一日の終りには
パカラパカラと軽快な音を響かせながら、威風堂々といった具合に第3フィールドの拠点へと戻ってくる存在がいた。……威風堂々? いやいや、自分で言った事なんだけど、どこをどう見たらそう言えるんだろう。
確かに白い体に赤い鬣と尻尾。この情報だけを見れば正に英雄の馬といった感じなんだけど、その馬自体どこかぬいぐるみ感が抜けていないし、そもそも巨馬とかサラブレットじゃなく、どちらかといえばポニー。
それに、その背に乗っているのがちみっ子サイズと来たら……威厳があると言うよりも、誰からも可愛いという反応しか返ってこないんじゃないかなぁ。
本人はちゅんめに騎乗してドヤァっているけどね。あぁ、だからネタ的な意味で威風堂々なんて思っちゃったのか。
「……むふー」
「どうして雪はそんなにやりきったみたいな顔をしているのかしら?」
「……大漁」
「そんなに魚を釣ることが出来たのね。ただアナタ……一緒に行った人の存在を忘れてないかしら?」
「……ん?」
あ、これは完全にダメなパターンだ。
夏目さんと一緒に釣りへと行ったはずなのに、冬川さんは〝大漁〟という事実によって、夏目さんと一緒に行ったという事すらも忘れている。
今も秋山さんを見ながら「なんのこと?」といった感じで、きょとんとした表情を見せている。
夏目さんは今頃、全力疾走してるだろうなぁ……まさか彼女も思っていなかっただろうからね。一緒に来た相手が、自分だけ馬に騎乗して全力で駆け出すだなんて。
ただ残念な事に。その駆け出した冬川さんは、全く夏目さんの事を思い出そうともしていない。
今なんて、バケツを持つ手をこちらへと突き出し、そのバケツの中を「さぁ、見ろ!」と突き出してきている。いや、これは「見ろ」というよりも「褒めろ」かも。
そんな冬川さんの態度に、秋山さんは何と言ったら良いのか分からないといった表情を浮かべている。
確かにバケツいっぱいの魚をみると、素晴らしい成果だと思える。思えるんだけど、一緒に行ったという事実を忘れているというのが全てを台無しにしている。
しかも、それを素でやっているのだから余計にたちが悪い。
さぁ、俺達は冬川さんへなんと声を掛けるのが正解だろう? なんて考えていたら、拠点の外からけたたましいとさえ感じる走音を響かせながら、拠点内へと突入して来た存在が。
うんまぁ、駆け込んできたのは勿論だけど夏目さんだ。
彼女は肩で息をしながら、一体どこから声を出しているのか……とても低い声で「ゆぅぅぅきぃぃぃ」と唸るように冬川さんを呼びつつ、一歩一歩確実に冬川さんへと近づいている。
なんだろう? 幻覚だとは思うんだけど、どこか彼女の髪がうねうねと動いているようにすら見える。……おかしいな? 夏目さんってショートカットのハズなんだけど。
てか、こう彼女の起こす一連の動作が、どうも漫画で表現されそうな雰囲気なんだけどな。駆け込んで来た時とか、間違いなく「ドドドドドドド」って感じだったし。
「……七海?」
「七海? じゃない! 何で私を置いてった!?」
「……居た?」
「居た! 居たよ!! 居たからな!! てか、釣りをしながら一緒に楽しくおしゃべりだってしたじゃん!!」
ものすごい勢いで捲し立てる夏目さんだけど、残念な事に冬川さんには全く通用していない。
むしろ、先程俺達が見た表情を再び浮かべつつ、首を傾げながら「……ん?」と言いつつ夏目さんの事を見つめている。
思わずといった具合なのだろう。夏目さんもそんな汚れの無い眼差しを受け「うぐっ……」と喉を鳴らしながら、後ろへ一歩下がってしまいそうになっている。
さてさて、コレはどうしたものか。
いや、答えは決まっている。夏目さんが来た時点で、俺は戦略的撤退をする事が確定した。下手にこの会話に巻き込まれると、結構な時間をロスしかねないからね。
本当なら、鞍の感じとかも聞きたかったんだけど。流石にこの状況では聞くに聞けないからなぁ。
そんな訳で俺は、足音を立てず後ろへゆっくりと移動しながら逃げ出そうとしたんだけど……その光景を秋山さんに凝視されてしまった。
