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がんばらんば〜Another〜  作者: 尋木大樹


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14/23

おまけ.吹奏楽指導者

 幼い頃からピアノを習っていた私は、中学生になると吹奏楽部へと入部した。高校でも続け、大学ではクラリネットを専攻しプロの奏者になるため毎日練習に励んだ。その在学中に中高生へ教えるアルバイトをしたことをきっかけに、私は指導者の道へ進むことになった。

 様々な吹奏楽指導者の元を訪れ勉強し、その中のひとりに呼ばれて島原大学の講師として迎えられた。それとは別に、北海道にある私立高校にも行っている。そしてその学校で、私は運命の相手と出逢うことになる。


 私はレッスンの時間だけでなく、普段の練習の様子もできるだけ見るようにしている。部員と顧問の関係より、外部の講師という立場では大きな溝が生まれる。そこを埋めてこそ、学生に合った指導ができると思った。

 廊下を歩き、耳を傾ける。コンクール前はピリピリとした雰囲気があるが、年度が変わったばかりだと一年生への接待時期で表面上は和やかだ。そこに、バタバタと足音が聞こえてくる。音の主は上の階からこちらに向かっており、階段に目をやると長髪でドレスを着た生徒がジャンプしている。慌てて目を逸らすが、スカートの中が見えてしまった。恐らく、体育着のズボンを着用していたと思われる。


「待てー!」

「止まれー!」

「逃げるなー!」

「大人しくメイクさせろー!」


 私の知っている女子部員たちが、その生徒を追いかけている。ドレスの生徒は舌打ちをし、廊下を走っていった。


「あいつ、足遅くない?」

「これなら追いつける!」

「あ、色摩(しきま)先生! こんにちは!」

「騒がしくてすみません!」

「……何をやっているんだ?」

「今の一年生なんですけど、今度の公民館での演奏の演者予定で衣装合わせしてたんです。服はなんとか無理やり着せて、あとはメイクだけだったのに逃げられまして……」

「無理やりは良くない。せっかく入部してくれたのだから、もっと優しくしなさい」

「いや、先輩に対して態度悪すぎでもう接待する必要ないです。だよね?」

「うん」

「生意気です」

「ムカつきます」

「ということですので、失礼します」


 部員たちは私に頭を下げると、また逃げた生徒を追っていなくなってしまった。

 大学生も見ているから比べてしまうが、高校生はとてもパワフルだと思う。


 いくつかのパートの練習を見学した後、合奏の時間になり私は部室へと移動する。

 この日はある程度実力のある一年生も加えてのレッスンで、新入生と私は初対面だ。だから、なるべく表情が固くならないように気をつける。

 顧問からは、事前に期待の新人が入ったと報告をもらった。だが、私はどの部員にも等しく指導していくつもりだ。コンクールに出るかどうかではなく、全員に成長を実感させ音楽をもっと好きになってもらいたい。

 早く部員の名前を覚えるため、頼んでおいた座席表を見ながら基礎合奏の音を聴く。すると、一列目の右側から真っ直ぐに太くて綺麗な音が飛んできた。その音を出す者を見ると、眼鏡をかけた小柄な男子部員が座っていた。

 表には「洙田音色(なめたねいろ)」と書かれている。楽器はオーボエ。学年は一年。顧問が言っていた生徒だとすぐにわかった。疑問なのは、なぜか彼がトップの位置にいること。三年生と二年生は、彼ひとりの音圧に負けて縮こまっていた。


「オーボエ、音もらっていい?」


 私はハーモニーディレクターを操り、基本の音を出して三人に吹かせた。いつもは少し上擦っている音がして直すことが多いのだが、今日は揃って聴こえる。


「ひとりずつ」


 三年生からやるように指示し、それぞれに音を出させる。先輩たちの音に、一年生は指でピッチ(音程)を示して唇の締まりをジェスチャーで伝えた。まるでパートリーダーのようだ。しかも、その態度に優しさや思いやりが一切なく威圧的である。


