表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
がんばらんば〜Another〜  作者: 尋木大樹
番外編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/25

13.眼鏡(ロボット学指揮)

 テレビで実音(みお)を観た田中翠牙(たなかすいが)は、両親に自分もフルートを吹きたいとねだった。しかし、ふたりは中学生となる息子にもっと男の子らしく育ってもらいたかったため反対した。落ち込む田中に助け舟を出したのは彼の伯母だった。彼女は学生の時に吹奏楽部に所属し、今は作曲家として活躍している。お下がりのオーボエを甥っ子にプレゼントし、知り合いの講師も紹介してあげた。伯母が通っていた教室でピアノを習ってきた田中は、同じ楽譜の読み方をする楽器を渋々受け入れた。両親も、男性の講師に説得されてようやくレッスンに通う許可を出した。

 伯母は田中の一番の理解者で、両親や学校の者にも言えないような悩みも聞いてくれた。彼女は彼にとって、姉のような存在だった。








 家から通うには遠い方南(ほうなん)高校では、必然的に寮暮らしとなった。

 寮母は優しく面倒見が良い人だったが、伯母とは全然違う。ここで暮らすことに不安しかなく、誰も頼ることはできなかった。その不安の一番の原因は同室の同級生にある。


「授業進むスピード速すぎー! ねぇ、明日の予習ってどこまでしたらいい? 田中ー、助けてー!」

「……」


 小野紅蓮(おのぐれん)とはクラスは別でも部活と寮は同じで、ずっと一緒に過ごさなくてはならない。


「うるさい! 部屋の外まで小野の声が響いてる! 田中も注意してよ!」

「えー、ごめんよー」

「……」

「ほかの部活の人にも迷惑かけてる! 静かにして!」

「だってぇー!」

「『だって』じゃない!」

「……」


 女子の部屋のある上の階から文句を言いに入ってきたのは長谷部花藍(はせべからん)。部活外でも責任感を発揮する彼女の登場で、部屋の中がより騒がしくなった。田中の心はざわついて、明日の復習どころではない。だからといって寝られそうもなく、無理やり集中力をマックスにして、ふたりを視界に入れないようにしながら問題を解いていった。








 同期の実音は、小野とは異なりほどよい距離感で話しかけてくる。

 ただし、練習中は人が変わる。


「私の歌い方聴いてて。ここが頂点ね」


 なんの恥じらいもなく突然歌って表現力のお手本を示してくる彼女。聴かせるだけに終わらず、田中にも歌うよう要求をする。


「恥ずかしがっちゃダメ。あのね、歌えないのに楽器でもできるわけないでしょ? 私しか聴いてないんだから、ほら」


 歌うことの苦手な彼の音を、彼女は少しも笑うことなく聴く。


「実際に動かしながら声に出すといいよ。一緒にやろ?」


 そう言って、実音は勝手に振付を考えて踊る。

 上手くなるために、ライバルの得意なことを教え合おうと提案してきた彼女の誘いを受けてしまったのは、田中自身だ。彼は実音以外に誰も見ていないか周りを確認してから、恥を捨てて彼女の真似をした。

 今更後悔をしても遅い。実音は基本的に優しいが、本人は無自覚なスパルタを行う。強豪校出身だからこそのやり方に、田中は戸惑いつつも彼女に従った。

 逆に彼が教える時も、彼女は己に対して厳しかった。個人レッスンを受けてきた時間が少ないため、どうしたって同期の四人の中では技術力で劣る。男子の田中のペースにも必死についていき、酸欠になってもまた立ち上がる。そういう根性が、彼にはとても眩しく思えた。


「ごめん、もう大丈夫だから。もう一回お願い!」


 パートの中で唯一鼻抜けしやすい実音。伯母が同じ体質だったことから、田中だけは少しだけ理解してあげられた。休ませたくても続けようとする彼女を、彼は勇気を出して止める。


「……休憩……しよ」

「え? あー、ごめん。ありがとう。……うん。本当にごめんね」

「……」

「無理に話そうとしなくていいからね。なんとなく言いたいことわかるもん。音聴けば調子の良し悪しだって伝わるよ」

「……」


 ここまで共に練習をしてきて、確かに実音は声に出さなくても田中の指示がわかっていた。表情も小野のような豊かさが出せないが、それでも彼女は読み取る。


「田中の伝えたいこと、みんなに通じなかったら私が代わりに言うからね」

「……ありがと」

「同じパートの仲間なんだから、遠慮しないで」

「……うん」


 実音の優しさに、田中の心はホワホワした。

 しかし、彼は思い出す。無理に話さなくて良いと言いながら、彼女は彼に平気で歌わせることを。


「今日はもう吹けそうにないから、こっからはまた歌おっか!」

「……」

「あれ? そんなに嫌? でもやんないと! ほら、一緒に!」

「……」


 田中は息を大きく息を吐いてから、実音の真似を再開した。








 実音の知らない所で、田中と小野と長谷部は暗躍している。

 実音がクラスメイトや先輩から告白されたと知ると、直接相手の元を訪れて、今後一切彼女に近づくことがないように強くお願いをした。そのほかにも、彼女の下駄箱に手紙がないかチェックし、見つけたら差出人に突き返したこともある。

 見た目も性格も良い彼女を狙う者は多い。部活以外のことで掻き乱されることがないように、三人は彼女を守った。田中は基本喋らない。だが、無表情の彼が立っているだけで圧をかけることができた。

 これは実音が方南を去っても続いた。成長した彼女がまたネットで有名になってしまった際は、少しでも彼女への興味を逸らすために、吹奏楽関連以外の雑誌の取材を受けた。方南高校が今までやってこなかったことでも、顧問に頼み込んで実現した。結局効果はなかったようだが、離れていても彼女を守りたかった。








