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2 魔法使いとの結婚

 かじかんだ指先に、ハーっと息をかけます。


 真っ赤な指先は、白い息が吐き出されても、それくらいではぬくもりませんが、気休め程度でもしないよりはマシなのでしょうか。


 ビルソン公爵家の領地は、冬の間、短期間ではありますが一面が銀世界に様変わりしてしまいます。


 雪が降り積もり、何もかもが白で埋め尽くされたそんな庭先で、1人ポツンと作業を行っていました。


 雪に閉ざされた世界は、監獄のようにも見えました。


()()()、まだ終わっていないのですか?」


 非難めいた声に、身を竦め、慌ててスコップを持ち直して、先端を雪に差し込みます。


 雪かきは、私一人の腕ではかなりの重労働ですが、これが終わらなければ食事を取ることもできません。


 例え、誰かの仕事を押し付けられていたとしても、私にはどうしようもできません。


「本当に、グズなんだから」


 平民でもある下級使用人の女性にも、このように言われる始末です。


 本当に自分が情けなくなりました。


 彼女達の学力にすら劣る私では、何一つ言い返すことができません。


 言付けを書かれたメモを渡されても、それを誰かに読んで貰わなければ、用件をすますこともできないのですから………


 使用人達の鬱憤を晴らすためだけに、嘲笑することを目的として、わざわざ私にメモ書きを渡してくることも、分かっていました。


 でも、どれも、私が学ぶ努力をやめたことがいけないのです。


 私の薄い反応をどう思ったのか、嫌味を言いに来た彼女は仰々しくため息をつき、去って行きました。


 残された私は、凍え、身を切るような寒さの中で白い息を吐きながら雪をかき続けます。


 視界の端で、離れた屋敷の窓から幼い弟妹がこちらを見ているのが見えました。


 あの子達が生まれてから、ほとんど話したことがありません。


 姉がいるという事を知らずに育っているかもしれませんが、こんな私では堂々と姉だと話しかけることすらできません。


 もちろん、自由に会わせてもらえるわけでもありませんが。


 もともと体の弱かったお母様は、子供は一人だけと決めていました。


 私が公爵家を継ぎ、婚約者となる方に婿として来てもらうつもりでしたが、私に著しく学力が足りない事が分かると、破談となっていました。


 それで、お母様は後継となる二人目の子供を生まなければならなくなり、予想外の双子の出産に耐えきれず、弟に続いて妹を出産した直後に儚い人となってしまいました。


 祝福されるべきあの子達の生まれに、暗い影を落としてしまったのは、私の責任です。


 お母様を愛していたお父様も、私の事を恨んでいるのは当然の事でした。


 父親には見捨てられ、弟妹にも、この存在を知られていない。


 私の存在は、一体何と呼べばいいのか。


 冷たい風はそのまま、私の心にも吹き込みます。


 真っ白い雪の上に、ポタリポタリとこぼれ落ちた雫がありました。


 落ちた雫は雪の中に吸い込まれていき、すぐに消えて無くなりますが、次々と頰を伝うそれは、刺すような外気に晒されて、肌を痛めつけます。


 この場に誰もいないことが、たった一人であることが、今は救いでした。


 泣いている姿など見られたら、また、嘲笑の対象にされてしまいます。


 みっともないと、これだから教養のない者はと、指をさされ蔑んだ視線を向けられ、その通りだとしても心は痛みます。


 どれだけバカにされても私の心は麻痺してくれることはなく、全ての嘲りを受け止めて、そして傷付いていました。



 

 そんな厳しい冬が去っても、私の元には春は訪れてはくれませんでした。


 私に選択の余地はありませんでした。


 ビルソン公爵家の長女として生まれたのに、その能力は誰よりも劣って、幼い弟妹にすら勉学で負けて、父の失望は深いものでした。


 だから、その話が来た時に父は断らなかったと聞きました。


 功績を残した優秀な魔法使いに、国が貴族の中から結婚相手を定めたのです。


 それが私、エリザベス・ビルソンでした。


 その日は突然で、魔法使いの妻になれと、何の心構えもできないまま家を追い出されました。


 持たされた荷物はほとんどありません。


 父からしてみれば、公爵家の人間が平民出身者の元に嫁ぐなど、あり得ないことでした。


 いくら国からの命令とは言え、受け入れがたいものだったのです。


 半ば、放逐される形で家から出されていました。


 “お前を二度と家に入れることはない”


 そう付け加えられて。


 私がもっとお父様の期待に応えられていたら、もう少し待遇が違っていたかもしれませんが、努力が出来なかった私では仕方のないことです。


 ため息をつきながら、教えられた場所に向かって歩いていきました。


 身につけているのは、質素だけど動きやすい服。


 公爵家で着ていたボロボロの作業着よりはまともな物でした。


 着替えも嫁入り道具も、持てるサイズの鞄に入るだけです。


 お金になりそうなドレスなどあるはずもなく、どうせ着る機会は今までもなかったので、これからもないのですが。


 何を学んでも習得することができない私を、父は社交界に出すことを嫌がりました。


 なので、ドレスはもう何年も着ていません。


 トボトボと、心細さを隠すこともできずに歩いていきます。


 お金を持たせてもらえなかったので、魔法使いさんの家まで、ほとんどの行程を歩かなければなりませんでした。


 お金を渡すと、逃げると思われたのかもしれません。


 どこにも、行くアテがないのに……


 一人で生きていけるはずがないのに……


 この世界、この国にも、人を襲う魔物はそこら中にいます。


 特に、ここの大陸には、魔族が住む魔の森が存在しています。


 そんな中を、一人で歩いていかなければならないのです。


 むしろ父は、向かう途中で命を落としてくれればいいのにと、思ったのかもしれません。


 不安を紛らわすように、腕の中に抱えた鞄を抱きしめました。


 鞄の中には、一つだけ、とても大切な物があります。


 手の平サイズのスケッチブックです。


 生前のお母様から絵の描き方を教えてもらいました。


 勉強ができない私をいつも励ましてくださって、ありのままの貴女でいいと仰ってくれて、“文字での表現”以外の事があるのだと教えてくださりました。


 それから、絵を描くことが私の唯一の慰めになりました。


 お母様が亡くなってからは、あまり絵を描く時間はありませんでしたが……


 魔法使いさんの家では、絵を描くことを許してもらえるでしょうか。


 それ以前に、私のような容姿の者を妻としてくれるのか不安でした。


 パサパサの茶色の髪、茶色の瞳も、特筆するようなものではなく、ガリガリの体、ガサガサの手先も、何もかもが、みすぼらしいものでした。









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