「次」


 彼の番になると、完璧に音を合わせて鳴らしてくる。態度と違って音は柔らかい。ほかの楽器とのブレンドを意識しているのがわかる。


「えっと、洙田……君?」

「……」

「ちょっと! ほら、先生に返事して!」

「……はい」


 三年生に注意されて嫌々言葉を発する彼は、本当に一年生らしくない。


「中学では、大編成もアンサンブルもソロも全国に行ったと聞いてる。そんな君だけど、何か不満でもあるのか?」

「……別に。思ったよりここのレベルが高くなくて、コンクール大丈夫かなって思ってるだけ」


 この発言に、部室の雰囲気が凍ったように冷たくなった。それに気づかない彼は、オーボエのオクターブキイに息を吹きかけ水気を取り除いている。


「技術はあるようだな。でも、部活はそれだけじゃないだろ? 先輩から学ぶことはたくさんある」

「こっちが嫌がってるのに、鬘とドレスで女装させようとしてくる人たちから何を学べって?」


 あのドレスの生徒はお前か。恐いくらい似合ってたぞ。つい可愛いと思ってしまった。てっきり女子生徒かと……。


「観る人が喜ぶ演出を考えるのだって大事なことだ。『郷に入っては郷に従え』とも言う。ここのやり方をまずは覚えなさい」

「……それ何語?」

「何を言っている。日本語だろ。そもそも、敬語はどうした?」

「……日本語、難しい」

「なんで外国人みたいなことを言ってるんだ」

「……」

「とりあえず、この学校のサウンドをよく聴いて、自分も周りも成長できるように尊重することから始めなさい」

「……」

「返事!」

「……はい」


 再び先輩に言われてから返事をする洙田。

 ここまで生意気な生徒は見たことがない。








 この年のコンクールの自由曲は『歌劇 《トゥーランドット》より』。

 日本でもフィギュアスケートで使用され、多くの者に知られるようになった「誰も寝てはならぬ」の有名なフレーズを、オーボエはソロで吹く。洙田はこの役をオーディションで勝ち取り、美しい音を全国大会の会場でも響かせた。ここまで上手いと、大学生どころかプロ並みと評価してもいい。誰も文句を言えない演奏だった。

 ソロコンテストにも出場し、余裕の一位を取って帰ってくる。異次元としか思えない。

 そして私のレッスン日ではなかった日に、突然学校へ来訪者が現れた。その人物とは世界的指揮者の佐藤九郎(さとうくろう)と元フルート奏者である妻のルミ子。教科書に載るような偉大な音楽家たちが、なんと洙田の家族だと発覚した。

 私はその事実を知らされ、急いで彼の元へと向かった。


「洙田!」

「ん?」

「あのマエストロが祖父って本当なのか!?」

「そうだけど?」

「ということは、佐藤(りつ)が父親!?」

「まぁ」

「結婚してたのか。母親も音楽家なのか?」

「今『Shizu』って名前で活動中」

「洙田(しずか)か!」

「そ」


 洙田の才能や性格がこうなのも、両親や祖父母を考えると納得できる。むしろ、まだまともな方かもしれない。


「そんなことよりさ、この曲のここなんだけど……」

「そこはもっとテンポを遅くしようと思ってる。聴かせどころだしな」

「それはいいと思う。だけどもっと重厚感が欲しくて、テナーとアルトクラリネット(クラ)足してもいい?」


 彼は横暴な独裁者に見えて、実のところ良いと思ったことにはきちんと賛同するし、ほかの者に意見を求めてくることもある。奏者であるが、どちらかと言うと指導者側の考えを持っている。彼の知識と経験の多さには私も舌を巻く。

 欠点は多く、そのひとつとして最新の曲に疎い。それでも、部員から頼まれれば吹奏楽用に編曲を行う。私も編曲をするが、最近のものは楽譜を読めない者が作った曲もあり、ある程度遵守すべき音楽のルールを逸脱している場合が多い。ゆえに、楽譜に起こすのはかなり手間がかかる。ダンス用の激しいものやラップのあるものは、そのまま書いても演奏した時に観客に何をやっているのか伝わりづらい。それを工夫して聴きやすくするには、編曲者のセンスが問われる。彼は、耳の良さも活かしてこの作業を行っている。

 マエストロたちからどんな教育を受けていたのかや、海外で見てきたものや、これまでに出場したコンクールの話も聞いた。日本で話題にならなかったのは、取材を面倒に思ってあしらっていたり、すぐに別の地へ活動場所を移していたからのようだ。本人は否定するものの、こんなにも才能溢れる生徒はなかなかいない。部員全員に大学の推薦の話をすることになっているが、彼にはもったいない気がした。








 ある日、三年生の洙田が廊下に倒れていた。私は急いで病院にて治療を受けさせた。

 この時、私は本当に安堵した。それなのに彼から発せられたのはまさかの告白。音楽の世界は恋愛の自由度が高めだとは感じる。表現者として、人を愛することに積極的になった方が良いという者も多い。彼の父親が、老若男女恋愛対象だという噂を聞いたことはあった。だが息子も同じだとは……。

 いや、でもこいつは女子部員やよくわからない派手な見た目の女性と交際していたと、自分で説明している。いったいどういうことなのか、私には理解できない……そう思っていた。


 気がついたら、私がいる大学まで来てしまった洙田と付き合うことになった。

 初めて会った時のドレス姿に目を奪われたからなのか、音楽の才能に惹かれたからなのか、努力家で自分の限界を超えてまで取り組むのを見て心が動かされたからなのか、たまに漏れている色気にやられたからなのか、はっきりと理由を述べることはできない。

 確実なのは、歳も性別も関係なく、私は彼を尊敬しているということ。そして、吹奏楽のこの先を、彼と一緒に見ていきたいということ。性格に少し問題はあっても、彼が向けてくる愛に私は応えようと思った。

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