トリックスターの本懐(1)
フェアリーステップからの脱出作業に没頭していたメイジに向け、ムルシエラゴをピーピングしていたエルフが警告をよこす。
アルサ・デ・ムルシエラゴからの攻撃があり街では粉末ディスプレが撒き散らされている、ということだった。
メイジは警告を受けて、緊急対応シミュレーションを読み出して来る。
同時に、イザナミのフェアリー・ステップ脱出スケジュールも対緊急対応スケジュールに変更する。
とはいえスケジュールを切り替えるにしても、開発名『イザナミ+α』、すなわちイザナミのワイルド・バージョンにあたる、リリース名『ヨミ(予定)』の開発がまだ終了していない。
コーディングの残りは『ヨミ(予定)』のアップデート・ディストリビュータと、遠隔ノードを想定したペルソナ部分集合からの切り離し/統合・再分割/拡散/集積化/差分解消/回復/発生を司る完全に新規の部分、いわばスメラたちの死亡回避/進化アーキテクチャである。
前者のアップデート・ディストリビュータは残り三〇〇〇〇ステップなのでプロセッシングを大幅に強奪し優先順位を上昇させて開発を終えて即座にスペルアウトできる。いまできた。
しかし後者は設計が終了しただけであり基本的に手付かずなので、脱出後に改めて作るしかないだろう。
メイジは常時アップデート・ディストリビュータのスペルアウトの終了を待たず、イザナミ+αの稼動を開始する。ここでリリースとなるので、これ以降の名前は『ヨミ』とする。アップデート・ディストリビュータへのコール失敗はヨミの分散処理本体には影響が無いから、それが無いままに稼動開始をしても問題が無い。
ヨミの稼動を急いだことには理由がある。
イザナミはそもそも通常程度の故障率を前提に稼働しているのでテロリストからの攻撃で故障率が一気に上がると処理効率が格段に低下するが、ヨミはネットワークから処理能力をくすねて生きる戦略のため構造に左右されない作りであり、さらには生存のための消滅対策が厳重に施されている。
その生存対策が災害対策の代わりとなるのだ。
メイジとスメラたちの脱出のためには、ある程度以上の処理能力が必要とされる。
あまりイザナミの処理能力が低下するようでは困るのだ。
ヨミはイザナミと比較すれば処理の輻輳やワームの拡散といった余剰な処理が格段に多いため、どれだけエレガントなコードをもってしてもフェアリーステップ全体としての効率は圧倒的に低下するが、壊滅的な被害を受ける可能性が事実上皆無になる。




