閑話・理想と現実
〝ソレ〟を知ったのは俺達が鈴木さんとの会話を終えた後だった。そしてソレを知った事は本当に偶然で、良かったのか悪かったのか全く答えが見つからない。
俺達が鈴木さんと話し合いを終えた後、偶々女子の集団が目に入った。拠点内を散歩でもしていたみたいで、とてもゆっくり歩いていたのはとても印象的だったのを覚えている。
ただ、その後の出来事がそんな印象とは対極的で、その差がとても信じられないというか。
「彼女達は彼女達の世界の中で、ゆっくりと時間を進めていた感じがする」と、そんな事を言ったのはその時俺といっしょにいた華。
彼女の目には、その時点で女子達の身に何が有ったのか理解したんだろう。
だが、俺は馬鹿というか鈍感だったと言えばいいのか……その時は全く何も思い当たることなど無くて、「なんかちょっと様子がおかしいかな?」とか「なんで狩りに出たり生産をしたりしていないんだろう」なんて事を考えながら、彼女達の事をジロジロと眺めてしまったんだ。
当たり前の話なんだけど、そんな風に訝しげな視線を浴びれば、余程鈍感でもない限りその視線に気がつくもの。
女子達は俺から送られてきた視線に気が付き、俺と彼女達の視線が交わった。……交わってしまったんだよな。
そしてその時に初めて、俺は鈴木さんや秋山さん達が言っていた事を、本当の意味で少しだけ理解したのだと思う。
普通に衝撃的だったんだよ。
モンスターと遭遇した訳でもない。遭遇したのは俺達。そんな俺達をみて、彼女達の目にははっきりと〝怯え〟の色が見てとれた。
どうしたら良いのか分からず固まった俺。そんな俺の前にスッと出てきたのは華。
華は俺達と彼女達の間に自分という壁を作ることで、俺達は何もしないというアピールを彼女達にした。……と言うのは、後になって分かった。
ただその時は、本当にどうして良いのか分からなかったからな。俺の頭の中では「え? なんで? 俺何もしてないよ? なのになんでそんなに怯えられているんだ?」と言った思考がぐるぐると駆け回っていたからな。
華に「しっかりして」と叩かれた後、冷静になってから色々と考えてみた。いや、考えるなんて必要もなかったか。男である俺と視線が交わって恐怖する。そんなの何が有ったかなんて火を見るより明らかだからな。
そしてその事に気が付いた時。俺は額に手を当て天を仰いでしまったよ。
知らなかったとは言え、なんて俺は無遠慮な事を鈴木さん達に要求していたんだろうと。
鈴木さん達もそりゃ警戒するよな。俺みたいなコレが正しいんだ! を突き通そうとする相手なんて。
正直、あの時の俺だったら、彼女達に対して土足でズカズカと押し掛け、根拠とか理屈とか関係なく、ただ「大丈夫だから!」なんて言葉を投げかけていたはずだ。その結果がどんなものになるのか、全く想像もせずに。
では何故今ソレをやらなかったのか。
それは前回の話し合いの後に、我武者羅にレベリングをしてモヤモヤをリセットし、色々とウチの女子達と話し合いをしたからこそ、突撃をするなんて事はやらずに済んだ。
「ただ、思った以上に最悪だったんだな」
「えいたろー……あまり口外したらだめだよ?」
「分かってる。これは俺と華だけの秘密な」
口外する? そんなの仲間内にだって言えるはずが無い。
彼女達がどんな目にあったのか。仲間が他の男子に殺されたのか、彼女達自身が襲われたのか、はたまたモンスターの餌にされそうになったのか。あの怯えから分かるのはこんな感じの事だ。
そして、もし襲われたなんて話が広まってしまえば……。あぁ、どう考えても、コレは絶対に胸に秘めておくべきことだ。
「鈴木さんや秋山さんは知っていたんだろうな。だからこそ、あそこまで警戒していた」
「鈴木さんや山田さんなんて、雛を守ろうとする親鳥みたいな気配だったみたいって聞いたよ」
たしかにそんな感じだったかな。巣に近づくな! と言わんばかりの視線や威圧は今でも忘れることが出来ない。
あの時は自分の考えを曲げられるか! って負けじと声を張り上げたけど、正直に言うとかなり恐怖を覚えた。ただ、その恐怖ってのも今思い返せばなんだけどな。
「よくあの時の俺って自分の考えを押し通そうとしたなぁ」
「そーたは一触即発な気配でヒヤヒヤしてたんだって」
あの時は宗太に助けられたなぁ。宗太が居なければ、俺はあのまま彼らの怒りという炎に対して油を注ぎ続けていただろうからな。
宗太が落ち着けといって、会話を交代してくれていなかったと思うと……思わず背筋に寒いものを感じる。
「俺には何が出来るかな?」
ポツリと呟いた言葉。ただそれは、小声で言った事だけど妙に大きく響いた気がして……。それと、その呟きは華にも聞こえていたはず。だけど彼女からは何の返答も返ってこない。
ちらりと華の方を見てみる。すると彼女はとても困ったような表情をしていた。
そうか。華もまた答えが分からないから、何も言えずにいるのか。
今一度、俺は空へと視線を移した。
「どうして空はこんなに青いんだろうな」
雲ひとつ無く澄んだ青空。これぐらい物事が分かりやすければ良いのに。
でも俺の心の中は、こんな青空ではなくどんよりとしたもの。どうやったらこの気持は晴れるんだろうな?
「無知や無力ってのは罪だな」
「だからこそ、皆で学んで強くならないといけないかな。私達は今のところ致命的なミスをしていないから、そうならないように頑張らないとね」
理想は理想という事か。現実ってのはとても残酷なんだな。
本当に……誰だよ、無警戒に皆で協力しあえるなんて夢物語を語ったのは。脳内お花畑すぎるだろ。
そういえば、他のクラスメイトにも遭遇したけど数名の男子とは会ってないな。ソイツらは今どこで何をしているんだろうな。そういえば、担任もいないし。……まさかとは思うけど、ソイツらが何かやったのか? いやでも……。
いや、この事は考えても仕方ないか。もしソイツらがヤバいやつで、どこぞかへと逃げ隠れしているって言うなら、鈴木さん達から「○○達は危険だから気をつけろ」って聞かされるだろうしな。
ソレがないとなると、危険では無いのか……もしくは。うん、これ以上は考えないでおこう。この先を考えると、余計気持ちが沈んでいきそうだ。
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