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1話

緊張感のないまま、またしても食事シーンです。

 飲んだ瞬間気を失うような強い睡眠薬はそんなに簡単に手にはいるものではない。体は子供頭脳はの彼の使う道具は現実においてはファンタジーなのだ。飲んだ私としては記憶にほぼ残っていないのだが。飲んだ後に眠気と戦う羽目になる朦朧とした状態で、手を引かれて、車か何かに乗せられて。その部分を記憶していないが為に、飲んだ瞬間気を失ったような感覚だけが残っている。


 状況を整理すると、どうやら私は攫われたらしい。大人しくついてきてくれてよかった、と微笑まれるが、薬を持って攫うのは大人しくついてきたにカウントしていいのだろうか。



 ふかふかの布団で目を覚ました。特に拘束をされているわけではないが、目を覚ましたら横に見知らぬ他人がすやすやと寝ていたのでうっかり叫びかけた。こちらの目覚めに気付いたのか、田中も目を覚ましたりふわりと微笑む。熱を出した子供を看病しながら身守るような格好で。その瞳に笑みに慈愛を滲ませて、おはようと寝起きの掠れた声で告げられる。


──そういや私風呂入ってねぇな。


 よくあるシチュボとか薄い本だったら着替えさせられてるシーンだが、触れないと言う約束は半端に守られていたらしく、私は昨日着ていた服のまま。シャツに皺が寄ってしまったとか、此処はどこだとか色々な思考が巡るがかと言って何かわかるわけでもない。睡眠で幾分クリアになった思考を回せば、あの時トイレとかに立て篭もって通報すりゃよかったなと気付くが後の祭りである。ポケットにスマホは当然ない。そのままだったらそれはそれで意識が低すぎてびっくりしたが、なかったらなかったで現代人なのでやや不安になる。それ以上に不安になるべきなのだが、目の前の男はこちらを気遣うような笑みでニコニコと何やら話しかけてくるので緊張感の維持が難しい。警戒しているこちらがおかしいのではないかと思えてくるほど、それが当然の行為だという振る舞いをされると脳みそが楽な方に流されそうになる。本当に緊張感のないことに腹の虫まで鳴り出すので困ってしまう。二度目である二度目。いい加減言い訳もできないくらい、私に緊張感が足りていない。何か作ろうかと再度問いかけられて、丁重にお断りした。店でもない見知らぬ他人の作るご飯は食べたくないし、自分を攫った相手の作る飯を食べたくはもっとない。

 

 結局、妥協案として私が作ることになる。もういい加減考えるのが面倒になってくるレベルだ。逃げ出さないようになのか、手を引かれながらキッチンに移動した。触る前に一応声をかけられたが、拒絶の言葉はやんわり微笑まれてスルーされた。指一本はどうした指一本は。


 見知らぬ他人のキッチンは基本的に使いにくいものなのだが、物の配置や道具等が若干自分のそれと似ていて、使いにくさが少ないことに少しゾッとするなどした。敢えてなのなら怖すぎるし、趣味が似ているならそれはそれで怖い。若干どころか結構怖くなりつつ、ちらりと顔色を伺えばエプロンはよかったらこれをと差し出される。それなりに使い込まれているので自炊はするタイプなのかもしれない。作ろうかと提案してくるぐらいだし。エプロンを身につければ、一瞬息を飲まれたことに若干イラッとした。つけなければよかったかもしれない。


 食欲もないし軽く作る、というには普通にめちゃくちゃお腹が空いてしまっている。緊張感もなく鳴き叫ぶ腹の虫に、考えるのも面倒になってくる。麺類って早く消化しちゃうもんねとかやめろフォローするな逆になんかこう、痛いだろ心とか!


 まだ開封していない食パンをトースターに入れ、うっかり本当にうっかり、貴方は食べるとかと問いかけてしまった。いやこう、誘拐されたとはいえ家主を前にして一人で朝飯を食うのもどうなんだ?とか誘拐されてるのにエプロン借りて飯を作ってるのはもっとどうなんだ?とか色々考えることはあるが、まあ、私もとにかく混乱していたのだ。混乱して飛び出した素っ頓狂そのものの問いかけに、ぱあっと顔を明るく輝かせて破顔される。喜びようが大袈裟すぎて嘘臭さを逆に大幅に追い越されてしまった。脳裏によぎるラブレターに記されていた熱烈な言葉が、もしかしたら本心でしかないと思いそうになるほどに、こちらを見る目に籠る熱は火傷しそうに熱い。もしかして、私のストーカーというのはガチなのかもしれない。


 非常に納得いかないが自分が言い出す形で田中の分まで朝ごはんを作る羽目になってしまったので。もうこういう時は無心で作るに限る。朝ごはんだし、自分のストーカー相手にふわふわオムレツを作るほど優しくもないので、トーストと卵とコーンのコンソメスープを作った。缶詰と卵と未開封のパンにまでなにかを仕込むのはそれなりに難易度が高かろうという理由ではあるが、調味料とかを無警戒に使っている時点で何もかもが言い訳である。一人分のスープ作るのが難しいとかそういうのももう完全に言い訳にしか聞こえないのである。なんでペアの食器が用意されてんだ、彼女とか居た置き土産であってくれとか。まあまあ心を逃避させたくなる食器棚から全力で気を逸らしつつ、とりあえずは朝ごはんである。いい色に焼けたトーストをちぎってスープに浸しつつ、咀嚼する。なんだか新婚さんになったみたいだとか、寝ぼけたことを言っている田中にさらに心の距離を開きつつ私は黙ってご飯を食べ続けた。一口が大きい田中の食事風景はなんかこう、大型の動物の捕食シーンのようにも見えて少し怖い。話しながらも食べるペースをこちらに合わせているようなのも死ぬほど怖い。そこまで気を遣ってくる人間が、わざわざ誘拐なんて手段を選ぶ狂い方が怖い。会話が成立しているようで、全然噛み合えてないのも恐ろしい。美味しかったよありがとうと微笑んだ後、器を洗いに立ち上がった田中に礼を言うのも奇妙な心地で目を逸らした。どうやったら逃げ出せるのか、皆目検討もつかないまま、何故か朝ごはんを終えてしまったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 疲れていたらね、仕方ないね 渋見てないからわからんけど、グロ結末でなければセーフ…?
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