準備は大切ですよ
日が落ちるまでの時間を考え、本日の寝床などを用意する。
とはいっても、立派な建物など作れる訳も無いので、本日お世話になるのは蔦を使ったハンモックだ。
蔦を網目状に組んでいき、一日程度なら大丈夫だろうと思える頑丈さにはなったはず。
そして、念のためにと、虫よけに使われる植物をすり潰し、その工程で出来た液体を蔦に塗っておく。当然、その植物を直接燻して煙を当てておくことも忘れない。
「ま、本当にお守り程度な効果だと思うけどな。やらないよりはマシだろう」
実際何の虫が居るかなど確認なんて出来ていないからな。本当に気休め程度でしかない。
ちらりと辺りを見回してみたが、とりあえず蛇やハチの巣などと言ったものも無いので、多少は安心できるような気もするが……不思議空間である以上何が起こるか分からないからな。
「ふぅ……とりあえず、集める物は集めておいたし、寝床も一応確保した……後は食料だけど」
本日の食糧は! と、某テレビの様に力んで紹介するまでもない。
残念な事に、今日は探索以外だと収集もおこなったのだが、そのメインと言えば、今後必要となるだろう素材である石や木の枝やら竹などを回収するだけで終わった。
という訳で、ハイ。食材なんて何も確保出来ていません! というのが実情。いや、実際にはすぐ傍に生えているココヤシから実を確保出来ているのだけども。
「……これ、割るのに労力が居るよなぁ」
中身を食べるにも飲むにも、まずはこの硬い殻を割らねばならない。うん、疲れた体でそれをやるのは得られるエネルギー量などを考えると収支がマイナスなのではないだろうか?
なので、本日は、元々鞄に入っていた! お土産用にと買ったお菓子を食べてしまう事にした。
「……うん、ひもじい。いや、お菓子は美味しいんだけどな」
自販機で買ったペットボトルのコークとお菓子。それが今日の夕飯って……本来ならどこぞかのホテルだか旅館で美味しい料理を食べていただろうに。
とりあえず、手に入れたココヤシの実は殻を割るための道具を作ってからにするとしよう。
鋭利な刃物は作れないだろうが、拾った石の中には攻撃力が高くなりそうな形の石もみつけたから……とりあえず、石斧でも作っておかないと……うぅ、どんな原始的な生活だよ! と突っ込みを入れたくなるが、他に無いのだから仕方がない。
「あ、そうだ……そういえばスマホの存在を忘れてたわ」
余裕が出来たからか、ふとここで文明の利器の事を思い出した。というか、思い出すのが遅すぎる! と自分に突っ込みを入れておく。
鞄の中にしまい込んだスマホを取り出し電源を入れる。電源を切っていたのは……なんでだったっけ? たしか、何処かでスマホ等は電源を切っておいてくださいって言われたからだったような。
「っと、それは良いとして。スマホの状況は……あぁ、やっぱりアンテナは立ってないかぁ」
起動してからすぐアンテナをチェックしたが、完全に電波が有りませんよという状況。これでは誰にも連絡など取れないだろうな。
そう理解しつつも、何んとなしにネットのブラウザを開いてみたり、誰かに連絡をいれてみたりするものの、スマホはうんともすんとも言わず。やはり電波が届いていないという事を再確認するだけで終わった。
パチッという音がする。どうやら火が弾けたようだ。
闇も深くなり、空には満天の星。目の前にある焚火が唯一心を落ち着かせてくれる。こういう状況におかれ、初めて火の偉大さと温かさを知る事が出来た。
「寒くはないけどな……とりあえず、焚火のお陰で視界が確保できるのは良い事だ」
ついでに竹をつかって、海水を煮沸していたりする。湯気を集めて飲料水を作っているんだけども……これ、効率は良いのだろうか? ただ、その内ペットボトルの中身も無くなるし、ココヤシの実に頼るのも間違っているからやる必要はあるんだけど。
