第三章 ワール探しの秘密(3)
ジコクが物を買い揃えた後、今日の最後の列車でこの地域に戻った時間は、もう真夜中近くになった。物を買った後、まだ多くのお金が残った。ジコクは丸ごとハーブローストチキンを買って、存分に楽しんだ。“最後の夕食かどうか”疑っていたが、ジコクの食欲に影響していなかった。
街には人がいないし、営業している店もない。真夜中に女の子を捕まえるあの怪物は当地の経済活動に大きな影響を与えている。
ジコクは、自分は写真中の美少女たちと似ても似つかないと思っている。巻き込まれないはずだ。
彼はローストチキンの香りを思い出している。楽しい思い出で頭がいっぱいだから、雪の中を歩くことも楽になった。歩いていると、ジコクは雪の上に他の足跡があるのに気づいた。警察用のブーツの跡が見えた。不幸な過去があるため、彼は見分けることができる。また、ハイヒールで走った跡もある。警察が努めて捕まえる未成年の少女が残したんだろう。さっき道で彼らを見たことがある。彼らは実年齢より15歳も老けて見えるほどの厚化粧をし、人生のこんな些細な事をやっただけで、“私は大人になったよ”と思っている。
もう1種の足跡がある。それは奇怪で、誰かが裸足で雪の上を歩いていたように見えた。でも、その足のサイズは人間の3倍の大きさだ。それに、足の裏には毛がある。
ジコクは地面にしゃがみながら見ていると、風の中で他の奇妙な音が聞こえて、ギシギシと雑音のようだ。魔法師はそんなノイズに敏感だ。それは法術エネルギーの変化の兆候だ。彼の服の中の銀の匣が跳ねており、危険が近づいてきたことを知らせた。
ジコクは周りを見回す。彼は顔を上げて、道端の家の屋根に座っている巨大な生き物を見つけた。
それは人類の骨格を持つライオンみたいに見えた。首だけでなく、胸と背中の上部にもたてがみが生い茂り、鉄線のように四方八方に立ち上がっている。また、細い毛の流れが股間まで続いており、下は毛で覆われている。
その生き物の顔はガラスに押し付けられたように平らで、鼻が空を向いており、唇が上がっていて、鋭い歯があらわになっている。たてがみで覆われている部分以外、皮膚は滑らかで毛がなく、月明かりに光を反射できる。上半身の骨と筋肉は男性の骨と筋肉のように、肩幅が広くて筋肉質だが、下半身は女性のように細くて丸い。ジコクは祭刀の先端に光の玉をつけて、高く持ち上げた。その生き物の瞳孔は丸いものから小さなスリットに速く変化し、猫の瞳孔の伸縮よりも速かった。
それは間違いなく、魔法生物だ。
偶然なのか、それとも誰が意図的に手配したのか? ジコクがまだ考えていると、突然怪物はジコクに飛びかかった!
ジコクは横に躱し、ポケットから片手で供え物としてハーブローストチキンの骨を取り出した。怪物はジコクが元の立っていた場所に勢いよく着地した。
ジコクは後方へ一歩跳んで、ローストチキンの骨が消え、祭刀の刃が赤い光を放っていく。怪物が向きを変え、前足を上げ、爪が瞬時に10センチ伸びて、再びジコクに襲い掛かる。
ジコクは怪物の動きを予見し、最小限の動きで、一歩だけ動き、体をひねって攻撃を避け、勢いに乗じて祭刀で怪物の脇腹に深く切り込んだ。彼は両手と腰の力で前へ押し出し、刀を怪物の反対方向へ動かす。
怪物の体から大きな肉片が飛び出した。
攻撃を遂げて、ジコクはすぐに護壁を張って怪物から自分を隔てた。その2回の闘いから、この怪物はまったくハンターの素人だ、とジコクは確信した。たぶん、怪物の過去の対戦相手は、すべて怪物の外見を見るだけで腰が抜ける庶民であろう。そのため、一直線にしか攻撃せず、小策を弄せず、反撃から身を守る方法も知らない。反撃されることが今まで経験しなかっただろう。
怪物は耳をつんざくような咆哮を発する。それは人類の声のように聞こえたが、異常にかすれていた。怪物の脇腹にジコクによって穴が開いて、雪に滴り落ちた血から白い煙が出ている。その血液は正常ではないらしい。
怪物は勢いが止まらず、突進し続ける。止まりたいから四足を地面につけた。結果、滑りつつ180度回転し、下半身の側面が街灯にぶつかった。ただ少し触れたように見えたが、街灯は折れて大きな音を立てて地面に落ちた。
