中
明くる日、朝早くから、シルワとマリエは神殿へとむかった。
司祭はまだ床に就いていたが、ふたりの手に縋り付いて喜んだ。
「おふたりのおかげで、今年も無事に聖誕祭を迎えることができます。
本当に、有難うございます。」
「いえいえ、お役に立ててなによりです。
なにぶん、久しぶりなことなので、多少、記憶があいまいになっているところもあるのですが・・・
頑張って思い出しつつ、務めさせて頂こうと思います。」
「シルワさんがいてくだされば、何の問題もありませんわ。
どうか灯火式のことはご心配なさらず、ごゆっくり養生なさってくださいませ。」
力強く頷くマリエを、シルワはちらりと見て苦笑した。
「聖女様にそう言われてしまっては、もう頑張るしかありませんね。
ご期待に沿えるよう、精一杯、やりたいと思います。」
「これも大精霊のお導きでしょうか。
精霊の慈しみに心から感謝を申し上げましょう。」
司祭はふたりにむかって祈るように手を合わせた。
***
灯火の祭典は、聖誕祭にむけて、聖なる灯を灯す式典だ。
昔、この世が闇に侵されたとき、大精霊が降りて、ありとあらゆる場所に灯を灯した。
この儀式はその伝説を再現しているとも言われている。
夜が長く、昼間も薄暗いこの季節に、灯を灯し、暗闇のなかに希望を灯した大精霊を祝う。
それは日々に疲れた人々の心にも、小さな灯を灯す。
灯は街じゅう、いたるところに灯される。
建物や庭、道路や街路樹に至るまで、ありとあらゆる場所に聖なる灯を灯す。
その合図となるのが、神殿の灯火式だった。
日没と同時に神殿で灯された聖なる灯が、街全体に広がっていく。
その日から聖なる大精霊の降臨した聖誕祭当日まで、街は祝祭の空気に包まれる。
灯火式はその楽しい日々の始まりでもあった。
街の神殿はどこも趣向を凝らした灯火式を催す。
素晴らしい式典を行う神殿には他所から見物客も大勢訪れる。
それもまた祝祭気分を大いに盛り上げる。
そんな大切な儀式だった。
準備を始めようと庭園にでたシルワとマリエは、目を丸くして立ち止まった。
そこには、大荷物を背負ったグランが、腕組みをして仁王立ちになっていた。
「え?あれ?グラン?」
「おいらもいるっす。」
そう言って屋根の上から飛び降りたのはフィオーリだ。
「僕もね。」
フィオーリの後から、ミールムも降りてきた。
「・・・みなさん、一体今日はまた、なんで・・・?」
「ミールムから聞いたんっすけど、灯火式の助っ人を頼まれたそうじゃないっすか。
おいらたちも、そのお手伝いをしようと思って。」
「仕掛けものといえば、ドワーフの得意技やからな。
ワタシも一肌脱ごうやないか。」
「飾りつけとか、ふたりだけじゃ大変でしょ?
僕らにも手伝えって言えばいいのに。」
三人の申し出に、シルワは申し訳なさそうな顔をした。
「いえ・・・しかし、せっかくの祝祭なのですし、みなさんもそれぞれご予定もおありかと・・・」
「なあにを水臭いこと言ってるんっすか。
それに、灯火式の飾りつけなんて楽しそうなこと、やりたいに決まってるでしょ?」
「買い出しはもう昨日、済ませたし。
今日は、暇や。」
「もしかして、ふたりきりがよかった、とか言う?
でも、マリエとじゃ実質ひとりでやるのと変わんないよ?」
ふひひひ、と少しばかり底意地の悪い笑みを浮かべるミールムに、シルワは苦笑して返した。
「もちろん、お手伝いいただけたら助かります。」
「そうこなくっちゃね!」
フィオーリは嬉しそうにぴょんととんぼ返りをすると、そのままぴょいぴょいと木の上に上った。
「高いところはおいらとミールムに任せてくださいっす。」
グランは、よっこいしょ、と背中の荷物をおろした。
その中には飾り物や大工道具がぎっしりつまっていた。
「あんたらは祭壇や祭典の準備があるやろ。
ワタシらは庭園と外回りの飾りつけをやっとくわ。
こっちは任しといてもろてええで。」
「灯火式ならおいらの故郷にもありますから、大丈夫っす。」
「ワタシも旅の途中で何回も灯火式は見たからな。
まあ、そうそう大外れなこともせえへんと思うよ。」
「みなさん、頼もしいです。
本当に、有難うございます。」
礼を言うシルワに、グランはちょっと照れくさそうに目を逸らせた。
「いちいち相談してたら間に合わへんから、大事なとこ以外はこっちの判断でやるけど。
かまへんよな?」
「もちろんです。
かくいうわたしも、人間の街の流儀というのは実はあまりよく分かっていないんです。
司祭様はそれでも構わないと言ってくださったので。
この際ですから、みなさん、それぞれのお得意分野を活かしてやってください。」
「へへっ。
そんなこと言っちゃっていいんっすか?
