プロローグ
pixivに投稿したものを修正や加筆したものです。
そっちは完結済みなので、ワンチャン迎えるエンディングが異なる可能性は存在しています。
自分がストーカーの被害に遭う。実際そんな目に遭うまでは、そう言うのを気をつけるのはもっと美人とか美少女とがが必要なことだとうすらぼんやり思っていた。だがまあ、ポストに届く熱烈なラブレターや手作りらしきお菓子。もしかしたら嫌がらせなのかもしれない。まだ食べれそうな食品を捨てるのは怪しかろうが心が痛む。ここ最近忙しいから、余計そんなことで気持ちを消耗するのも正直しんどい。残業時間は伸び続ける一方なのに、やろうとしている仕事は一切進まない。鳴り響く電話に出れば、春の陽気に当てられて頭がアッパラパーになったとしか思えない、自称お客様どもに怒鳴られる。もういっそ転職、と考えるも、休みはほぼ寝て消費してしまう。
23時前になんとか退勤カードを押し、思い立ち寄ったコンビニのスイーツコーナーとお弁当コーナーを彷徨う。無意味に時間を消費するも結局自分が食べたい物を思い出すこともできず。烏龍茶だけ買って店を出れば、家についた時にはすでに日付変更前ギリギリだ。風呂に入って髪の毛を乾かすと近所迷惑かもしれない時間で、朝にシャワーで済ませるかいやでも風呂に入らず布団に入りたくないなぁとか。そんなことを考えながらアパートのドアを開ける。防犯のために入り口の明かりはついていたから。ただいまと小声で言うのは癖になっていたから。気付くのに一拍もニ拍も遅れてしまった。
「おかえりなさい」
「た、ただいま……?」
ニコニコと笑う顔はどこか幼さを残しつつ、綺麗に整っている。体格はしっかりと鍛えられているのに、浮かべている柔和な笑みは、あまりにも無防備で、状況が状況だというのに警戒する方が酷いことをしている気さえする。
誰だこいつ、と脳みそが疑問符を浮かべるが、声として出力されない。ぐう、と鳴ったこちらの腹の虫に、遅くまで大変だね、何か作ろうかと、柔らかな笑みで問いかけてくる。他人の作るご飯食べたくないからいいですと断れば少し悲しそうな顔をした後、誤魔化すように微笑まれた。何?とうとうお迎えでもきた?
なんか死神か天使や悪魔とかが疲れた社畜の元に来て助けてくれる。そう言うweb漫画はよくTLを流れていく。あまり自分の人生に関わりがなさそうな類の美形はより、そう言う創作じみていた。現代人は疲れているので、帰宅したら癒されたい願望が強いのだ。生々しい幻覚を見るほど疲れていたかなと思いながら、脳みそのどこかは鈍く警鐘を鳴らす。連日届く熱烈なお手紙と、食べるわけにもいかないままゴミ箱に入れる羽目になったお菓子などの贈り物。もしかして、その送り主はこいつではないかと言うおそらく正解であろう、答え。それでも、つい妄想の類であってくれと疲れた脳みそは容易く逃避する。こんな美形が、まさか、そんな私になんて、ねぇ?
