表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼灯の導き  作者: キリエ
3/3

過去との対峙

 歩いている最中に、提燈が俺の欠片を見つけたらしい。

 胸の辺りがモヤモヤする。ホオズキ曰く、提燈同士が共鳴している影響らしい。それが、どんどん強くなる。恐らく欠片に近づいているんだろう。

 それより、足取りが重くなる。俺が通っていた中学校がすぐそこに見えるから。良い思い出はないが、内容はそもそも思い出せない。

「……なぁ。俺の欠片、お前が持ってきてくれ。俺あそこに行きたくない」

 自身と向き合うという事が少し怖くなり、自然と手を握る力が強まる。それを感じ取ってか、ホオズキは嘆息する。

「子どもみたいに駄々を捏ねない。アナタが自分で回収しなさい」

「まだ子どもだよ」

「知ってる」

 揉めている間に着いてしまった。渋々と校門をくぐる。

 辺りを見回すが、グラウンドにはサッカーゴールにテニスコート、野球のネットといった、最低限の設備があるだけで、殺風景に感じる。それ以外は何も無い。となると、欠片は校内にあるはずだ。

「強く念じて。そうしたら、応えてくれる」

 生憎、超能力までは持ち合わせていない。なんとなく集中してみるが、常に寄っている眉間の皺が更に深くなり、額が痛くなるだけだった。

「どうやってやるんだよ…」

「頭の中でアナタの姿を思い浮かべて。そして、名前を呼ぶの」 

 ホオズキに言われた通り、今度は目を瞑って俺の姿をイメージする。提燈の形が、徐々に人の形を成していく。少し幼いが、今居る場所を考えると、中学生の俺だろう。こちらには気づいていないようで、ボーッと立ち遠くを眺めていた。辺りは暗く場所まで分からない。

 ──獅子内護!!

 改めて自分の名前を呼ぶのは気恥ずかしいが、取り敢えず口には出さずに心の中で叫んでみる。

 中学生の俺が声に気づいたのか、辺りを見回す。それと同時に、周りの景色が明るくなり足元が急に軽くなる。地に足が着いていない、まるで空を飛んでいるような、そんな感覚。

 目を開けると、俺達は学校の屋上に移動していた。

 そこに佇んでいたのは、中学生の俺だった。ボサボサな頭、長い前髪、そこから覗く卑屈な目。全てを諦めたような、そんな負の感情がジリジリと伝わってくる。何より、今は俺達に対して警戒を露わにしていた。

「…誰だお前ら」

「俺は、獅子内護」

 中学生の俺──ええい、ややこしい。“マモル”と呼ぶ事にしよう。マモルは名前に反応するものの、首を傾げた。

「…俺は………あれ、俺…自分の名前分からない」

 ホオズキが言っていた()()力を失っているとは、こういう事らしい。

 

 事情を説明すると、マモルは相槌を打って黙って話を聞いていた。大体の事情は把握出来たようだ。話を信じてくれるだけ良しとしよう。

「…俺、高校生になっても変わらないんだな。それに、ボヤボヤして死ぬとか情けない」

「なっ…!」 

 ごもっともな意見だが、自分に馬鹿にされるというのは不思議な感じがする。むしろ腹が立つ。落ち着け、中坊相手にムキになるな。

「まだ死んでない」

「似たようなもんだろ」

「うるさいな」

「…高校生の俺は、此岸って方に戻るのつもりなのか?」

 中学生の頃、ここまで落ち着いていただろうか。それとも、沸点が低かっただけなのか。人と話す事が無いから、話し方が分からずこのサバサバした態度なのか。記憶が曖昧すぎる。というより、客観的に見た自分が掴めない。

