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聖女たちの一行がその街を通りかかったのは、聖誕祭ももうすぐ、という頃だった。

大きな街道沿いで、行き交う旅人も多く、住民は開放的で活気のある街だ。

亜人種の旅人も多く、普通に道を歩いていても、冷たい視線をむけられることもない。

一行は久しぶりに宿をとって、その夜はその街に滞在することにした。


さっそく、神殿に挨拶に行ったマリエは、困った顔をして帰ってきた。


「実は、司祭様が急な風邪で寝込んでしまわれて、明日の灯火式が行えないというのです。」


「まあ、それは大変ですね。」


すぐさま反応したのはシルワだった。


「灯火式は、聖誕祭の始まりを告げる大切な儀式。

 これが滞りなく行われなければ、聖誕祭はやってきません。」


「そうなんです。」


マリエは深刻そうに頷いた。


「明日は、街のみなさまも、大勢参列されるご予定だとか。

 灯火式をとても楽しみにしていらっしゃるそうで・・・」


「灯火式はとてもきれいな祭典ですからね。」


シルワは、何かいい思い出でもあるように、かすかに微笑んで頷いた。


「どなたか代わりに式を執り行える方はいらっしゃらないのですか?」


「それが、この街の神殿にお仕えする神官は司祭様おひとりだそうで・・・」


「近隣の街や村には?

 神殿のある街もあるでしょう?」


「それが、この季節はどこの神殿もお忙しくて、他所までは手が回らないそうなのです。」


「マリエじゃだめなの?

 マリエだって、神官なんでしょ?」


横からあっさり言ったミールムに、マリエは複雑な顔になった。


「灯火式の手順はとても複雑怪奇で・・・

 故郷にいたころ、お父さまのお手伝いをしようとして大失敗をしてしまって・・・

 それ以来、手出し無用、ときつくきつく、言い聞かせられまして・・・」


「あー・・・、ね?」


ミールムはちらりとシルワのほうを見た。

シルワは、ふむ、とひとつ頷いてから、にっこりして言った。


「その神殿の場所を教えていただけませんか?」


「まさか、シルワさん、司祭様のお風邪を治してくださるのですか?」


マリエの期待に満ちた眼差しに、シルワはちょっと困ったように笑った。


「あー、それは、ちょっと難しい、ですかねえ。」


あからさまに落胆した顔をするマリエに、シルワはまたちょっと困ったように笑う。


「わたしのヒール魔法にできるのは、あくまで傷ついた箇所の修復だけ。

 喉の痛みや熱を散らしたとしても、それは根本的な解決にはなりません。

 すべての症状を抑えられるほど、魔力もありませんし・・・」


「そう・・・ですよね・・・。」


「がっかりさせてしまって、申し訳ありません。」


すまなさそうに頭を下げるシルワに、マリエは小さく首を振った。


「いいえ。

 治癒の魔法ならば、わたくしにも、多少の心得はあるのです。

 けれども、わたくしの魔法程度では司祭様を治してさしあげることは到底適わず・・・

 かといって、明日の式の代役を務めるのも難しく・・・

 申し訳ないのはわたくしなのですわ。」


うつむくマリエの前にシルワは膝をつくと、その顔を下から覗き込んだ。


「お優しい聖女様。

 貴女の御心を痛める問題があるのなら、それを取り除くのがわたしの役目です。

 どうか、今しばらく、わたしに時間をください。」


じっと瞳を見つめて、目と目が合うと、安心させるようににこりと笑う。


「・・・シルワ、さん・・・?」


「今宵は少し遅くなるかもしれません。

 聖女様は、お風邪など召されぬよう、暖かくしてお休みくださいね。」


そっと手を伸ばしてマリエの髪を優しく撫でると、そのままシルワは出かけて行った。


***


夜遅く宿に戻ったシルワを、マリエは起きて待っていた。

出迎えたマリエを、シルワは軽くにらんで言った。


「こんなに遅くまで起きているなんて、いけない聖女様ですね。」


「・・・ごめんなさい・・・」


マリエがうつむいて小さく謝ると、シルワはくすりと笑った。


「嘘です。

 本当は待っていてくださったことを、とても嬉しく思ってしまってます。

 そして、そんな自分をとてもいけないと思っているんです。

 なのに、貴女を責めるようなことを言ってしまって、申し訳ありません。」


それから自分のマントを取ると、マリエの肩に優しく着せかけた。


「からだを冷やしてはなりません。

 わたしなんかのために、貴女がからだを壊すようなことになったりしたら・・・

 わたしは、わたしを許せなくなります。」


「ご心配をおかけして申し訳ありません。

 わたくしはもう行きますわ。」


しょんぼりとマントを脱いで返そうとするマリエを、シルワは手で引き止めた。


「あ、いえ、すみません、聖女様・・・

 あの、なにか、温かいものでも、召し上がりませんか?」


「・・・いいえ・・・」


首を振るマリエを、シルワはそのままマントでくるみこむようにして抱き上げた。


「え?」


いきなりのことに驚くマリエの瞳を覗き込みながら、くすりと笑う。


「ああ、よかった。

 あのリュックがなければ、わたしでも、なんとかなりましたね。」


至近距離で見つめられたマリエは、真っ赤になって慌てて目を逸らせた。


「シルワさん、なんだか、意地悪、です。」


「夜更かしをする悪い子におしおきですよ。」


シルワは楽しそうに笑うと、マリエのおでこにこつんとおでこをぶつけた。


「本当にいけない人です。

 風邪でもひいたらどうするんです?