おいら、張り切っちゃいますよ?」
木の上からフィオーリの楽しそうな声が降ってくる。
「そんなこと言われたら、ワタシもあれこれやりたなるなあ。」
グランも楽しそうに笑った。
「いいんじゃない?
この街にとって、今年は一度きり、豪華絢爛灯火式!
異種族入り交じり何でもありの大祭典!」
ミールムが調子に乗って嬉しそうに叫んだ。
「・・・えらい、うたい文句やなあ・・・
まあ、ええわ。ほな、そういうことで。」
かくして、式典の準備は始まった。
***
みな、それぞれの得意分野を分担して、手際よく作業は進んでいく。
マリエはさっきからせっせと精霊の人形を作っていた。
同じ作り方をしているはずなのに、同じ顔のが二度とできない。
不格好だけれど、どこか愛嬌のある精霊が、次々と量産されていく。
「うわー、可愛いのがいっぱいできたね。
そんじゃ、それ、木にひっかけてくるよ。」
ある程度できたところで、ミールムが取りに来て、飾り付けるために持って行こうとした。
そこを困り果てた顔をしたグランが通りかかった。
「どうしたの?グラン、浮かない顔をして?」
何気なく話しかけたミールムに、グランはため息を吐きつつ言った。
「まったく、あのエルフさんは、無茶ばっかり言いなはるわ。
あの水盤を運べ、とか・・・」
「水盤?」
「ああ、物置に押し込んであるんやけどな?
あれをどうしても運び出して使いたいんやて。
そやけど、あんな大きいて重たいもん、どうやって動かすねん。」
「・・・重い物、ですか?」
自分の出番かという顔をするマリエに、グランは、いやいや、と首を振った。
「流石の嬢ちゃんでも、あれは無理や思うで。
大理石でできてて、ちょっとした池くらいの大きさがあるんやもの。
おまけに真ん中には立派な石塔付きや。
昔は庭園のど真ん中に置いてあったそうやけどな。
神殿の改装をするときに邪魔やとかで物置に放り込んで。
そのまま何十年って放りっぱなしやねんて。
なんでまたそんなもんを使いたいんか、よう分からんのやけど。」
「あの、わたくし、見に行っては、いけませんか?」
恐る恐る尋ねるマリエにグランは首を振った。
「見るくらいはかまへんけど。
持ち上げようとか、考えんほうがええで。
嬢ちゃんが三十人くらいおったら別やけど。」
「マリエが三十人いたら、それはいろいろと大変なことになるかも。」
ミールムの言うことはさらっと聞き流して、グランは言った。
「あれ動かすのは、なにか特別な魔法装置とか必要と違うかな。
けど、今、そんなもんはあらへんし。
シルワさんの魔力じゃ、動かすのは無理やろう。」
「シルワってさ、魔法学校出の秀才なのに、魔力が足りなくて、ろくな魔法、使えないんだよね。」
「まったく、天は二物を与えへんなあ・・・」
グランはため息を吐いてから、もう一度、マリエに釘を刺した。
「とにかく、嬢ちゃんは、心配せんでええから。
ワタシ、ちょいと使える道具がないか、あちこち探してみるわ。」
そう言って行ってしまった。
「じゃ、見に行ってみる?」
グランの背中を見送ったミールムが、マリエを振り返って笑う。
マリエも小さく笑って頷いた。
物置に行くと、シルワが大きな水盤を前にため息をついていた。
「え?
ちょっ、これ、まさか、本気で持って行こう、とか、思ってるの?」
それは水盤というより、まるっきり、庭園にある噴水そのものだった。
「・・・無理、でしょうか?」
「というより、それを、できる、と思う君のほうが、僕には不思議だよ。」
ミールムに言いたいように言われてシルワが苦笑する。
そこへ恐る恐るマリエが申し出た。
「あの、一度、持ち上げてみてもいいですか?」
「え?ああ、いえ・・・流石の聖女様でも、これは・・・」
引き止める暇もなく、マリエは水盤を持ち上げていた。
「どぉぉぉぉりゃあああ!!!」
「・・・・・・???」
「・・・・・・!!!」
「あの、それで、これは、どちらに?」
にっこりと話しかけられて、凍り付いていたシルワが慌てて指さした。
「あ!
はい。こちら、です・・・」
急いでマリエを案内していく。
その後ろ姿に、ミールムがぼそりとつぶやいた。
「いろいろと台無しだね。
うちの聖女様。」
幸い、それは誰の耳にも届いていなかった。
せっかくだから仲間たちも出してあげよう、と思ったのがいけなかったのかもしれません。
糖度が永久凍土・・・
読んでいただきまして、有難うございました。