第四話 変わるなら
いつもけんかをしていた。
それは大変見苦しく、その場にいるだけで徐々に感情が奪われていく感覚を味わった。怒号、罵声、時には食器の割れる音が響く。
けんかの争点に、自分が混じることがあった。生まなければよかったと、嘆く様子を見て、どうして自分がここにいるのかを、生まれてきたのかを、考えた。生かされてはいるけれど、楽しいとは思えなかった。他人とつるむこともできず、希望も、生きがいもない。唯一楽しいと思えたのは、虫を殺しているときだった。ちっぽけな生き物を、自分の手であの世に送ってあげること。それは、一つの幸せの形なのだと思っていた。
だから、彼が僕の前に降り立ったとき、願ったことは一つだけだった。
「いなくなりたい」
死んだ後、僕には適性があると言われ、人の魂を狩る仕事をすることになった。この世界には人があふれていたから、魂はたくさん転がっていたけれど、それなりのストーリーを作ってあげると、上司は喜んだ。一つの娯楽だったのだろう。そうやって集めた魂を献上するたびに、評価してくれる人がいる。それは楽しいと思えた。何十年と同じ事を繰り返してきたけど、あのとき感じていた空しさは埋まってないのだと気がついた。本当にほしかったモノは、違ったのだと。
「え?退職するの?」
金髪の男は驚いた様子だった。無理もない。それほど珍しいことだった。
「うん。もう、やめようって思って。」
「そっか、ちょっと残念だな。面白い奴だと思ってたから。」
「そう?なんかありがと。」
金髪の男は、照れたようにほほをかく。仕事を辞めるからには、他の人と同じように生まれ変わる手続きをすることになる。彼とは二度と会うこともない。
「来世、人間だといいね。」
人間。
どうなんだろう?
自分は何になりたいのだろう。
もし、生まれ変わる事ができるなら・・・。
気づけばふとよぎった想いが、口に出ていた。
「孫になりたいな。」
靴下が編み上がるまでの間、どれだけ幸せな人生だったか、彼女は話して聞かせた。どんなに家族を愛しているか、楽しい時間を過ごせたか。だからこれまで生かしてくれて感謝していると、そんな遅効性の毒をじわりじわりと僕へ注ぎ込んでいった。
「孫?」
「何でもない。じゃあね。お達者で」
君もねーという声が追いかけてきたが、ふりかえらずにそのまま彼は去った。
完結です。
似たテーマの話は別にもあるので、今度載せます。