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寝心地が良い好条件が揃った。
夢の入口に近付いた所で、リズム良く体から脳に響いてくる何かを感じた。
…どうやら俺を叩いているようだ。
ぐーで叩いているのだろうか?
あぁ、もしかしたら急用から戻って来た保健医が俺を起こそうとしてるのかもしれないな。
でもそんな起こし方をするだろうか。
もう少し優しく起こすか、様子を見て起きるまでそっとしといてくれても良いんじゃないかな…。
それに足音は無かった、よな…。
まだ寝ていたかったが、結構しつこかったのでしぶしぶと重たい瞼を開けた。
すると、眩しい光と一緒に目に映ったのは黒髪で、雪のように白い肌をした顔色の女の子一人だった。
思わず、うわっ幽霊!と叫んでしまった。
幽霊の女の子は怪訝な表情をしている。
何も言わず俺をただただ見ているだけだ。
俺、霊感ないんだけどな…今幽霊が見えてる、見えてる!
どこかで20歳前までに幽霊を見なかったら霊感がないと聞いたことがある…
どうやら俺には霊感があったようだ。
本当に昼の保健室に幽霊は居た。
…ん?でも、待てよ。
幽霊の女の子が着ている制服はここの学校の制服じゃないか。
割と最近の生徒の霊なのだろうか?
というのは、俺が入学する数年前に制服が変わったらしい。
姉貴が言っていたのを思い出した。
それで入学希望する女子が増えたんだとか…。
一緒に男子の制服も変えて欲しかったな…。
…そういえば女の子の向こう側が透けていないな。
いや、幽霊は透けるイメージが強くてそう思ってるだけかもしれない。
勇気を出して幽霊に触ってみる事にした。
幽霊はパシッと俺の手を退けた。
一瞬だけ触れたが感触は生身の人間と全く変わらなかった。
幽霊って触れるのか…知らなかった。
幽霊の女の子は更に表情が険しくなる。
俺は勇気を出して聞いてみる事にした。
「すみません、あなたは噂になってる保健室の幽霊ですか?」
「人に物を尋ねる時は先に名乗りなさい。」
会話出来るんだな。
幽霊の女の子に注意をされてしまった…。
礼儀を守ってる真面目な幽霊らしい。
俺は今幽霊と会話をしている。
そして名乗らなかった事を詫びている。
幽霊に詫びるなんて初めてだ、それより仕切り直して名乗る。
「俺は2年普通科の太川晴陽、よろしくな。」
幽霊によろしくってなんだよ…別に友達になりたい訳じゃないのにな。
でも自然に出てきた言葉だった。
幽霊の女の子は重たそうに口を開いた。
本当は名乗りたくない、俺と話したくないのかもしれない。
「私は1年普通科の白戸雪姫よ。」
か細い声で幽霊の女の子は答えてくれた。
白雪姫ってあだ名で言われてそうだな…
…ん?それより今なんて言った?1年普通科…?
幽霊じゃなくて新入生なのか?
いや…コスプレ感覚で学校の予備の制服を勝手に着て、生前楽しめなかった学園生活を満喫しているのかもしれない。
ふと俺は気になった、幽霊は服を着て現れる話しか聞かない。
死装束の格好のまま現れ、幽霊も生前のように着替えを楽しむのだろうか?
着替える服はどうやって手に入れるんだろう?
…なんて考える。
気になることは他にも沢山あるが…
「あの、白戸さんが噂の幽霊になっているのを知ってますか?」
俺は恐る恐る聞いてみる。
「知ってるわ。誰が広げたのかしら?全く迷惑な話よ。でも、おかげで静かな保健室を満喫出来ているから誰かさんに感謝しなきゃいけないわね。今日は邪魔が入ったけど。」
幽霊の女の子、白戸さんは噂になっているのを知っていたらしい。
最後の冷たく放った言葉が俺の身体に刺さった。
幽霊に邪魔と言われてしまった。
「さっきから何まじまじと見てるのよ、変態。」
気付かれてしまい白戸さんに俺の視線を制された。
俺が何を見ていたかというと…
白戸さんには足が2本、しっかりと地に足が着いていたからだ。
そりゃあまじまじと下に視線が向いていたら気に触るよな、悪い事をしてしまったので素直に謝った。
皆も幽霊って下半身がないイメージが強いんじゃないかな。
なんでそういうイメージがついたんだろう。
そう言えば爺さんから、江戸時代に有名な円山応挙という画家が初めて足がない幽霊を描いたとか何とかって言ってたのを聞いた気がする…。
俺が知ってる幽霊は可愛く描かれた白い布みたいなのに顔がついたフワフワ浮いてるやつか、天冠を頭に付け死装束を着てうらめしや~って出てくる幽霊だ。
本当は幽霊にも足はあるのか…再びまじまじと見てしまった…
その時、バシッと脳天に衝撃が走った。
絵にすればきっと俺の頭の上にヒヨコと星が楽しそうに回ってるだろう。
気付けば無意識にしゃがんで白戸さんの足を見ていた俺が悪い。
白戸さんはどうやら俺に手刀打ちをしたらしい。
幽霊にも力はあるのか…興味深い。
しかもかなり痛かった。
クラクラしながら立ち上がり白戸さんを見る。
更に不機嫌にしてしまったようだ…
白戸さんはため息を付き口を開いた。
「ねぇ。貴方さっきから私のこと幽霊、幽霊って思ってるようだけど人間よ、残念だったわね。」