十九院は「そりゃ、そういう反応になるよなぁ」と思った。
目の前の建物は、吹奏楽コンクールの全国大会が行われている会場。この日は高校の部の審査があり、ホールでは午前の部の審査中だ。
その外でインタビューをする彼女の周りは、出場者の関係者や吹奏楽ファンである。そんな者たちに質問する内容として不適切だとわかっていても、上司に言われてここにやってきた彼女は仕事をするしかない。
「練習時間が長く、顧問や先輩からのパワハラで精神的に追い込まれる生徒がいるという話を聞いたことはありませんか? 辞めたくても辞めにくい雰囲気もあるそうですね。そういう部活動は、今の世の中に必要なんでしょうか?」
「どうしてあなたは、今ここでそれを質問するんですか? 私の娘がこれからあそこで演奏します。それなのに、よくそんなことが訊けますね」
「お子さんが所属されているのなら、親御さんとしていろいろ思うことがあるかと思います。是非、それをお聞かせください」
「お断りします!」
「……ですよねー」
怒りながら背を向けて歩く女性を、彼女は目を細めながら見送った。
各地で部活動の地域展開の動きがあり、部活不要論の声も大きい。
比較的メジャーな部活の闇を書くことは、ゴシップ好きの読者の反応が良い。また、ネットには同調して拡散する者もいる。たまたま四十九院が任されたのは、全く関わったことのない吹奏楽だった。同僚は野球部やサッカー部を取材中だ。活動実績がほぼない同好会の幽霊部員だった彼女は、ネットの掲示板からネタを探していった。生の声を聞くために直接アポを取ろうとしても、普通に断られる。よって、上司からコンクール会場へ行くように言われた。その彼も吹奏楽については詳しくない。
会社がどういう理由でこの記事を書かせようとしているかなど、四十九院は興味がない。雑誌が売れて出世できるのならそれで良い。
五人ほど機嫌を悪くさせたところで、彼女はテンポを上げるべく、人を選ばずどんどん声をかけていくスタイルに切り替えた。
「パワハラ……。まぁ、指揮棒が飛んできたり、合奏で晒し者みたいになることはありました。でも、私の顧問はみんなに平等でしたよ? 中には悪い先生もいるんでしょうね。だけど特定の生徒に厳しい人って、吹奏楽だけの問題じゃない気がしませんか? 学校外の指導者がみんな聖人だとも断言できませんしね。叱らない先生も増えているようですけど、そういう所で強豪校だと外部の指導者が多かったりするんですよ。そりゃ楽器のスキルは上がりますって。あ、これ大学の友達情報です。部活って上手くなる以外にも学ぶことがいっぱいあるのに、なんだかもったいないなって思います」
「経験者として言わせてもらうと、辞めにくかったのは事実です。だけど、辞めなかったから成長できた気もします。退部した友達が悪いとかじゃなくて、それはそれで間違ってないと思いますし、人それぞれかなって」
「軍隊みたいって否定する声、私も聞いたことあります。そう言われても、元々軍隊がやってた音楽隊がモデルみたいなところもあるじゃないですか。本物の音楽と違うって、ならそう言うあなたが思う音楽はどうして正しいって言えるんですかって訊きたいですよ。自分が良しとする音楽と異なってると、相手が子供でも拒否する人っていますよね。指導者の否定もどうかと思います。慕って入部した部員がいるのに、そういうことを平気で言える人が不思議でなりません」
「コンクール重視って、そんなに悪いですか? 一生懸命やって、何が悪いんですか? ほかが疎かになってるって、全部を見てないのになんで言い切れるんですか?」
「ただ楽しくみんなで音楽をするだけってのもいいですよね。子供が本気で頑張る姿は誇らしいけど、身体とか将来のこととか心配で仕方ないです。けど、本人が決めたことなので応援します。それが親ってもんでしょ?」
「現役の時は、まさか部活ができなくなるかもなんて考えられませんでした。今こうして問題になってるのは、ずっと放置してきたからなんですよね。当時の顧問に、もっとお礼が言いたいです。あと、私でもできることがあるなら、後輩のために何かしてあげたいです。受験の仕組みとか就活のルールとかもそうですけど、大人が決めたことに振り回されるのって本当に嫌になりますよね。今しかない大事な時期なのに……。私は振り回す側になりたくなかったです」
「正直、先生とか先輩とかの当たりはずれってあります。あと設備も。僕は良くない方だったかも……。そういうの、どうにかできないですかね。個人で楽器を続けてるけど、やっぱりこういう場所で演奏できるのって、すごく憧れちゃいます。ただのファンだけど、勝手に感動をもらって感謝してるんです。聴けばわかりますよ」
「今の先生たちって、あんま叱らないんです。私の先生もそう。だからかわかんないけど、逆に信用できないっていうか……。友達とか、完全に先生ことナメてますよ? 昔って、もっと子供のために厳しくしてくれてたんですよね? 愛のある指導ってやつ? それ、受けてみたかったなぁ」
険悪なムードになりながら取材を続けていると、会場から観客がたくさん出てきた。今は表彰式の時間で、人々がスマホで結果を確認している。
歓声をあげたりどよめいたりする中、一部お通夜状態の団体がいた。そこに四十九院は近づく。
「あのー、すみません。私、こういう者です。少しお時間よろしいですか?」