ジコクは最近、たくさん嫌がらせを受けて、溜まった怒りを発散する場所がなかった。殴れるサンドバッグがあるのは最善だ。ジコクは口角を上げ、片手で祭刀を水平に持ち、もう片方の手を怪物に向かって、手のひらを上に向け、人差し指だけ二度上げて手招きして、「さあ、一緒に遊んであげる!」
ジコクは魔獣が負傷した際によく起こる激怒の反撃を警戒しているが、怪物はジコクを攻撃せずに力強く跳躍して、屋根に飛び乗って急にジコクとの距離を置いた。
怪物は後ろ足でしゃがみながら、二本の前足を体の傷口へ伸ばしたが、触れることはしなかった。まるで傷ついた人間のように、痛みはあるが触れるのを恐れている。その平らな顔はくしゃくしゃになり、長くて鮮やかな紫色の舌が口から出て垂れている。
「逃げるなあ!」ジコクは叫んだ。あいにく、彼は法術を投げるのが苦手だ。そんなに遠くの標的に火球などを投げれば、家を壊すので訴えられるかもしれない。
怪物は振り返って、いくつかの家の屋根に飛び乗って、さっと姿を消してしまった。
ジコクは追うことができないので、諦めるしかない。彼はしゃがんで、怪物が地面に残した肉片を見る。肉片が雪の吹きだまりでぎしぎしと音を出し、絶え間なく煙が出ている。ジコクは、魔薬の瓶を一つ空にして肉片をその中に入れるかどうか考えている。突然、肉片からまるで氷が溶けるように大量の煙が立ち上った。体積がすぐに小さくなり、消えていった。
ジコクは少し寒さを感じ始めた。彼は壊れた街灯をそのままにしておき、口笛を吹きながら、仕事の場所に戻った。
ジコクは元々、家に入ることができるかどうか心配していたが、彼が豪邸の門口に戻ったとき、扉は開いている。ワールとジーヌオさんが家内の暖房に包まれたエリアに立っており、ハナが彼らの後方に立っている。玄関の二人は心配そうに道を見つめていた。ワールはジコクを見て、階段を駆け下りて、ジコクを頭から足まで、体に欠損があるかどうか調べる。
「大丈夫か? 怪物に遭遇したの? 怪物の叫び声が聞こえた!」ワールが心配そうに訊いた。
「大丈夫だよ。あの怪物は美女だけを捕まえるだろう? 私は美女じゃないよ」そう言って、ジコクは意味ありげにハナに目を遣った。
さっき、ジコクが家の照明の範囲に入る直前、彼はもうハナを見たが、明るい場所にいるハナはまだジコクが見えなかった。そのとき、ジコクはハナがとてもリラックスした表情をしているのを見た。彼女はマニキュアや口紅を塗ったばかりの時の安らぎのように、目をわずかに細め、仕事を済ませたような表情を浮かべていた。ジコクが現れてから、彼女は顔が緊張し、目を見開き、唇をこすり合わせていた。明らかに、ジコクがここに戻ったのは彼女が予想していなかった事だった。
ワールが安堵の息をつく。ジーヌオがハナに向き直り、厳しい声で言う、「汝はジコクを夜中に街中を歩かせるべきではなかった。たとえ怪物がいない、危険がない時期でもべきではない! 天気は悪い。汝は暖をとるための物を与えるべきだった! ジコクはうちの使用人だ。こんな扱いをしたら、他人は私たちのことをどう思うか? 汝が責任を取るか?」
ジーヌオはハナを叱っているとき、ハナに大変な事だと知らせるため、わざと“他人はどう思うか”というハナが気にしている理由を使った。ジーヌオ自身は他人がどう思うことを気にしない。
ジーヌオが特別に選んだ叱責の言葉は有効だ。ハナは体が微かに震えながら、急いで謝罪する、「申し訳ありません。申し訳ありません」
その瞬間ジコクは、家の中での自分の地位が変わったことを理解した。少なくとも以前ほど惨めでなくなった。
「入って。外は寒い」ワールが優しく言った。ジコクは楽しく従った。
「ハナさん、これらのものはどこに置きますか」ジコクはクラフト紙袋一つを取り出した。その中には買った法術材料が入っている。
「ついてきなさい」ハナさんはジコクに怒鳴りつけたいが、ジーヌオの前では無理なので、硬い口調になった。
嬉しそうなジコクはジーヌオとワールに向かって手を振って、スキップでハナの後をついて行った。
ジーヌオとワールは扉を閉めてロックして、ジコクがなぜそんなに嬉しそうなのかを理解できなかった。
ジコクはハナの後をついて、工房に入った。意外にも、ハナはジコクに座らせて、自ら紙袋を取って、物を分けて、所定の場所に置く。ジコクは、めったに彼女が働いているのを見たことはない。