「あぁ、そのつもりだ。どの道欠片を全部集めないと、此岸も彼岸も無いからな」

「そう…」

 手すりに手を掛けて、マモルは遠くを見つめていた。

「正直、俺はどうでも良いかな」

「なっ──!?」

「戻っても変わらないままなら、息苦しい毎日なだけだし」

 風が吹いて、マモルの長い前髪が後ろに煽られる。生気を感じないその目は、ふいにホオズキを見る。癖になっている目つきが更に険しくなった。

「…おい、そこの化け狐」 

 今のホオズキはただの少女だ。どこを見て狐と見抜いたのか。しかし、ホオズキはさして驚く素振りを見せない。

「やはりアナタも聡いのね。(しん)が視えている。それと、化け狐じゃない。私は鬼灯」

「お前なら、どうして俺がここに居たかくらい知ってるだろ」

「…ここは、アナタにとって思い出の場所」

 ホオズキは跳躍して、塔屋(とうや)に向かう。俺とマモルにそんな脚力はない。バタバタと走って、順番に梯子を上る。

 特に何もないが、少しヒビ割れたコンクリートの上にホオズキは手を置いて座っていた。

 ここが、思い出の場所という事だろうか。俺とマモルは顔を見合わせるが、互いに両肩を上げて首を横に振った。

「怪我をした一羽の雀…懸命に看病したけれど、最期はアナタの手の手の中で息絶えた」

「雀…?」

 何か胸に引っ掛かるものがある。それでも、まだ思い出す事は出来ない。

 ホオズキは空を見上げて、何かを招くように手を伸ばす。

「…来ても大丈夫よ」

 空から飛んできたのは、一羽の雀。雀は垂直に羽ばたきながら、ホオズキの指先に降り立つ。

 ボソボソと何か話しているみたいだが、会話は聞き取れない。話し終わると、雀はマモルの肩に止まった。チーチーと鳴いている。甘えているようだ。

「…え、何?」

 雀は(くちばし)に何か咥えていた。目を凝らしてみると、茶色の小さな羽がそこにはあった。

「アナタにと、その子が言っている」

「俺に…?ありが──」

 羽に触れて礼を言おうとした瞬間、マモルの目から溢れんばかりの涙が頬を伝う。突然の感情の変化についていけず、マモルも戸惑いを隠せないようだ。

「なんで…涙が…」

 拭っても拭っても止まる事のないマモルの涙。俺は側に駆け寄ろうとしたが、ホオズキに無言で静止された。このまま黙って見ろって言うのか。もどかしい。

 マモルは何か思い出したのか、両手で顔を覆い膝から崩れ落ちた。

「……っ、そうだ。お前、あの時の…ごめんな、助けて…やれなくて…」

 嗚咽混じりでマモルが雀に謝ると、ホオズキは優しく包み込んだ。

「…大丈夫、この子の魂は救われた。今は私が喚んだから、彼岸から渡って来てくれたの」

「……そっか…っ、良かった…」 

 マモルが涙でぐちゃぐちゃになった顔で微笑むと、雀は安心したのか肩から飛び立ちマモルの頭上を旋回する。それと共に、体が金色(こんじき)に輝き始めた。 

 雀は何度も旋回する。まるで、別れを惜しんでいるかのように。

「…ありがとう、またな」

 一層輝くと、雀は空高く舞い上がり去った。彼岸に還ったのだろう。

「……戻るよ、此岸に」

 空を見上げたまま、マモルは静かに呟いた。

「本当か!?」

「…あの雀にも、戻れって言われたから」

 マモルはゆっくりと立ち上がる。虚ろな目は生気を取り戻し、吹っ切れたように笑っていた。

「こいつの事、よろしくな」

「…分かった」

 ホオズキは頷き懐から枝を取り出すと、マモルの腹に差し込みそっと提燈を引き抜いた。こうして、器が無くなった欠片は物言わぬただの青白い玉に戻った。 

「…で、どうするんだ?」

「こうする」

 ホオズキはそう言うと、俺の口に欠片を押し込んだ。勢いのまま飲み込むと、意識が朦朧としてきた。くそ、覚えて…ろ──。



 欠片が二つになった事で、負担に耐え切れず護は気を失った。相変わらず眉間の皺は寄ったまま。そこを指先で弾いてみるが、反応は無い。

「暫くは起きないわね…」

 欠片が増えた以上、此の場所に留まるのは危険。今も醜悪な気配が漂ってきている。結界を張っておくべきだった。

「……珍シイ魂ノ欠片ガアルト聞イテ来テミレバ…」

 噂をすれば、欠片を狙った妖が来た。かなりの大物。涎を垂らして悪臭を漂わせて、そこから邪気が漏れ出ている。護に触れさせる訳にはいかない為、魔除けの護符を体に貼り付けた。

「不完全デハアルガ、其レヲ喰ラエバ彼岸へ渡レルトカ…」

 どうやら護の欠片を嗅ぎ付けて、様々な妖が噂を広めているみたいだった。

「無視ヲスルナ!!」

 話をするまでも無い。此の場から離れるのが得策。

「貴様諸共…オレガ…喰ッテヤル!!!」

 襲い掛かる直前に、私は術を解いて真の姿に戻る。白衣(しらぎぬ)の袖を払い、(たもと)から神楽鈴を出した。

 神楽鈴は、清々しい音色を響かせる事で全ての厄を祓う。

 妖に向かってそれを鳴り響かせると、瞬く間に妖の体が浄化の炎に包まれた。

「ギャアアアアァァアアァァァ…」

 妖は断末魔を上げると、そのまま灰燼(かいじん)と化した。そして静寂が戻る。

 護は、まだ起きない。

「アナタは、何があっても私が護る…」

 少しだけ遠い昔に交した、あの人との約束。護はこの事を知らない。知らないくて良い。事を終えたら、去るだけ。

 欠片は、恐らく残り二つ。

 一つは、姉様と共に。

 もう一つは、護の根源に至る場所に。

「…まだ、六日ある」

 夜が明け、二日目の朝を迎えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