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雪氷溶けて

 ハーバートさんに付き添ってもらって、数年ぶりとなる公爵家の屋敷に戻りました。


 ここには辛い思い出もたくさんありますが、そこかしこでお母様と過ごした記憶が思い出されたら、懐かしくて泣きたくなりました。


 出迎えてくれた妹のエマに、一緒に来ていた子供達を託すと、案内された寝室におそるおそる足を運びます。


 ベッドの上で休んでいるお父様の姿が視界に映りました。


 記憶の中のお父様よりも痩せて、随分と小さく見えます。


 でも、やはり、私の中には恐怖する感情も残っていました。


 気持ちを落ち着かせようと、隣に立つハーバートさんを見上げます。


 安心させるように頷いてくれたので、ゆっくりとお父様に近付きました。


「エリザベス……」


 ベッドで横になったままのお父様が私をみつめています。


 その視線の中には、たくさんの後悔の想いが見てとれました。


「エリザベス……すまなかった……よく生きてくれていた。よく、ここに帰って来てくれた……ありがとう、ありがとう、エリザベスを救ってくれて」


 最後の言葉は、私の後方に立つハーバートさんにも向けられたものでした。


「すまなかった。私は、取り返しのつかない事をしてしまった。お前の母親は、お前のことを最後まで案じて、お前の幸せを願っていたのに。私は、恨まれて当然の仕打ちをお前にしてしまった。お前はよくやった。よく頑張った。自慢の娘なのに、私はそれを認めてあげることをしなかった」


 お父様の言葉を聞きながら、自分の中に最後に残っていた冷たい氷が、ゆっくりと溶けていくのを感じていました。


 お父様の言葉が、私の中を満たしていきます。


 辛かった記憶がなくなることはありません。


 あの時のことを思い出せば、今でも息苦しくなります。


 でも、自分の中の奥底にしまっていた、凍りついていた思いを探れば、私がずっとずっと欲しくて、切望したものが、今のお父様の言葉だったのです。


「お父様のことを恨んではいません。もう、私を自慢の娘だと言ってくれるのは、お父様しかいないのですから」


 私の言葉を聞いたお父様は、何かを言いかけて僅かに体を起こしかけましたが、すぐにベッドに背中を預けて目を閉じました。


「私を、赦してくれると言うのか……」


「私は今、とても幸せです」


 その言葉を聞いたお父様は、眉間にグッと皺を寄せて、何かの感情を堪えているように見えました。


「ハーバート君」


「はい」


 お父様に声をかけられたハーバートさんが、私の隣に並びました。


 そのハーバートさんに、かつてのお母様と同じような優しげな眼差しが向けられます。


「これまで、娘を守ってくれてありがとう。こんな言葉では足りないくらい、君には感謝している。これからも、娘と孫たちをどうか、頼む」


「はい。ご安心を」


 ハーバートさんの力強い言葉に、私も嬉しくなりました。


「お父様。私の大切な子どもたちに会ってくれますか?」


「こんな私に会わせてくれるというのなら、それ以上の赦しはない」


「僕が呼んできます」


 部屋の入り口に控えてくれていたエディーが、子どもたちが待っている部屋へと行ってくれました。


 ほどなくして、


「失礼します。お姉様、ウィルとモナを連れてきました」


 エマと一緒に子供たちが入室すると、まずウィルがベッドサイドに立ちました。


「はじめまして、お祖父様。ウィルです。お会いできるのを楽しみにしていました」


 綺麗なお辞儀を披露します。


「はじめまして、お祖父様。モナです。以後お見知りおきください」


 モナはスカートの端を持って、ちょこんと膝を軽く落としました。


 いつの間に覚えたのか、エマにありがとうと、小さな声でお礼を伝えました。


 お父様は子供達の姿を見ると、目尻に皺を作って嬉しそうに何度も頷いていました。





 この日から、私達は父との残された時間を穏やかに過ごすことができ、そして最期の時をエディーとエマと一緒に迎えることができました。


 父の葬儀が済むと、三人で墓碑の前に立ちました。


 ハーバートさんは、ウィルとモナと一緒に少し離れた場所で待ってくれています。


「まだ未成年なのに、貴方に大きな責任を負わせることになってしまって……ごめんなさい」


「僕は大丈夫です。姉様とハーバートさんがいてくれて、心強いです。それに、エマもまだまだ公爵家にいてくれますから」


「確かに大きな責任は伴いますけど、エディーは大した苦労とは思っていません。そこは、お姉様も信用なさって大丈夫です」


「エマも、エディーと公爵家のことをこれからもよろしくね」


「はい。ところで、私はいつお姉様の家に招待していただけるのでしょうか」


 エマは可愛らしく首を傾げて尋ねてきました。


「まだまだウィルとモナと遊び足りませんの。今度はエディーの婚約者もご紹介して差し上げたいし、私の大好きな婚約者にも会っていただきたいです」


 妹からの催促は、とても嬉しいものでした。


 お父様の墓碑の前で、家に妹達を招待すると約束してからこの日は別れました。


 そして、約束した通りにその後の幸福に満ちた再会もすぐのことでした。


















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― 新着の感想 ―
[一言] まずはとても重いテーマに挑戦された事に敬意を。実際に学習障害を持つ方に会った事がないので偉そうなことは言えませんが、私も障害を持っているので親近感がわきました。どんなに困難な事でも一つ一つ熟…
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