フェノメノロジカル・エンジニアリング(6)
念のため検討したところ、ムルシエラゴが攻撃機をまだ出していない今の段階ならば、ムルシエラゴの拠点施設をハッキングして乗っ取りを行い、攻撃機の発進を抑止することは可能であるし、その方法でフェアリーステップを保持すること自体はそれほど困難な選択ではない様子だ。
兵器である以上ハッキングなどの手段でムルシエラゴの攻撃機そのものを乗っ取ることはさすがに不可能だった。つまり、攻撃機が発進した後に方針を転換してフェアリーステップの保持に走るのは難しい。なにしろ、フェアリーステップには軍事力が無い。一応、不明な襲撃が行われた場合には警察組織が初動で対応する手順になっているが、その後は平和維持軍に状況を移譲する想定となっており、軍事的な決定力そのものが準備されていない。
パジャッソの計算結果からムルシエラゴの飛行軌道は判明しているので、どこかから迎撃兵器を調達して攻撃機を撃ち落とすことは不可能ではないのかもしれないが、先方は戦闘のプロフェッショナルであるのに対してメイジは不慣れなので不確定要素も多い。もちろん、不確定要素を潰し切るだけの多層的な防御手段を講じることがメイジにとって不可能というわけではない。しかし、確実な防御を行うのはともかく、丁寧な防御のための準備を行うことはトリックスターとしてのメイジの性格に合わない。
経路が判明しているのだから、迎撃でなく防御不能な罠を張る方法はある。なにしろ都市全体が持つエネルギーは、もちろん、一機の攻撃機などよりも遥かに大きいのだ。しかし都市全体のエネルギーを利用するとなったら、都市全体の制御を掌握しなければいけない。それはそれで多大な手順が発生してしまう。つまり、攻撃機が街に迫ってから急に方針を転換してそれを行うのは不可能だ。
防衛のために事前にそこまでしておく気にもなれない。というか、兵器でないものを攻撃機への防御に使用するのだから、間違いなく破壊的な影響が出てしまう。街を守るために街を壊す矛盾はメイジの好みに合うが、さすがに手段としてはナンセンスだ。
なにより、フェアリーステップを脱出して束縛の無い状態が論理的可能性としてでも存在し始めた現在、フェアリーステップの中で束縛されながら生かされることは――少なくともメイジにとって――できる妥協ではなくなってしまった。
【トリックスター】(英:trickster)
1. 詐欺師。ぺてん師。
2.神話や民間伝承、物語に登場し、詐略を用いて活躍する人物や動物。
多くいたずら者であり、善と悪、賢者と愚者など二面性のある性格の持ち主。神の秩序や自然界の秩序を破って物語を展開する者であり、自らの欲望を抑えられずに破滅する場合も少なくない。また同時に、神話などでは人間に知恵や道具をもたらす英雄としての役割を担う。
北アメリカインディアンの間ではコヨーテやワタリガラス、野ウサギとして語られる。またアフリカではクモやカメ、野ウサギなどの動物である場合が多い。’’’