「一人で逃げるのかしら?」
「いやいや、ここは秋山さんも撤退するべきでは? 今なら2人にバレる事無く下がれますよ」
「確かにこのまま此処に居ても良いことなんて無さそうよね」
秋山さんと意見が一致した。
しかし、その一致するまでに会話をした時間が宜しく無かったらしい。……ほんの少しの時間だと言うのに。
夏目さんと冬川さんは、一向に噛み合わない会話にお手上げとなったらしく。それなら証人を! という流れになったらしい。
そして、その証人として選ばれたのが、今この場にまだ居た俺達。
「私と雪が一緒に釣りへと出かけたのは見たよな!!」
「……おかしい。私は一人」
ものすごい圧でこちらへと言いよってくる2人。
ただ、この答えは夏目さんが正しいし、そもそも夏目さんが戻ってくる前に、秋山さんが冬川さんへ「夏目さんを置いてきてる」と言っていたんだけど。
とは言え、あまりにもの圧に正しい答えすら言えない雰囲気になっている。
そんな時。タイミング悪く……いや、俺達にとってはかなり良いタイミングで、春野さんが「ご飯できたよー」と声を掛けてきた。
「……ご飯」
「そう言えばお腹が空いてたじゃん」
あれだけ2人は「居た」と「居なかった」で討論をしていたのに、ご飯が出来たというだけでころっとその態度が変わってしまった。
「……さっきまでのプレッシャーは何処へやら」
「ねぇ。どうして私達がこんなにも疲れているのかしら? とても理不尽に感じるのだけど」
確かに理不尽ではあるけど。
秋山さん。口でそう言いながらも「いつものことだから仕方ないなぁ」といった空気が漂ってきているからね。
「まぁ、ある意味これも平和な場所だからって事で」
「モンスターに襲われないというだけで、皆の気が抜け過ぎではないかしら?」
それは否定できないかなぁ。
俺もいつも以上にリラックスしながら錬金術を行使する事が出来たしね。
「アナタは何時もだけど、錬金術を使っている時は隙だらけなのだけど?」
「いや、流石に敵の襲撃があったら分かるよ」
「……何度もご飯だと呼びに行っても、アナタは全く気が付いてないわよ」
「……そこはほら。敵じゃないからという事で」
襲撃音や敵意が無いから、気にせず錬金術を使っている。という風にしておこう。
彼女達に呼ばれても何時も全く気が付かないからなぁ。その事を言われたら、何も言えなくなってしまうよ。事実だし。
そんな会話を秋山さんとしていたら、結構時間を使っていたらしく……。
「……遅い」
「皆で集まらないとご飯が食べられないじゃん!」
痺れを切らしたのか、夏目さんと冬川さんが俺達の事を呼びに来た。
しかもその顔は、さっきまでの言い合いは本当に何処へやらといった感じ。もう、ご飯しかその目には映ってない事がよく分かる。
なんなら、彼女達の目にはほかほかのご飯の絵か、大きく文字で「食事」という文字すら見えてくる。
なんだかなぁ……と思いつつも、このまま動かずにいたら、2人は2匹の猛獣になりかねない。……薄っすらとだけど、口からは涎が垂れているようにも見えるし。
「今行くよ」
そう返事をして、なんだか少し重く感じる足で食堂へ向かうことにした。……秋山さんと苦笑しながら。
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景が何故、彼女達のこういった言い合いを認めているのかについて。
もとの景を考えれば、彼女達の言い合いは〝不毛〟であり、嫌悪感すら感じかねない事です。
確かに、信頼関係を築いたというのもありますが、理由はそれ以外にもあります。
この島での生活。景ならばなんらストレスを感じること無く……寧ろ生き生きとしているわけですが、他の人はそうでもない。
むしろ家族間の仲が良好だった人達であれば。と、考える事が出来るようになったという事ですね。
なので、コレぐらいの言い合いは推奨しているというわけです。細かくストレスを解消して行きましょう。
随分と丸くなったもんだ(*´ω`*)