第十三章 みんな大好き人体実験だぁ!
さてさて、とらえたこいつをバラバラにしていくぞ――と彼は言葉を振りかざした。だがその声は、むしろ実験室の蛍光灯が瞬くように乾いていて、狂気の熱を帯びているというよりは事務的な冷たさがあった。
室内には機械の低い唸りと、工具が金属と擦れる音だけが鳴り響く。空気は冷え、消毒薬と焦げた電子部品の匂いが混じり合って鼻を突いた。
「やめろ!やめてくれ!」
「ほらほら、これから強化して俺の、右腕にしてやるのだ!嬉しいだろう?」
囚われた男の声は耳に刺さるが、作業台の向こう側の男にはそれがただのノイズにしか聞こえないらしい。彼は淡々と手順を追い、器具を取り出す。ライトが強く当たった被験者の顔の表情は、恐怖と諦めが混じり合った紙のように薄い。
「まずは、こいつのプロセッサを摘出する。確か脳の奥のほうにあるはず…」
言葉は無機質だが、指先の動きは正確だ。彼の目は数字を追うように冷たく、楽しげな嗜好の影など見えない。だがその冷静さが、より不気味さを増幅する。周囲の金属が微かに震え、工具の先端が光を切り取る。
「ギャー!痛い痛い痛い!やめろー!死ぬって!」
「うるせぇな、男の喘ぎ声なんて誰得なんだよ…おっここかな?よいしょっと」
「おっおぉ…なんかすっきりした気がするわ…」
「だまれ、寝てろお前は」
叫び声が止むと、室内は再び機械音だけになる。被験者の呼吸が浅く荒く、床に落ちるそれはタイミングを失った時計の針のようだ。男は器具を脇に置き、モニターの表示を眺めた。スクリーンの文字とゲージが淡く点滅している。
「さてさて、このプロセッサを解析していくぞ。まぁ解析といっても、性能テスト…ベンチマークテストだね」
彼はモニターに指を滑らせ、幾つもの数値を重ねていく。冷たい光が顔を白く照らし、顔の皺が厳しく浮かぶ。解析の指標は整然と並ぶが、その行為の残酷性を正当化するための言葉遣いに、人間味はほとんど残っていない。
「さて、あとは放置と…にしても、何故makerは男の実験体しか使わないのか…肉体としての基本性能が高いからだろうか…しかししなやかさや、柔らかさでは女の肉体も劣らないのだがな…」
彼の独り言は、科学と偏愛が入り混じった奇妙な論評だ。室内の温度計は低めを示しているにもかかわらず、言葉には背筋の寒くなるような熱が含まれている。男はコーヒーでも飲むような仕草で肩をすくめ、次のデータに視線を戻した。
「もちろん、人体実験は楽しいのだが…如何せん男というのはやはり、女と比べて興奮はしないな…作ってくれないかね…いっそのこと俺が作っちまうか…いやそれは、倫理的になんかいやではあるな…まぁ、こんな実験してる時点で倫理もくそもない気がするが…」
皮肉交じりの独白に、空気が少し歪む。彼の笑みは薄く、しかし目だけは冷たく光っている。倫理という言葉を軽く弄ぶことで、行為の暴虐さがより際立つ。
「おっ、さっそく性能値が出たね、どれどれ…」
モニターに並んだ数値を見て、彼は軽く唇を鳴らす。基本性能は自分のプロセッサとほとんど同等だが、GPU性能が突出している。数字の並びに、彼の表情がほんの僅かに動いた。好奇心が嗜虐を上回る瞬間だ。
「よし、解析完了だ!なぁ、お前さ俺について、一緒にmaker壊すために俺の駒になるか、俺に今殺されるか選べ」
質問は荒っぽく投げられたが、相手の返答は意外と毅然としている。
「はっ!あいにく俺はお前と同じくmakerに救われた身でね、そう簡単に裏切れねぇよ…」
「そうか、じゃぁさいなら」
彼は無造作に答えを切り捨てる。刃が振り下ろされるような決定的な冷たさはないが、その後の沈黙が告げる結末は明白だ。周囲の機械が再び唸り、彼は記録をまとめるために手を伸ばす。
「まぁ、そう簡単に寝返るもんじゃねぇな。今度はどうやって脅したらいいもんかね…まぁ、とりあえずDELETEに報告だな。放課後に行くか」
事務的に次の予定を組む声が、惨劇に過ぎない手続きを淡々と整えていく。人命が数字の一行に収斂していくような感覚が、部屋に重くのしかかる。
「さてと、うーむ…やっぱりHALOSは着ていくか…なんかあるかもだしな…」
