毒は毒でも……
月明りの下、焚火の火、暗い森とその奥から聞こえてくる不気味な鳴き声。そして、拠点を探すと言う行為に、人が……それも、教師だった人が襲って来たという事によるストレス。
それらが複雑に交わった事で、きっと俺の口は軽くなってしまったのだと思う。
それに、相手があの時にあの言葉を掛けてくれた春野さんが聞いて来たと言うのもあるかもしれない。
「邪魔では無いかな。いや、最初は邪魔だとは思ったけど」
「やっぱりそうだよねぇ。でも今は違うって事?」
「そうだね。労力として凄く助かったし。芋類の発見とか偉業レベルじゃないかな」
「……偉業は言い過ぎじゃないかなぁ」
こういう時は下手に隠さず全てを言った方が良いと聞いた事がある。下手に隠し事をしたら、後々疑い合う状況になりかねないのだとか。それが、最悪のタイミングで起きたらパーティー崩壊どころか、全滅になってしまう可能性すら。
兎に角、今は誠実に話せる事は全てそのまま話してしまうのが大切。
「実はさ、君達を助けたらスキルにポイントが貰えるって釣られたんだよね。まぁ、未だに報酬として受け取って無いけど」
「何それずるくない? そんなクエストみたいなのがあるなんて全く気が付かなかったよ」
「あー……現状はその一つだけだから。もしかしたら、他にもクエみたいなのが出てくるかもしれないけどね」
「スキルやポイントが貰えるなら積極的に受けたいよね」
生き残る為にはスキルとスキルポイントは重要。出来る事の幅が増えるしね。
とは言え、現状スキルはジョブを選択した時に手に入れたモノしか無いし、スキルポイントもレベルを上げないとゲット出来ない。
誰もが公平と言えば公平なんだけど、あんな風に襲ってくる相手が居るとなると少しでもアドバンテージが欲しくなる。
だから、もしクエストがあるのなら、積極的に受けたいという春野さんの意見は全面的に同意だ。
「でもそっか。邪魔じゃないなら良かったかな」
「わるいね。俺の精神的な問題だってのに。直接やり取りが出来なかったから色々と後手になってた事もあるだろうし」
「こちらこそ! 私達も来た当初は色々と警戒していたしね」
「まぁそれは当然じゃないかな。あの糞教師を見たら理解出来るし」
ズズっとポーションの残留物入りのお湯を飲む。これもお茶の一種になるのかな?
「俺の方は、今の所随分と楽にはなってると思う。こうして直接会話は出来るようになったし」
「顔を見ては難しそうだけどね」
「それは勘弁」
「だよね。私もまだちょっとって部分があるし。遠くから見るとかなら問題ないけど……あーでも、雪ならもう大丈夫かも?」
あぁ、あの一言ワードで終わらせるDさんだよな。
確かに声色とかからだけど、他の人よりは回復しているようにも感じる。……と言うより、たぶん彼女の性質なんだろうけど、殆どが棒読みっぽく会話するんだよね。だから、回復云々も何となくと言った感じなんだけど。
「でも、どうして吐く様になるまで人が苦手に? って、これ聞いても大丈夫だった?」
「その事かぁ。今後の事を考えると話しておかないととは思ってたんだけどね」
ただ少し、聞かせるにはちょっとばかり重い話だからなと考えもしてたんだよな。ただ、共同で色々とやって行く事になるのだから、やっぱり原因は知ってもらうのがベストかな。
何せ、理由を知らねば不満が溜まりかねない。俺自身が彼女達に対してだけなんだけど、少し回復していると言うのもある。
だから、このまま行ったら〝空気を読めない奴〟とか〝ボッチのこじらせ野郎〟という感じに、彼女達の中でイメージが変化してもおかしくない。
そうなると、作業に深刻な支障をきたす可能性も出て来るからな。特に戦闘面とか。
あまり思い出したくはない話だけど……伝えておかないと不味いよな。
とりあえず春野さんに伝えて見て、どう反応するかで今後の事を考えるとしようか。もしそれで去って行くなら、それはそれで縁が無かったというだけだし。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
僕の家族は世間一般的に言う毒親。それも猛毒じゃないかな。
時代錯誤と言える〝長男教〟を崇拝でもしているのか、何事も長男である〝明〟を優先。いや、優先だったらまだ良かったかもしれない。
