閑話・少しずつだが進んでいる
胸ポケットが有った場所を探る。そして、既にこの服には胸ポケットなど無い事を思い出す。
「チッ……習慣がぬけきれてないな」
俺の胸ポケットにはいつもタバコが入っていた。しかし、この島に来てからもう一月以上たっている。当然だが既にタバコは無い。そしてタバコを入れていた胸ポケットもボロボロになってしまった為に切り捨てていた。
「あー……くっそ、口が寂しい」
「鈴木さんはいつもそう言いながら、口に何か咥えていますよね」
「ココヤシの実とかを口の中に入れておけばマシだからな」
思わぬ形で禁煙する事となった。
正直、最初の内はかなりイライラとしたのだが、今では随分と楽になったとは思う。ただそれでも、口元や指が寂しいと感じてはしまうのだが。
「さらに言うなら酒が無いのも辛いな」
「タバコも酒もって、鈴木さんは体に悪い事ばっかりしていたんですねぇ」
「酒は薬でもあるんだぞ? 適量であればだけどな」
「で、一体どれだけ飲んでいたんです?」
「仕事が無い日は瓶一本だな」
「……それって適量ですかねぇ?」
俺にとっては適量だな。
「なんにしても、健康的な生活になって良かったじゃないですか」
「こんな何にも無いような状況でか?」
「狩りや釣りならありますよ?」
「……山田君は適応能力が高すぎだろう」
俺がそう呟くと、山田君には聞こえていたらしく「今は生き残らないと意味が無いですからね!」とガッツポーズをしてみせた。
能天気というかポジティブと言うべきか、一体どこからそのプラス思考が湧いてくるのは不思議で仕方が無い。
残念な事に、今でも俺達は会社や知り合いと連絡が取れない。
俺はこの期間の給料はどうなるんだ? なんて心配をしていたが、もう既に過ぎた時間を考えると流石にクビか? とすら考えている。
山田君も彼氏と連絡が付いていない。だから彼女も色々と思う所はあると思うのだが。
「皆さん! 今日の目標はお魚天国ですよ!」
「ブッ……ガイドさん、お魚天国ってなんだよ」
「ちょ、受けるんですけど! 言い方が可愛すぎ」
こんな感じで、学生君達を上手くコントロールしてくれている。
彼女は全員がマイナス思考に陥らないようにと、あえてあのような態度をとっているのだろう。きっとそうだ。天然でやっているなんて事は無いと思う。
いや、天然だろうが計算されていようがどちらでもいいか。感情を制御できる状況を作れるのであれば、それが一番生き残るのに近道と言えるからな。
「しかし、俺を振り回すような態度は止めて欲しいんだがな……」
誰にも聞こえない声で文句を言ってみた。
子供達の面倒を見ている為にストレスが溜まっているのか、彼氏と連絡が付かない為なのか分からないが、八つ当たり気味に俺を弄るのは止めて欲しい。
暴力的なモノでも無いし、棘のある言葉を使ってくるわけでは無いのだが、揶揄ってくるのはどうかと思うぞ。これでも一応、会社では君の先輩な訳だしな。っと、よく考えたらもう会社なんて関係がなかったか。
ま、この事は俺がある意味人柱になる事で上手く回っていると考えるとしよう。
問題……いや、問題では無いがちょっと扱いが難しいのは合流組か。いや、高田君に問題がある訳では無いのだが……彼の連れて来ている女子がな。
俺や他の男子と遭遇すると緊張感が走る。
特に詩麻君と言ったか? 彼女がなぁ……高田君以外の男子を見ると、今でも唸って睨んでくるんだよな。他の子達だと、少しビクッとなった後に多少の警戒をされながらだが、挨拶ぐらいは出来るようになったのだが。
敵対はしないし、接触も控える。全ての窓口は高田君と言う形にしているからこそ、今の所は何事もなく共存出来ている。
この点は、こちら側の男子達に理性が有って良かったと思う所だな。もしなかったらと考えると……その時は、深夜の血みどろショーが開始されていただろう。あの目は明らかに男を恨んでいる目だったからな。
しかし、そう理解すればするほど、高田君と言うのはとんでもない人物だと思わざる得ない。
「バーサーカーを飼うマスターとでも言ったところか」
