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がんばらんば〜Another〜  作者: 尋木大樹


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11/22

11.島原大学吹奏楽部オーボエパート

「……え、キモッ。マジで無理なんですけどぉ」


 夜の大学の教室に、女子学生の辛辣な声が響いた。


「あ゙?」


 今の発言に気を悪くしたネロは、その相手を軽く睨む。

 大学を卒業した彼は、現在自ら起業した会社にて働いている。その容姿は顧客の反応を優先して黒髪だ。ピアスもつけていない。


「お前がオレの恋愛遍歴を話せって言ったんだろ!」

「そんなこと言いましたっけ?」

「言った! だよな、ミオ?」

「そうですね。でも、本気で聞きたかったわけじゃないと思いますよ」

「はぁ? こいつ、なんなんだよ!」

「私に言われても……」


 暴君の文句を受け流そうとしているのは雅楽川実音(うたがわみお)だ。彼女はこの島原大学の二年生で、所属する吹奏楽部では役員のひとりとして活躍中である。


「そもそも、卒業生がなんでここにいるんですかぁ?」


 ネロにゴミを見るかのような視線を向けるのは、ツインテールの髪型をしたロリータパンクを好む新入部員の袈裟丸天音(けさまるあまね)

 この部活で実音のひとつ上の先輩となるはずだったオーボエの部員は、彼女が入部した時にはいなくなっていた。ネロが卒部しひとりだけになってしまったオーボエパートに入った袈裟丸は、貴重な人材である。


「新入生の歓迎会するからって、ミオに呼ばれたんだよ」

「天音ちゃん。差し入れいっぱい持ってきてもらったから、好きなだけ食べてね」

「オレのこと財布だと思ってない?」

「……いえ」

「おい。今の間はなんだ?」

「気のせいですよ。天音ちゃんは何が好き?」

「天音、今ダイエット中なんですぅ」

「そっか。じゃ、これはファゴットにでもあげようかな」

「……ふざけんなよ」

「ふざけてるのはどっちですかぁ? 天音は実音さんとふたりでお喋りしたかったのにぃ」

「そうなの? え、ごめんね」

「実音さん可愛いから許しちゃう」

「ありがとう」

「……なんだこれ」


 暴君に怯まない袈裟丸は、これでも実力者だ。コンクールの大編成の部には出られない団体にいたが、アンサンブルコンテストで全国金賞を受賞している。音楽推薦を利用して大学に入り、コンクールメンバーにも充分なれる技術力を持つ。また、実音によく懐いており、この先上手くやっていけそうだ。


「実音さんのカレシってどんな人ですかぁ?」

「優しくていい人だよ。それに、すっごくかっこいい!」

「写真見たいですぅ」

「いいよ。……はい」

「んー、ゴリラ?」

「違うよ!」

「オレのも見る?」

「あ、結構でーす」

「お前な!」

「おっさんと付き合うとか、考えらんなーい。天音はおっさんに興味ないのぉ」

「天音ちゃんのカレシはどんな人なの?」

「マジイケメンで、超最高!」


 天音が見せてきた写真の人物は、舌を大きく出した不良少年だった。

 実音が接してこなかったタイプではあるが、後輩のファッションセンスから判断すると合っているように見える。


「お似合いだね。うちの大学の子?」

「大学生じゃないんですぅ。天音より歳下なんですよぉ」

「あ、高校の後輩なんだ?」

「高校生でもなくてぇ、中学生でーす!」

「……え?」

「カレ、今中三でーす! なんかぁ、部活自体がないとかで放課後にゲーセンにいてぇ、たまたま見つけた塾帰りの天音から声かけましたぁ」

「……こいつの方がヤバいって」

「んー。でも、歳の差が五つ未満だからセーフじゃないですか?」

「今度みんなでデート行きましょうよぉ」

「オレ、仕事で忙しいから休み作れるかわかんない」

「おっさん連れて来る気? 別に誘ってないんですけど。今のは実音さんに言ったんです。実音さん、ダブルデートしましょうねぇ」

「あ、うん。そうだねー」

「こいつ、本当にムカつく!」


 ネロを恐れない袈裟丸は退部する心配もない。だから、ふたりの相性は悪いが実音は気にしていない。これなら、仕事で大学に訪れることが多い彼がいつ来ても大丈夫だ。

 今は部活終わりのため、夜ご飯代わりとして実音は差し入れのお菓子を口に入れた。それと同時に、教室のドアが開けられファゴットパートの部員たちが入ってくる。


「お邪魔しまーす!」

「どうもでーす!」

「ゴチでーす!」

「よろしくでーす」


 新入生も連れてやってきた彼女たちは、テーブルの上のお菓子やジュースしか見ていない。


「どれくらい持ってっていい?」

「あ、全部どうぞ。天音ちゃん、いいよね?」

「どうぞー」

「じゃ、遠慮なく」

「オレに訊けよ」


 暴君のことは無視し、ファゴットパートは無言で未開封の物を元々入っていたビニール袋に詰めていく。そしてその作業が終わると、実音と天音に手を振って自分たちの教室へと帰っていった。登場から退場まで、僅か一分の出来事だった。


