第七章EX F1とF0のちがい
「模擬戦のルールを発表する。使用武器は自由とする。
VR上で相手を“殺した”ほうが勝利となる。
今回は霊、1対F1、4での戦闘だ。全員、本気で殺せ」
広い交戦フィールドに、無機質な電子音が響いた。
照明の落とされた薄暗い戦場に、緑がかったホログラムの情報ウィンドウが浮かび上がる。
そこに立つ俺は、溜め息すらつかず、静かにその言葉を聞いていた。
……本気で殺せ、ね。
何度聞いても、笑えてくる。
本気を出したら、20秒で全滅だっての。
だから俺は、相手が来るまで動かない。
疲れるからな。向こうから来る分には、迎え撃てばいい。
――ヒュン!
銃声と同時に、頭の横を何かがかすめた。
空気の揺れと音の残響からして、狙撃弾。思ったより早い。しかも精密だ。
「撃ってきたか。……オリオンか。かなりうまくなったな。
よけられることを前提に、あえて外し気味に撃ってきている。だが――それじゃ、当たらん」
「おい霊、しっかり本気でやれ」
「司令、本当に“本気”でやっていいんですか? 速攻で終了しますよ。
訓練を兼ねているのですよね? だったら、HALOSも切って、今やっている戦術がちょうどいいくらいだと思いますよ」
『おいおい、マジかよお前、HALOS切ってんのかよ……まだまだだな。俺らも舐められたもんだな』
ああ、忘れてた。
司令との会話は、全員に聞こえるようになってるんだったな。
「霊、私も強くなったわ! 覚悟しなさい!」
声と同時に、フィールドの影から一人の影が飛び込んできた。
身軽な身体をひらりと躍らせ、鋭い踏み込みとともに刀を構える――。
DELETEのF1近接戦闘特化戦闘員「秋月」。
しなやかな身体と、正確な剣術。
数々の悪を斬り伏せてきた彼女の戦闘力は、BP2300。
参考までに言えば、一般成人男性のBPは130。女性は90。
異常な数値だ。でも、こっちの“異常”には届いていない。
「確かに、いい剣筋だ。動きも、よりしなやかだ」
だが――早さが足りない。
もちろん、彼女のスピードは一般的には超一流だ。
でも、俺の目にはゆっくりとすら見える。
そして……。
「ほっ、いい刀だな。借りるぜ。
秋月、お前に足りないものは二つだ。速さと、鋭さだ」
「ちょっ! 返してよ!」
彼女の手からすっと刀を奪い、そのまま一閃――。
風のような一歩、斬撃の軌道すら彼女には見えなかったはずだ。
「お前の体の柔らかさからくる速さは、筋力で解決できる。このようにな」
「うわぁぁぁぁ!」
『ただいま殺したのは、ランクF1隊員・秋月です』
モニターに、淡々と戦果が表示される。
相手にならないな……。
さて、残りは三人。
狙撃兵のオリオン、ナイフ使いのプリンセス、そしてかつて最強だった男――デストロイヤー。
まずは、来た順で始末するか。
「霊……私はお前に嫉妬していた。初めの頃は、だがな……今ははっきりと分かる。
私と君との違いが。もちろん身体能力も高いが……心が違う……」
「おっさん、話長いんすよ。さっさと殺しに来てくださいよ」
「……あぁ、すまん。つまりは、殺すということに対する心の在りよう、というわけだ! いざ、参る!」
真面目なやつだな。
殺しに“意味”を持たせようとするその姿勢。
俺からすれば、それこそが敗因だ。
殺し合いにこだわりを持ち込んだ時点で、もう負けている。
人を殺すという行為には、本能的な“狩り”の感覚が必要だ。
思考ではなく、直感。理屈よりも、動き。
デストロイヤーは、強い。
技術では俺を上回る部分もある。
……が、だからこそ、惜しい。
「おっさん、居合斬りにこだわるの、やめた方がいいぜ。だから俺に勝てないのさ」
「ははは、そうかもな……。だがしかし、私はこれでしか勝てないのだ!」
「じゃあ来いよ。教えることがたくさんある」
居合の構え。間合いは20歩。
HALOS出力100%に耐えられるその体躯は、人間離れしている。
一歩、息を吸い――
――ズドン!
閃光のような踏み込み。風が裂ける音。
視界から消えた一瞬で、距離がゼロになる。
「うおっ⁉」
……速い。
前より明らかに速い。
体感で150km/hは出てる。人間の限界を完全に突破してる。
「おっさん、やるなぁ……どうやったんだ?」
「簡単な話だ。HALOSを新型にしたまでだ。私は今まで2号機を使っていたからな。
3号機を装着したときは感動したさ。体が軽いし、動きも早い……。
しかし、それでも君を斬れないのか……」
「……ああ、それに、もうお前は死んでるぜ。気が付かなかったか? まあ、そうだよな。麻酔があるもんな」
『ただいま殺したのは、F1隊員・デストロイヤーです』
デストロイヤーの身体が、VR空間上でバタリと崩れる。
その姿はまるで、過去の“強さ”を象徴するかのようだった。
……さぁ、残るはあと二人。
少しは楽しませてくれよ