彼は他のメンバーが居るからこそなどと言ってはいるが、その中心が彼である事実は覆せない。男という性別でありながら、あの三人の手綱をしっかりと握っているし、あの三人も信頼しきっている。
一体何があったのか。凡その予想はつくが、その内容は聞いてはいない。俺が聞いていい事なのかも分からないしな。
ともあれ、彼等との距離は今の状態をキープしておけば大丈夫だろうとは思っている。
踏み込まず、踏み込まれず、離れすぎずの関係。これであれば、お互い快適に生活が出来るハズだからな。
それに、私達は拠点の一角を彼等に貸すだけで、モンスターからの脅威も減るからな。だから現状はお互い様と言う奴だろう。
そうそう、そんな高田君達とあって手に入れたものがある。それはジョブやマップなどを知る方法だ。
最初こそ半信半疑だったものの、実際にステータスやチャットツールにマップのアプリを使う事で、俺達はこの島での生き方を漸く理解した。
「それにしても、ジョブと言うのはとんでもないな……」
あれだけ苦労して手に入れていた食料や木材が、ジョブを設定してレベルを上げた事で簡単に手に入る様になった。
鑑定と言ったスキルを使い、食べられる物や食べられない物の見分けも楽になった。いやはや、まさか食べられると思っていた物が食べれないとか、食べられないと思っていた物が食べられるとか、そんなの誰も思わんだろう? だが、この島ではそういった事実が有るのだから仕方が無い。
言ってしまえば、この島で生き残る為にはジョブありきと言った環境であるという事だ。
「俺達の努力とは一体……と思っちまうな」
「む、鈴木さんさぼりですか? おさぼりマンなんですか?」
「いやいや、ジョブと言うのは凄いモノだと思っていただけだ」
「あー……確かにそうですね。ここに来た当初を考えると、イノシシやウサギの捕獲が楽になりましたよねぇ」
「植物関連もな」
「ですねぇ。まさかキノコが食べられないとは……」
「いや、自然に生えているキノコは食べられないモノと思う方が普通だからな?」
「鑑定様々ですねぇ」
あ、こいつ目を逸らしやがった。
絶対スーパーとかに陳列しているキノコだけを想像して言葉を発しただろ。と思って突っ込みを入れたが、それは正しかったんだな。でなければ、ここまで露骨に目も話の内容も逸らす訳がない。
「全く……君がここに来て直ぐキノコを口にしなくて良かったよ」
「なんですかそれ! 私がそんな拾い食いみたいな事をするとでも?」
「さっきの感じからするとなぁ。「あ! 見た事が有るキノコだ。これは今日のご飯にしましょう!」とか言いそうじゃないか」
「うぐっ……否定できない」
うむ。少し留飲が下りたな。いつもは山田君にあれこれと振り回されるが、こういう時に言い返しておけばしっかりとバランスが取れる。
「ぐぬぬ……」と、何とも言えない視線を山田君から感じるが、うむ! 実に心地のよい視線だ。
そんな事を考えて居たら、何やら学生君達から生暖かい視線が。一体どうしたと言うのだろうか。
「おーい。何か有ったか?」
「いえいえ! 何でもありませんよ! それより、そろそろ狩りにでも行きませんか?」
「ふむ……そうだな。山田君は魚釣りに行くそうだから、上手い感じでチーム分けをしてくれ」
「はーい! と言うよりも、既に出来てますよ! 海班と採取班と狩猟班!」
「仕事が早くて助かる。なら出発しようか。ほら、山田君も行くぞ」
さて、今日はどれぐらい獲物が確保できるだろうか。レベルも上げられたら上々と言ったところだろう。
しかしそろそろ、次の事も考えねばならないだろうな。このままでは何時までも状況は変わらないだろう。元の生活に戻る為にも、この島から脱出する方法を探らなくてはな。
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と言う事で運ちゃんチームの進展状況。
実は一番遅れています。と言うのも、本文にあるように彼等がジョブを手にしたのは高田君達が合流した後だからです。
高田君もびっくりしたでしょうね。「え? この人達ってジョブも無しにここまで生き抜いて来たの?」と。
ただそこは、運ちゃんこと鈴木さんとガイドさんである山田君が上手く引っ張って行ったからでしょう。