目に涙を浮かべた大学生くらいのふたり組に声をかけると、彼女たちはハンカチで顔を拭ってから姿勢を正した。
「取材はお断りしています。お引き取りください」
「まぁまぁ、そう言わず。学校じゃなくて個人にお伺いしたいだけですので。もしかして、吹奏楽経験者の方ですか? 母校の応援にいらしたんですかね?」
「ここが方南の集まりだとご存知ないんですか?」
「方南……? あー、『闇属性』とか言われてる学校ですか」
「……なんなの、この人?」
「我慢して。……何が訊きたいんですか?」
「ここってたしか、オーディション主義なんでしたっけ? おふたりも受けたんですか? そういうの、かなり残酷ですよね。友達同士で蹴落とし合ったりしてたんですか?」
「……してましたよ。してましたけど、それが何か? それだけ部員がいるっていう証拠じゃないですか。もっと部員が少ない学校に行ったら避けられたことです。あえて選んだんです。レギュラーの枠がもっと少ない部活って、たくさんあるじゃないですか。それに比べたら、吹奏楽はまだチャンスがある方です。よく私立のスポーツ強豪校なんかで、ライバル校の戦力を削ぐために推薦で生徒をかき集める話を聞きますけど、うちはそういう所とは別なんです。もし一軍に落ちても、マーチングで全国の舞台に立つことは可能です。全員が表舞台で輝ける部活なんです。そうは言ってもやっぱり座奏のここは特別で、だからみんな限界を超えて毎日努力しているんです」
「後輩に負けることの悔しさ、あなたに理解できるかわかりません。それ以上に、先輩たちから受け継いだ方南ブランドを守りたいという想いは、簡単にわかろうとしていただかなくて結構です」
「方南ブランドですか。……で、今回の結果は?」
「……」
「……」
「あ、ダメだったんですね。それはご愁傷様です」
「……この人追い出してもらえないか訊いてくる」
「ううん。放っておこう。それより、もう長谷部たちが来るだろうから、迎える準備しよ」
四十九院の存在を無視し、ふたりは団体の中央へと入っていってしまった。
すると溜め息をつく彼女に男性が声をかけてきた。
「取材ですか? よろしければ僕にも」
「え? あ、はい」
「吹奏楽の闇について訊いてるんでしたっけ? そうですね。そういうの、ありますよね。まぁ、吹奏楽に限らずですけど、強豪校の顧問ばかりが連盟の役員だと、弱小団体が消えていくのを止めるのは難しいんじゃないかと。格差はなくなりません。だけど、本気で今の子たちやこの先ことを考えるなら、もっと行動に起こさないとですね。もう遅い気もしなくはありませんが。でね、それを全部政府とか自治体任せにするのもどうかと思うんです。民間でやった方が早い。そうでしょ? 僕の役割は、積極的に動いている者の手助けとなるように伝えること。あなたもそうです。あなたのやっていることは、今日ここで演奏している彼らを貶めることも救うこともできるんです。よく考えてくださいね」
「ひょっとして、同業者ですか」
「名乗り遅れましたが、僕はこういう者です」
その男はテレビ局の社員で、「鈴木」という名前だった。
「僕が出会った中に、素晴らしい指導者がいました。彼は今なら『パワハラ』を疑われるような熱い人で、でも愛のある優しい人でもありました。僕らがどう報道するかが大事なんです。ただ合奏中に厳しく子供たちを叱る場面を伝えるのか、裏で悩んでいる姿も映すのか、周りの支援も見せるのか、与えられた試練を乗り越えようとする子供たちをどのくらいの距離で追うのか、取材した相手が世間に晒されてどうなってしまうのかも考慮して、社会が良くなるために正しく届けるのがメディアの役目です」
「……」
「午後の部がありますので、僕はこれで」
男性がいなくなると、四十九院は取材中に使用していたボイスレコーダーをオフにした。
仕事だから、どうしても記事にまとめないといけない。マイナスな意見もあったことから、彼女はそれらを組み合わせて書くつもりだ。だが、その前にあとひとつだけやることがある。会社が入手したチケットを持ち、初めて生で演奏を聴く。興味の有無は関係ない。
『ただいまの演奏は、九州代表、長崎県立大三東高等学校吹奏楽部のみなさんでした』
四十九院は吹奏楽に興味がなかった。
音楽に感動したこともなかった。
初めてのコンクールは、知らない曲ばかり流れていて退屈に思っていた。
そんな彼女の瞳が、今潤っている。
「心に刺さる」という言葉があるが、ストレートに心の奥まで響いた演奏に魂が震えた。
初出場の公立高校がやってのけた衝撃に、彼女は仕事を忘れて賞賛の拍手を送った。
後日、四十九院の書いた内容を見た上司は部下を睨みつけた。
「なんなんだ、これは」
「はて?」
「とぼけるな。真面目にやれ」
「大真面目ですよ」
「なんだと?」
記事には、現在の部活動の問題点を挙げている。だが、それで終わらなかった。良くしようと努力している例として熱田西高校の取り組みを紹介したり、部活動の良い点も書いた。
「いろんな立場や考え方を載せた方が、それだけ多くの人の共感を得られるじゃないですか。だからこうしました」
「好き勝手書きやがって……。わかっているのか?」
「ええ、もちろん。この前の取材で知り合った方の伝手で、もう次の職場は決まってます」
四十九院は退職願を上司に渡す。
「お世話になりました」
それから彼女は自分の席へ戻ると、清々しい気持ちで片づけを始めるのだった。