 でも、わたしは、とても温かいです。

 だから、もうしばらく、こうしていさせてください。」


「・・・分かりました!湯たんぽですね?

 わたくし、頑張ります!」


嬉しそうに目を輝かせたマリエに、シルワはちょっと苦笑した。


「聖女様。

 そんなに可愛らしいと、悪いオークが攫ってしまいますよ?」


「・・・シルワさんになら、攫われたいです。」


マリエの答えに、シルワは目を丸くして息を呑んだ。

自分を見つめる緑色の瞳にむかって、マリエはゆっくりと言った。


「わたくしがいれば、シルワさんはオークにはならないのでしょう?

 ならば、どこに行かれるときにも、連れて行ってください。

 心細い気持ちで待っているよりも、そのほうがずっといいです。」


「あ・・・」


シルワは深いため息をひとつ吐くと、ゆっくりとマリエを下におろした。

それから胸に手を当てて深く項垂れ、マリエの前に膝をついた。


「愚かしいわたしを、どうかお許しください、聖女様。

 貴女の深い慈しみの御心にも気づかず、ご心配をおかけしました。」


「・・・湯たんぽは、もういりませんか?」


マリエに尋ねられて、やわらかく首を振る。


「これ以上温めていただいたら、わたしは溶けてしまうでしょう。」


「まあ、それは困りますね。」


目を丸くするマリエに優しく笑い返す。

それから静かに説明を始めた。


「遅くなってしまったのは、司祭様とのお話が長引いたからです。

 明日の灯火式は、わたしが代わって執り行うことになりました。」


えっ、と驚くマリエに、小さく笑って続ける。


「こう見えて、わたし、司祭の資格も持っているのです。

 昔、王都の魔法学校にいた頃に、暇にあかせて、取れる資格を片端から取りまくったんですよ。」


「まあ、王都の?」


王都の魔法学校といえば、魔術師としてはかなり優秀な部類に入る。

驚くマリエに、シルワは苦笑して言った。


「わたしの生家は代々、森の泉の番人をしておりまして。

 まあ、エルフの森では、神職に近いものなのです。

 わたしもいずれ、その番人を継ぐはずで。

 そうなりますと、もうずっと、泉から遠くにも行けなくなるので。

 両親は、わたしを、ほんのしばらくの間、王都に行かせてくれたんです。

 そう、人間でいえば、十代くらいの年、ですね。」


「まあ、ちっとも存じませんでしたわ。」


「いやまあ、誰にも言ってませんからね・・・」


シルワは小さく肩をすくめた。


「けれど、せっかく王都に行っても、わたしにはろくに友だちもできず・・・

 とにかく暇を持て余してしまいまして。

 こんなことでは、せっかく、家を出してくれた両親にも申し訳ないと思って・・・

 せめて資格を取っておこうかな、って。

 エルフの神職には人間の資格は関係ないんですけどね?」


それからもう一度顔を上げると、マリエの瞳を捉えてじっと見つめた。


「けれど、今は、その資格を取っておいてよかったなと、思っております。

 こうして、貴女のお役に立てるのですから。」


「本当に、有難うございます、シルワさん。

 勉強熱心だったシルワさんにも、シルワさんにその機会をくださったご両親にも。

 わたくし、心から感謝を申し上げますわ。」


シルワは少し目を丸くしてから、この上なく幸せそうに微笑んだ。


「聖女様。貴女はいつもわたしに報いてくれます。

 貴女と出会えたことは、わたしの一生のご褒美ですよ。」


シルワは立ち上がるとマリエをマントごとふわりと抱きすくめた。


「明日の灯火式は来てくださいますか?」


「もちろんです。

 シルワさんの晴れ姿、是非、見せていただきたいです!」


「多少、エルフ流も混ざるかと思いますが、精一杯、綺麗な式にしてみせます。

 楽しみにしていてください。」


にっこりと請け合ったシルワを、マリエは少しばかり上目遣いになって見た。


「・・・あの、灯火式は、夕方から、ですよね?」


「ええ。日没から始めるものですからね。」


「でも、シルワさんは、その、ご準備とかのために、それ以前に行かれるのでしょう?」


「ええ。明日は早朝から伺う予定です。

 多少は魔法も使いますけど、ほとんどは種と仕掛けのあることですから。

 事前にたっぷりと用意しないといけないんです。」


「それ・・・あの・・・わたくしも、ご一緒しては、いけませんか?」


「聖女様も?」


驚いたように聞き返すシルワに、マリエは重ねて言った。


「あの、わたくし、お邪魔には・・・なるべく、ならないようにいたします。

 隅っこで、じっとしておりますから。

 一緒にいさせてください。」


訴えかけるように見つめるマリエに、シルワはゆっくりと微笑み返した。


「分かりました。

 本当は、種や仕掛けの部分はお見せせずに、ただ驚いていただきたかったのですけれど。

 聖女様のお優しい御心を、一日中、わたしの心配で痛ませておくのも申し訳ありません。

 明日は一緒に来てくださいますか?」


「はい。」


嬉しそうに頷いたマリエに、シルワも嬉しそうに笑った。


「なら、なるべく早くお休みにならないと。

 明日の朝は早いですからね。」


「はい。」


にこにこと見上げるマリエの額に、シルワはかすかに口づけた。


「ゆっくり、おやすみなさいませ、聖女様・・・」






寒いので、甘くなれ~甘くなれ~と念じながら書いております。

それにしても、糖度、永遠の課題です。


読んでいただきまして、有難うございました。

 

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