「今の、ファゴットの人たちだよ。今度ちゃんと紹介するね」

「はーい」


 ネロがおり今回ファゴットの部員たちは長居しなかったが、普段はオーボエパートに遊びに来て勝手に喋って勝手に帰る。練習後ならば実音はなんとも思わない。


「オレ、あいつらにいくら奢ってきたんだろ?」


 ネロが騒がしい隣の教室の方を呆れるように見ていると、今度はOGの黄山寧音(きやまねね)が入ってきた。彼女は実音から連絡をもらって顔を出しにきたが、ついでにほかのパートの歓迎会も回っていた。ちなみに、来る前に呑み屋にいたため彼女は現在酔っている。


「全然盛り上がってないじゃん! 食べ物ないの? ちょっと、ネロ! 気が利かないなぁ。OBなんだから、差し入れくらいちゃんと入れなさいよ!」

「……ファゴットに持ってかれた」

「だったらまた買いに行けばいいでしょ?」

「購買、もう閉まってる」

「飲み物だけでもいいから自販で買ってこい!」

「……」


 何も差し入れを持ってきていない黄山に言われ、ネロは不満でいっぱいだ。舌打ちをしてから財布を取り出し立ち上がる。


「お前、何飲む?」

「カフェオレ。甘いやつでぇ」

「……ダイエットしてんじゃねーのかよ」

「女の子にそういうこと言っちゃダメなんですよぉ」

「あっそ。ミオは?」

「お茶お願いします」

「私、ビール」

「ねーよ」


 ネロが買い出しでいなくなると、女子三人だけのトークは非常に盛り上がった。内容は天音のカレシの武勇伝と、黄山の会社の上司に対する愚痴だ。


「ヤマさん、マジ面白いですぅ」

「ありがとう。天音もね」

「ヤマさんも天音と実音さんとこのカレシとのデート、来てくださいよぉ」

「えー。今カレシいないんだよねー」

「そーなんですかぁ? もったいなーい」

「世の中の男たちは見る目ないのよ」

「天音のカレシの友達とかどーですかぁ?」

「天音ちゃん。それはアウトだよ」

「歳の差なんて、関係ないですよぉ」

「これはルールなの」

「えー、残念」

「みんなリア充かぁ。ふたりはいいけど、ネロもなのが納得できないわ。あいつのカノジョ、どんな子か聞いたことある?」

「カノジョじゃなくておっさんですよぉ?」

「……え? そうなの!?」

「黄山さん、知らなかったんですか?」

「知らない知らない! なんかムカつくから写真見せてもらってないもん。え、おっさんって誰?」

「ここの講師だった人みたいでーす」

「嘘でしょ!? もしかして色摩(しきま)!?」

「言っちゃってよかったのかなぁ」

「別にいいと思いますよぉ?」

「あいつの趣味、どうかしてる! そんな奴だったなんて!」

「色摩先生って、そんなにダメな人なんですか? 私会ったことありますけど、そうは見えませんでしたよ?」

「ダメではないけど……むしろ、講師の中ではいい人。……いや、でもね、いくらなんでも……」

「なんの話?」

「うわ、出た」


 飲み物を抱えて帰ってきたネロに、黄山は天音と同じくゴミを見るような目を向けた。


「なんだよ」

「先生に手を出すとか、マジでありえない。あんた、それで大学ここにしたの? うわー」

「すみません。話しちゃいました」

「あー。いいよ」

「それにしても遅かったですね」

トランペット(ペット)パーカッション(パーカス)に絡まれてた。あそこ、アリマとヨシカワがいるから、何か奢れって言われて」

「お疲れ様です」


 ネロは買ってきた物を彼女たちに渡していく。黄山には缶に入った炭酸飲料を選んだ。それを受け取った彼女が開けると勢いよく中身が飛び出す。幸い手が濡れて床に溢れた程度で服などは無事だ。


「あ……」

「……ネロ。これ、ワザと?」

「違う。絡まれた時にいろいろあって……」

「ふざけんな!」

「は!? お、おい! ……最悪」


 黄山は缶に入っている残りをネロにかけた。彼女はまだ酔っている。

 服を濡らされたネロは当然怒り、ベタベタで気持ち悪いシャツを脱いだ。


「最低! こんな所で脱ぐとかマジ変態なんですけどぉ!」


 天音は実音が拭くために持ってきたティッシュを彼に投げつける。


「何すんだよ!」

「カレシに言いつけてやる! 天音の言うこと、なんでも聞いてくれるんだから!」

「ネロ! あんたには先輩として言いたいことが山のようにあんのよ! いい機会だから、今日はとことん聞いてもらおうじゃないの!」

「嫌に決まってんだろ。明日も仕事なんだからな」


 半裸のネロと、彼を挟むようにして敵意剥き出しで立つ黄山と天音。その時丁度、ここの音楽監督兼指揮者の黒田宙矢(くろだひろや)が廊下からこちらを見ていた。


「だからさぁ! 本当に何やってんだよー!!」


 ティッシュを投げられてしまい代わりにタオルを探す実音は、この光景を平和だと思っているのだった。

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