おまけ.歌姫の兄
俺の人生は最悪なものだった。
父親は事故。母親は病気。早くにふたりがいなくなってしまった。大切な妹であるKamariaがいるから、俺はなんとか生きていける。酒に溺れて虐待してくる親戚になんて、もう絶対に頼りたくない。あそこから逃げて正解だ。
両親と住んでいた町からはだいぶ離れたが、ここはKamariaの好きな音楽があちこちから聴こえてくる。俺は、この場所で妹を立派に育てることを誓った。
あいつはKamariaに刃物を向けた。
絶対に許せない。
あの時の俺は、とても冷静ではいられなかった。白人の男を刺した時、今まで溜めてきた黒い感情が溢れていた。
心が晴れた気がした。でも撃たれた。俺を撃ったのも白人の警官だった。どうして撃たれたのかわからなかったが、妹だけは助けてやってほしいと思った。
店が大変なことになったのに、俺とKamariaのためにみんなが力を貸してくれた。いい仲間を持ててよかった。
怒りや混乱が少し落ち着いてくると、警察の話も聞けるようになった。
あの男は、妻と娘が出ていってしまい孤独だったそうだ。その妻は元々歌手を目指していた女性で、娘の歳は今のKamariaと同じ。きっと、店で歌っていた姿がふたりと重なったのだろう。
自分を捨てた存在が憎かったのか、戻ってきてほしいと説得したかったのか、男が何を考えていたのかはもう知る由もない。Kamariaは何も関係がないのだ。彼女に傷をつけようとした事だけは確かで、そのことについては許すことができない。
ある日、俺を撃った警官が私服で謝りにきた。
追い返そうと思ったが、その顔はやつれていた。何度も俺たち兄妹へ詫びる姿勢に嘘は感じられない。Kamariaは彼の手を握ってあげた。そこに怒りの感情は見られず、それを隣で見ていた俺も彼が可哀想になってきた。警官の上司が訪れた際、彼が既に辞めたことを知らされた。PTSDでずっと苦しんでいるそうだ。
事件の時、彼は逃げてきたKamariaを必死に守ろうとした。視界に入るのは血のついた刃物を持った男と倒れている男。俺があの警官の立場なら、同じことをしたかもしれない。それに、彼にはあの瞬間に迷いが見られた。そうでなければ、俺は生きていない。急所を大きく外した彼は、Kamariaが泣き叫んだことで間違いに気づき、どんなに己を責めたことだろう。
俺はもう、彼を恨んでいない。
自分が不幸なのを、ずっと肌のせいにしていた。でも、それは違ったのかもしれない。差別する奴はいる。その事実はきっとなくならない。だけど、俺たちの未来を守ろうとしてくれる者もちゃんと存在する。
父親が勤めていた会社の社長は白人だった。父のような人間だけが過酷な環境下で働かされているのだと思っていたが、事故に遭った者の中には社長の息子も含まれていた。どんな気持ちで謝罪をしてきたのか、あの時の俺は理解しようとしなかった。今なら、社長の話をきちんと聞くことができるだろう。
母親の担当医はクズだった。だが、病院のスタッフ全員がそうだったわけじゃない。手を差し伸べてくれた人がいたのに、絶望してその手を取らなかったのは俺だ。母はアメリカに留学で訪れ、その後優秀なシステムエンジニアになった。結婚してからはフリーランスで働いていたが、彼女のかつての仲間に助けを求めることだってできたかもしれない。そして、俺が勉強をしっかりして同じ道を目指していれば、もっとKamariaに良い環境を提供できたはずだ。
これまで感じていたものの見方が変わり、俺は過去を酷く後悔した。
痺れるこの足は、たぶん戒めなのだと思う。
警察はKamariaが働いていたことに気づいている。でも黙ってくれた。店の仲間もリツも見守ってくれ、Kamariaは夢を叶えた。
俺は彼女を裏方として支える。育てたお礼としてKamariaは充分すぎる報酬を渡してくる。だけど、俺自身には必要がない。だから、俺はあの警官と死んだ男の家族と、それからバラバラになってしまった仲間のために使う。Kamariaも、贅沢せずに稼いだ額のほとんどを自分のような子供たちのために寄付している。
俺たちは、痛みも感謝も忘れずに進む。
念願の日本でのコンサート。
Kamariaがこの日をどんなに待ち望んでいたことか。
だが、用意した席に座るのは知らない日本人女性。
誰なんだよ! ネイロはどこだ! なぜいない!
会えると思っていた男が来ていないと知ったKamariaが、どんなに心を痛めたことか! それでも顔に出さずステージで堂々と歌う彼女は正にプロだ。さすが我が妹!
ネイロを弟のように可愛がったのは昔の話だ。
今度会うことがあったら覚悟しろよ! Kamariaを振ったことが間違いだったと認めさせてやるからな!