ジコクは工房を整理しているとき、すべての物を元の場所に置き、何も勝手に移動しなかった。でも、ハナは欲しかった物を全部見つけられない。ジコクが彼女に告げる必要があり、「清潔な包み紙は棚の最上にあります。切指草の瓶は二段目に。左へ、左へ。下の引き出しには絹の小分け袋があります」
ハナは助手であるジコクの指揮の下、物を一つずつ片付けながら、とてもとても甘い声で、少女のような口調でジコクに訊く、「本当に怪物に遭遇したことはないの?」
彼女の話し方によって、ジコクは道端で人を捕まえてスキンケア製品を押し売りするあいつらを連想した。
ジコクもとてもとても甘い口調で、孫が祖父母におもちゃをねだるように言う、「実は、遭遇しました。ワールたちに心配をかけたくなかったので、言いませんでした」
ハナは肩をすぼめ、明らかに息を吞んだ。彼女は偏食の子供を宥め賺して、子供にナスを食べさせるような口調で言う、「それで、汝は逃れたんだよね?」
「いや、あの怪物を叩き潰しました。怪物が逃れたんです。怪物は弱いです。もしもう一度遭遇すれば、私は必ず怪物を片付けてしまいます」ジコクは笑いながら言う、「汝の許可があれば、私は明日から夜中に街頭で待ち伏せをします。被害状況を阻止することができれば、うちの形象は大きく向上するでしょう。汝が私を指導していたと言ってもいいです」
「絶対だめ!」ハナは鋭く叫んだ。彼女はすぐに優しい口調に変わって言う、「汝を心配するよ。そんな危険な事はやめなさい。パくんは今仕事に来ていないから、私の助手は一人しかいない。汝にリスクを負わせるわけにはいかない」
「はいはい」ジコクは言った。彼は可愛いふりをするのがもう面倒くさくなって、真面目に戻った。また、うっかりハナに対する軽蔑を少し露わにしてしまい、「時間が遅くなりました。退勤します。また、今日は残業したので、明日の午後は代休を取って、夕方から出勤します」
「わかった。大丈夫よ。おやすみ、ゆっくり休んで」ハナは笑顔で許可した。彼女は両手の腕を体の側面に押し付けて、前腕だけを使って、ジコクに手を振っている。
「おやすみなさい」ジコクは言った。
工房を出た後、ジコクは手で胸を押さえながら、舌を出した。気持ちが悪かった。
ジコクはお風呂に入った後、屋根裏部屋に戻った。彼はまず荷物が他の人に触られていないのを確認した。そして、ベッドに座って、掛け布団を抱きながら考え込む。
パくんの死亡はハナと関係がある、とジコクはほぼ100%肯定できる。あの怪物もハナと関係がある。でも、ハナはパくんが死んだことを知らないらしい。今日怪物がジコクを阻んだ事にはハナが協力したらしい。そして、背後にいる首謀者は、ハナの事務室で面会したあのシルクハットの男だろう。
ジコクはベッドから跳ねて下りて、全力で、部屋の隅々まで、防護法術を施す。もしその時外に人がいれば、ジコクの部屋が火災のように明るいのが見えるはずだ。また、急に暗くなってから、すぐに強い光を再び放つ光景も見える。
今や、盗難防止のためだけでなく、ジコクは自分の命の安全のために、この場所を戦場の要塞として布置する。部屋の中の動線を計算して、アシッドスプレー、異世界の吞噬口、炎炎領域などの攻撃魔法をすべて使用し、触発するのを待っている状態に設定している。忍び込んだ者は瞬く間に死ぬかもしれない。ジコクは一度も扉に鍵をかけたことがないから、そうすれば入った人にはあまり優しくない。しかし、顧慮する余裕はない。
全てを設置した後、屋内の外見は以前と同じで、法術をかけた形跡が見えない。ジコクは暗い部屋を見ながら、長い溜息をついた。
ジコクは安定した平凡な人生を過ごしたいから、特赦の後、法を遵守し、良民の生活の道に努めて進むのを選択した。その結果、部屋を戦場として布置しなければ寝ることができない。本当に早く辞職すべきだった。
ジコクは地面のパくんを見た。彼らはそんなに多くの夜を一緒に過ごした。ジコクは部屋を出入りするたびにパくんを跨ぐ必要があり、毎日自分がパくんと話すのを阻止している。彼の寝るものは、着るものは、使うものは、少々の食べるものさえも、すべてパくんの物だ。パくんが彼の人生の隅々までに存在しているから、彼とパくんの間にもう強い絆が結ばれている。彼はパくんをこの寒い(心も温度も)場所にそのままにしておいて、自分だけこの場所を離れることができない。
ジコクはしばらく心の中で葛藤して、最後に眠ることにした。