『コードネーム霊、お久しぶりです。HALOSは問題なく作動しています。本日は、登校中のルートに任務があります、遂行しますか?』
「どんなだ?」
『はい、任務内容はプリンセスが苦戦中の、暴力団組織の解体です』
HALOSの機械的な返答が、彼の思考を現実へ引き戻す。モニターの淡い光と外の空の明るさが対照を成す。彼は肩に装着する装甲を見下ろし、静かに頷いた。
「わかった、やるよ」
外気は既に夏の気配を帯びていた。街角からは蝉の名残の高い鳴き声がかすかに聞こえ、アスファルトに放たれた熱気が夜空へと戻ろうとしている。彼は不満げに装甲を締め、内部の冷却ファンの回転音を耳にする。
「HALOSクーラー機能とかねぇのか?」
『申し訳ございません、そのような機能は搭載されていません』
くそが、と小さく舌打ちする。肉体は既に人間のそれを離れているが、プロセッサは熱に弱い。戦闘中のオーバーヒートは致命に直結する。彼は内部の冷却ダクトを念入りにチェックした。
『戦闘モードに切り替えます。出力60%、アシストはOFFです』
「へー、これが暴力団事務所か…結構しっかりしてんだな。一見普通のビルだ」
彼が扉を開けると、内部は静まり返っていた。匂いは消毒と何か燃えたような匂いが混じる。だが視界に入るのは、既に倒れている者たち――息は止まっている。彼は足音を抑え、狭い廊下を進む。
「こんちわー、殺しに来ました、霊です」
皮肉めいた挨拶を放つと、銃声の余韻とともに向こう側から応答があった。情報ではプリンセスが上階で銃撃戦に苦戦中だという。
「プリンセスもなかなか、やるじゃないか」
『情報によると、上階にて銃撃戦に苦戦中とのことです』
「何階だ?」
『8階です、北方面にエレベーターがあります』
北側は射線上、窓際で乱射が続いていると判断した彼は即座に別ルートを探す。狙撃線を避けるために、外壁を利用する案を思いつく。
「そとの、窓から入る、飛べるか?」
『出力を上昇させます。出力85%』
HALOSの駆動音が上がり、四肢に伝わる振動が鋭くなる。力が身体に満ち、視界の端の空気が揺らぐのを感じた。飛翔の一瞬、彼は風を裂く感覚とともに窓を越え、薄く光る夜風が顔を撫でる。
「おぉ!飛びすぎなくらいだ…すげぇぞこりゃ!えいっ!」
ガラスを突き破るときの音は、思ったよりも軽やかだった。粉塵が舞い、光が裂ける。室内に踏み込むと、銃を構えた男たちが目線を上げる。だが驚きと慌てが混ざった表情は、すぐに動揺へ変わった。
「だれだ!てめぇ!」
数は四人。黒い影が壁に走る。プリンセスは近接で躍動しており、銃弾の雨に晒されながらも身を捩じり、素早く接近戦を仕掛けている。だが銃の数の前では、密度の差がはっきりする。
「ぶっ殺してやる!」
叫びが空気を震わせる。銃声が乱れ、火薬の匂いが鼻を突く。彼はその隙を突いて飛び込み、素手で相手を制する。動作は機械的に正確で、しかしその中には柔らかな抑揚が含まれている――まるで本能と計算が混ざったものだ。
「おっ!あっぶねぇ…銃撃つの下手くそだから逆に当たりそうになったぜ…まぁ避けるのは容易いのだが。殺すまでいけるかなぁ…武器持ってくんの忘れたからな…まぁ殴って殺せばいいか」
実際、相手の動きは脆く、恐怖に支配されている。ひとりは取引をもちかけるように声を震わせるが、すぐに手が止まり、床に倒れ込む。プリンセスは息を荒げつつも、近接での有利を次第に取り戻していった。
「プリンセス大丈夫か?」
「あっうん、ありがとう…ほら私近接型で、銃が苦手だからちょっと苦戦してたわ…」
「弾丸よけながら、近寄れば殺せたんじゃないか?」
「馬鹿なこと言わないでよ!そんなのできるの霊だけだよ…」
二人のやり取りには皮肉混じりの安堵が含まれていて、戦場としての緊張が徐々に溶けていく。だが彼らの背後、窓の外で揺れる街の灯りは何事もなかったかのように瞬き、夏の夜は相変わらず熱を放っていた。機械の冷却ファンが小さく回り続け、遠くでサイレンが一度だけ鳴った。
――終わったのか、まだ続くのか。彼は一瞬だけ息を整え、次の指令を待った。機械の目は常に次の数値を求め、冷たい光は容赦なく世界を測り続ける。