それにしても、やっている事は見様見真似のなんちゃってサバイバルだが、初日としては御の字では無いだろうか。
こうなってくると、他の人達はどうなっているのか少し気になる処ではあるが……。
「出来ればこのまま一人が良いよなぁ」
波の音を聞きながらまったりしている……うん、落ち着いている自分が居ると言うのはどう考えても可笑しい気がするが、なんだか気分は悪くない。寧ろ良いとさえいえる。
それは多くの人による気配や声が無いからなのか、ただこう言った空間が自分に合っているからなのか……どちらにしても、火の灯と波の音と静寂で俺の正気度は回復しているらしい。
「とりあえず……薪は焚べておくか。寝起きには火も消えているだろうけど」
明るいというだけで落ち着くし、動物避けにもなるだろう。
そんな訳で、俺は薪を焚火に追加した後、ハンモックに揺られながら夢の中へと旅立っていった。
朝目が覚めると、大量の野犬に囲まれているなんて事もなく、ハンモックから落ちているなんて事も無いようで。
「無事に夜を越せたか……虫による被害とかは?」
腕や足などをチェックしていく。
蟻に噛まれていたり、蚊に血を吸われていたりしないかと、目を見開いて見てみたが……うむ、どうやら無事の様だ。
「虫よけが効いたのか、そもそも虫が存在していないのか……どちらにしても、これで病気や毒を受けたなんて事は無いって事だな」
虫の被害で怖いのは毒と病気だ。中には体内に侵入して来るなんてモノも居るがそれは少し例外。
そしてやはり一番怖いのは蚊による病原菌を移されるという事だろう。……何せ、奴らは人類史上で一番人を殺した生き物だからな。直接的な死因では無いが、奴等の保菌している病原菌が恐ろしすぎる。
「とは言え、何時までも外で過ごすなんて訳にもいかないか……藁でも有ればよかったんだけど」
藁ぶき屋根の家では無いが、ちょっとしたテントモドキを作るにしても今あるモノでは足らない。
屋根や壁が無いのはやはり怖いからな……雨にでも降られたら一発でノックアウトだ。風邪もまた蚊と同じで、この様な状況下だとトップを争う脅威と言える。
「とりあえず今日は……食料の確保をして置きたいかね」
セーフハウス作りをしようにも、今の食糧事情では心許ない。
確かにお菓子などは鞄の中にあれど、動蛋や食物繊維が圧倒的に足りていない。とは言え……動蛋はどうするよ? って話になる訳だけど。
「今日はソレを確保するためにも、午前中は道具作りをするか……」
竹槍に石斧と石のナイフ。鞄の中には刃物類など一切入って無いからな……せめてハサミかカッターナイフでも有ればよかったんだけど、残念ながらそう言った物を持っていくのは禁止されていた。だから、刃物類は一切この場に無い。
後作るとしたら……やはりトラップだろう。
「蔦と竹があるからな。魚を取る為の籠に簡易のウサギトラップも作れるだろ」
割とウサギ用のトラップは簡単に作れる。
それこそ、大きな石を枝で支えるトラップ、兎の足を蔦で引っ掛け動けなくするトラップと、構造自体は割と単純だ。
そしてそれを、ウサギの通り道に仕掛けておけばあら不思議! 今晩の夕飯をゲットだ! という事になる。
とは言え、一つ懸念が無い訳ではない。
俺が出会ったあの糞ウサギ……あいつ、明確に俺を馬鹿にしたような態度を見せたからな。
そしてそうである以上、あのウサギの知能はかなり高いのではないか? という疑いが出て来る。
「しかし、動蛋の為には……成功してもらわねば! とりあえず、見えにくくしておくか。こう葉っぱで隠したりすれば……」
色々と工夫して、ウサギと知恵比べ……って、なんでウサギ相手にこれだけ悩む必要があるんだよ!
全く、この場所の不思議は植生だけにして欲しい。