とりあえず腹を満たそうと冷凍庫から冷凍うどんを取り出しレンジに突っ込む。本当は茹でたいが、それより疲れていると早く食べたいの方が勝った。解凍した麺に白だしと海苔をかけて卵を落とす。ぐちゃぐちゃと混ぜ合わせた後に黙々と食べ終え、器を流しにおけば、洗おうかと問われたので。つい助かるなぁと心底疲れていたのでお願いしてしまった。洗面所に移動し、化粧を落としコンタクトを外す。顔を冷水で洗ったあたりでなんとなくこれはやばい状況ではないかと冷静になり始める。いくらなんでも風呂に入っている場合ではないな、と思うのだが。見知らぬ侵入者の見守る中うどんを食った女になってしまったので、ここら辺でどう動けば挽回出来るかもよくわからない。ほっぺをつねれば当然痛い。とりあえず、ワンチャンの期待を込めつつ洗面所から出ると、夢や幻でもなくなんか居た。なんでだよ、消えてろよ幻覚なら。
「……こんばんは、不法侵入者さん」
「うん、こんばんは」
ニコニコと微笑む不法侵入者に挨拶すれば、ぱあと明るい笑顔で返事が返ってくる。流石に、これを可愛いと思えるほど肝は据わっていない。いないのだが。
「実はここ私の家なんですよ」
「う、うん。知ってるけど……?」
困惑を表に出された為、内心の私がいやお前が困るんかいとキレ出した。疲れているので沸点が大変低い。いやでも不法侵入されてんだし怒っていいとは思う。が、怒って殺されても困るのである。なんでこいつうちに居るんだろう。マジでストーカーなのか。そんなに顔がいいんだしそんなことしなくてもよりどりみどりなのでは?いやモテる人間がよりどりみどりなのかは知らんけど。モテたことないし。
「ええっと、不法侵入されているので家主としてはなんでいるんだ?くらいは聞く権利があると思うんですよね」
「!!!あ、そうだったよね、挨拶もしてなかった!」
挨拶されても不法侵入は不法侵入では?と思うが、ニコニコと邪気なく微笑まれて自己紹介と挨拶を聞く羽目になった。だんだんめんどくさくなってきたな……。見なかったことにして風呂入って寝ちゃだめかな……。ダメだろうな。
田中徹と名乗る彼はどうやら本当に私のストーカーだったらしい。まじかよ趣味が悪いな。最近帰宅が遅く、また大変疲れ果てていることを心配して、もうこんなことなら俺が養う!と気合を入れて迎えにきてくれたらしい。いやなんで?
「その結論に辿り着くまでに、あまりにも一足飛びしすぎでは?」
「そ、そうだよね、君の話も聞かずに……つい、気がはやっちゃって……」
えへへと照れ笑いされるが照れてる場合じゃなくはないだろうか。ここらで通報することも考えたが警察がたどり着くのと、この田中と名乗る不審者に私が殺される(最悪の場合)スピードを比べるとどう考えても殺される方が早そうである。ストーカーと名乗るぐらいなので、うっかり間違えばシチュボや薄い本みたいなことになりかねないが、このアパート壁が薄いので大騒ぎしたら流石に隣人は通報してくれる気がするので、ギリギリ貞操は守れるかもしれない(まあ、それより早く死ぬかもしれないが)。どう頑張れば殺されずに済むかな、と考えた後、そりゃもう死にたくないので命乞いをしてみることにした。
「実は私、殺されたくはないんですがどうしたらいいですかね?」
「こ、殺さないよ!」
どうしてそう言う発想になったのだと慌て始めるが、帰宅して見知らぬ男が侵入していたら高確率で殺されたくないになるのではないだろうか。他にこんな目にあった人の話を聞かないので想像だけど。
「そして、犯されたくも無いんですけど……」
「!!!!!!!き、きみが嫌がるなら指一本触れないから!」
「声がでかいんだよな……」
「ご、ごめん」
しゅん、と大きな体を小さくしている田中を前にシンプルに困惑する。騒いで壁ドンとかされたら田中も困るんじゃなかろうか。それよりも私に誤解される方が嫌とでも言いたげな反応に、より何しにきたんだろうと感情が増す。本人に聞いても答えが要領を得ない。困惑したまま見つめていれば、照れながら大変幸福そうに微笑まれてより理解ができない。そんな、恋する熱っぽい目で見つめられても、誰か人違いでは?という思いが消しきれない。見知らぬ他人に、ある種の情熱的さを持って見つめられている理由が、理解できない。言葉を重ねようとして、緊張して乾いた口に舌がもつれて咳き込んでしまう。大丈夫?と言われながら差し出されたお茶を、なぜ飲み干してしまったんだ。
ぶつり、と意識が途絶えた。猛烈な眠気に、抵抗する気力も湧かずに。
言い訳をするならその日私はとにかく疲れていたのだ。だからそう。ストーカーを前にのんびりうどんを食べたのも。うっかりストーカーの渡す飲み物を飲み干したのも。全部全部、疲れていたせい!