明以外は全て奴隷と言う扱い。誕生日・クリスマス何それ美味しいの? 後、お年玉は全て没収された。ただ、没収した後に貯金でもしてくれているのなら別だが、どういう訳か明の懐へ。
お風呂と睡眠は全て最後に。食事は別のテーブルで食事内容も違う。家事? そんなの奴隷である身がやるべきだという扱い。料理だけは一切触れた事が無かったけど。
そんな親の行為を見てそだった明はどうなったか? 当然、毒洗脳下にある状態。だから明も僕の事を常に奴隷として扱ってくる。
顔以外の見えない位置を殴られるなんてよくある話。……顔〝は〟やめなさいと言うのは毒親の言葉。
家に休まる場所など無い。そんな状況を子供の頃から過ごして来た。
ただ、毒親も世間体の事を考えているのか、学校だけは通わせる様にしていた。……もしそこで僕が誰かに訴えても、どうにでもなると考えていたんだろうね。実際に、一度だけ先生に言った事が有ったけど、無い事無い事を捲し立て、完全に僕の事をオオカミ少年に仕立て上げた。
あぁ、味方に出来る人なんて一人も居ないんだ。ってこの時悟った。
そして、そんな先生すら毒親に言いくるめられると言うのを見た明は……学校内でもその毒を振りまくようになって来た。
最初の内は「景が消しゴムを盗んだ」とか「景がガラスを割った」だとか。ただ、それは次第にエスカレートして行き……「給食費を盗んだ」だの「女子の下着を盗った」だのと、これまたない事無い事を。というより……それをやったのは、全て明とそのお友達だというのに。
でもどういう訳か、先生も同級生達も明の言葉を〝真〟とした。
教室内で起こる〝悪〟は全て僕の行い。……明が言ったからとかいってたけど、そもそも明は学年が一つ上だというのにね。先輩が言うから正しいという事なのだろうか。
溜まって行くストレス。濁って行く精神。
ただ、そんな僕にも唯一の理解者が居た。それは僕のおばあちゃんだ。たしか、母親のお母さん。
その人が「大丈夫」という言葉を何度も聞かせながら、背中をさすってくれていたんだけど……残念な事に、小学校高学年に上がる頃、おばあちゃんは天へと招かれてしまった。
唯一の味方を失った。そして、そこから加速する冤罪祭り。
そりゃそうだ。毒達にとって諫言を言ってくる人が居なくなったのだから……。本当に、救いようがないと言うのはこの事を言うのだと思う。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「と、簡単に説明するとこんな感じかな。おばあちゃんは何とかしてくれようとしていたみたいなんだけど」
間に合わなかったというか、おばあちゃんも心労で体や精神にダメージが蓄積されてしまっていたのかもしれない。
あれ? 春野さんが無口になってしまった。まぁ仕方ないか。内容が普通に考えてハード過ぎるからな。一応、ソフトになる様にかなり要約して内容を語ったつもりだったんだけど。
あ、そう言えば。あの天使や悪魔が脳内で争う幻覚って、おばあちゃんが亡くなった辺りから見る様になったような? ただ、今はその事は良いとして。
だからと言ったら他の人達には申し訳ない部分もあるんだけど、俺としてはこの孤島に来た事が救いでも有ったんだよな。
もしあのまま修学旅行を無事に終えていたらと思うとね。きっとネチネチと口撃されていたはず。お金がどうだとか、おばあちゃんの遺言がどうだとか。
お金と言えば、お土産代とか……自分でバイトした分から出しているってのにね。きっとその事を言われるんだろうなぁ。お土産代にお金を用意したから、バイト代が全部家に入らなかったって。……何時もは全額入れろ! って命令されてたし。
「とりあえず、今は結構楽になってるから。普通に話をしてくれても問題ないかな」
「そ、そっか……うん、分かったよ」
何やら声がこもっているんだけど、口でも押えているのだろうか。
とりあえず、話せる範囲で話したから、後は彼女達がどう受け取るか次第かな。
しかし、少し喋った事でなんか楽になった気がする。きっとそれは、ここにあいつ等が居ないってのも理由の一つなんだろうけどね。
ブックマークに評価などなど、いつもありがとうございますm(__)mペコ
過去話を軽くと言った感じながらも、景の本質に触れる部分を公開。
景は気が付いていない事なのですが、景に二面性が生まれていなければ……きっと〝まともな思考〟に近いモノは皆無だったでしょう。とは言え、SAN値は限りなく低いのですけど。