 もうひとつ、田中には実音に隠していることがある。

 この秘密を知っているのは伯母と長谷部のみだ。長谷部には、高校一年生の三学期に知られてしまった。








 実音がフルートパートにお試しコンバートしてから、オーボエパートには暗い雰囲気が充満していた。

 完全実力主義のこの部では、彼女の将来を考えると顧問の判断は間違っていない。しかし、誰も喜べなかった。田中もそのひとりだ。彼女が過呼吸になったと聞かされた時は、寮に帰った後に三人でどうしたら良いのか話し合った。翌日から部活に来なくなった彼女がどう決断するのか不安で、練習に集中できない。

 この日は実音が来ているという噂があった。二年生は顧問に呼び出されて不在。小野は別のパートの上級生に叱られ中。教室には田中と長谷部しかいない。ふたりはペア練習を行なっていた。

 互いの音がいつもより不安定で、重なったふたつの音が波を作る。長谷部はイラついており、一旦立ち上がって身体を伸ばした。これは実音がよくやる仕草で、固まった身体がほぐれると音も変わる。田中も長谷部と同様に楽器を置いてから立った。


「田中は雅楽川(うたがわ)のことよく睨んでたし、実はそんなに悲しんでないのかと思ってた」

「っ!」

「その反応は違うってことか。同じ親衛隊だもんね。でも、小野とふたりでやってる時、田中の顔がそう見えたから。……もしかして、睨んでたのは小野の方? それって、雅楽川のこと……」


 長谷部の言葉に、田中は大きく首を横に振る。


「……そっか」


 珍しく長谷部が恋バナをしてきたことで、田中は空気を変えたくなり身体を後ろに逸らした。次に前へと折り曲げる。すると、胸ポケットに入れていた生徒手帳が落ちた。それを長谷部が拾う。


「キャー!!」


 いきなり出た高い叫び声。しかし、それを出したのは長谷部ではない。


「た、田中……?」

「イヤー!! 見ないでー!!」

「え……?」


 生徒手帳を奪うように長谷部から取り返した田中の呼吸は、激しく乱れている。彼は大事そうに両手で生徒手帳を胸の前で抱え、目の前の同期に恐る恐る目をやる。


「え……えっと、その声ーー」

「見た?」

「え?」

「中身、見た?」

「見てない見てない!」

「……そう。……驚かせてごめんなさい」

「え、言葉遣い…………え?」


 目を大きく見開く長谷部に田中はもう誤魔化しきれないと悟り、廊下を見てから彼女と向き合う。


「あたし……」

「あたし!?」

「聞いて!」

「はい!」

「あたし、本当はこんな声なの。どうしても出さないといけない時は、ものすごく低くして話してた。無理して出すから、かなりしんどかった」

「そ、そうなんだ。へ、へぇー。……あ、でも声変わりが遅い人もいるよ。そのうち田中だってーー」

「たぶんしないわ」

「しないわ!?」

「だから!」

「はい、聞きます!」

「あたし、つまりね、その……心は女なの! パパたちが男らしさを求めるから、自分の気持ちを隠してこんな格好してるけど、本当は可愛い服が着たいの! 気をつけていても喋り方とか歩き方とか指摘されたことがあって、ここではそれを出さないようにしてたの!」

「……マジか。……え、でも寮で男子と生活してるじゃん。平気なの?」

「平気じゃないわよ! しょうがないでしょ! むさ苦しいのはあたしも無理! それでもパパたちに言えないもの!」

「小野は知ってるの?」

「そこが一番の問題!」


 田中は生徒手帳を開く。そこには写真が一枚挟まれている。写っているのは、中学三年生のソロコンテストの時の小野と田中のツーショット。撮ったのはその場にいた長谷部だ。


「小野が記念にって言って、私が撮ってあげたやつじゃん。……え、まさか?」

「そのまさかよ! あたしは小野が好きなの!!」

「えー」

「引かないでよ! あたしだって、なんで好きになったのかわかんないんだから! 小野が方南を受けるって言うからあたしも目指して、毎日必死に勉強もしたの! ひとり部屋は空いてないし、同室になるなんて思わなかったわよ!」

「それは、その、うん、大変だったね。……雅楽川を睨んでたのって、小野への嫉妬ってこと?」

「そう! 小野の隣は誰にも譲りたくなかったの! でも、あの子に憧れてたのも事実! あたしもフルート吹きたかった! それなのにオーボエだし、『ダッタン人』で小野の隣だし! あの子がステージに乗れなくなった時は正直ホッとした! でも、諦めずに練習するのとか、あたしを頼ってくるとことか、本当にいい子なの! あと、何より可愛いじゃない!」

「……」

「お願い、長谷部! 小野には内緒にして! 雅楽川にもよ! 今の関係を崩したくないの! 嫌われたくない! 小野の伴奏もこのままあたしがしたいの!」

「……」

「長谷部ー!」

「……わかった」

「っ!! ありがとう! 心から感謝するわー!」


 カミングアウトするつもりはなかった。

 しかし、本当の自分を知る者が伯母以外にできて、田中の気持ちはちょびっとだけ軽くなった。








 田中は音大へと進学した。だが、オーボエではなくピアノ専攻だ。

 小野の傍にいたいが、オーボエではどうしたって勝てない。それに、近すぎると自分の想いに気づかれそうで恐かった。同じ大学でたまに会うくらいが丁度良い。

 もしまた伴奏者を頼まれたら、その時は全力で力になるつもりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