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 『むかしむかし、あるところに魔女がいました。魔女たちは、なかよく里に集まって暮らしており、人間たちとは離れた場所で生活しておりました。しかし、今の里には誰もいません。魔女の里は何者かに襲われ、魔女たちは姿を消してしまったのです。人間たちは、それを「魔女狩り」と呼んだのだのでした』


 ――という話が、昔から語り継がれている。チーシャは本を閉じ、テーブルに置かれた紅茶を手に取った。覆われた森に住むチーシャは、最後の魔女である。魔女狩りがあった日、チーシャは里から離れた場所へ、薬草採取に行っていた。運よく犠牲にならなかったのだ。

 薬草採取から戻ってきた時のことを、チーシャは鮮明に覚えている。数時間前まで「いってらっしゃい」と手を振ってくれた同族たちが、体に傷を受け、血を流し、横たわっている。酷い者は四肢がバラされていた。家のドアは床に倒れ、ガラス窓は割れている。荒れた集落と生臭い血の匂い、異様な静寂と人の気配の無さに、チーシャの心臓は早鐘を打つ。目に飛び込んでくる現状と胸の鼓動音が、チーシャに警鐘を鳴らした。それからはチーシャもよく覚えていない。一心不乱に走り、体は傷と痣だらけ、服は土汚れと自身の血で見窄らしく、艶めいた銀髪はきらめきを失っていた。息も絶え絶えに足を前に進ませられなくなった頃、チーシャはこの覆われた森の奥にいた。それからは、この覆われた森で千年ほど暮らしている。

 チーシャは窓を開けて、外の様子を伺う。今日は薄灰色の雲が空一面を覆い、木々たちが幹を大きく揺らしていた。風が土の湿った匂いを運んで、窓から家の中へと吹き抜ける。チーシャは窓を閉め、気持ちよさそうにソファで伸びている黒猫を呼んだ。


「ノア今日雨みたい。薬届けるの、別の日にしようか」

「それがいいや。僕、雨の中重い荷物運ぶの、嫌だもん」


 黒猫はそういって、大きな口を開けて前足を大きく出し伸びた。チーシャは今、薬師を生業としている。ノアには、町へ薬を届けてもらっているのだ。

 ノアはソファから降りて、チーシャの元に歩み寄る。


「チーは何するの、今日」

「本棚を整理しようかな。古くなって傷んでる本の修復、ノアも手伝ってね」

「えぇー、めんどくさいなぁ」


 愚痴を吐きつつものろのろと椅子へ向かうノアを気にせず、チーシャは本棚から黄ばんでいる本を数冊取り出す。

 覆われた森に住む魔女の一日は、始まったばかりだ。


 ちょうど一冊直し終えた頃、ぽつりぽつりと雨粒が降り始めた。次第に外は暗さを増し、雨が土を打つ音が激しくなる。雨脚も白くなり始めていた。


「雨、すごいや。外が全然見えない」

「しばらく続くと面倒だね。薬草が取りにいけなくなる」

「僕のご飯もなくなっちゃうよ」

「魔女の使いはしばらく食べなくても大丈夫だよ」


 少年の姿になっているノアは、しかめっ面で頬を膨らませる。膨らんだ頬を、チーシャは人差し指で突く。「面白がって突くな!」と声を大きくするノアに、チーシャは少し目を細め、軽く笑いをこぼした。時計は十二時半を指していた。


「もうお昼回ってた。ご飯にしよう」


 チーシャは修復途中の本を閉じ、テーブルの上を片す。集中して作業していたからか、あっという間に昼だ。数時間の机作業で固まった体を伸ばすと、関節が鳴った。ノアに皿とスプーンの準備を頼んで、チーシャはパンを焼く。家の中は、ふわりと小麦とバターの香りが漂い、心がふわついてしまう。いい具合に焼かれ、こんがり黄金色のついたパンは、二人の食欲を大いにそそらせた。

 

 時計が18時をまわった頃、外につるした人知らせのベルが鳴る。


「こんな時間にお客さん?」

「何か急ぎかもしれない、ノア来客の準備頼むね」

「はいはーい」


 頼まれたノアはしぶしぶ紅茶の準備をする。ドアのノック音が鳴り、チーシャは来客のもとへ向かう。チーシャがドアを開けた時だった。


「…………っ!?」

 開けた途端、少年がチーシャに倒れ掛かってきた。チーシャはすぐさま腕を伸ばす。何とか受け止めたが、腕に伝わる体温は氷のように冷たい。一瞬見えた唇は真っ青だ。少年の体は、傷つき血が流れていた。服は雨に濡れ泥が飛び散っており、紺色の髪に輝きはない。手首に触れ、人差し指と中指に神経を集中させる。脈は弱くリズムも遅い。声をかけたが、少年からの返事はない。外から吹き抜ける冷たい風と共に、雨がチーシャの体へ勢いよく打ち付ける。チーシャの鼓動は早くなり、手先が小刻みに震える。思考を放棄して、家中に響きわたる大きさで叫んだ。


「ノア! タオルとお湯!」


 外では雷撃が起こり、すさまじい音が森に響く。雨はまだやみそうになかった。

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