過去との対峙
歩いている最中に、提燈が俺の欠片を見つけたらしい。
胸の辺りがモヤモヤする。ホオズキ曰く、提燈同士が共鳴している影響らしい。それが、どんどん強くなる。恐らく欠片に近づいているんだろう。
それより、足取りが重くなる。俺が通っていた中学校がすぐそこに見えるから。良い思い出はないが、内容はそもそも思い出せない。
「……なぁ。俺の欠片、お前が持ってきてくれ。俺あそこに行きたくない」
自身と向き合うという事が少し怖くなり、自然と手を握る力が強まる。それを感じ取ってか、ホオズキは嘆息する。
「子どもみたいに駄々を捏ねない。アナタが自分で回収しなさい」
「まだ子どもだよ」
「知ってる」
揉めている間に着いてしまった。渋々と校門をくぐる。
辺りを見回すが、グラウンドにはサッカーゴールにテニスコート、野球のネットといった、最低限の設備があるだけで、殺風景に感じる。それ以外は何も無い。となると、欠片は校内にあるはずだ。
「強く念じて。そうしたら、応えてくれる」
生憎、超能力までは持ち合わせていない。なんとなく集中してみるが、常に寄っている眉間の皺が更に深くなり、額が痛くなるだけだった。
「どうやってやるんだよ…」
「頭の中でアナタの姿を思い浮かべて。そして、名前を呼ぶの」
ホオズキに言われた通り、今度は目を瞑って俺の姿をイメージする。提燈の形が、徐々に人の形を成していく。少し幼いが、今居る場所を考えると、中学生の俺だろう。こちらには気づいていないようで、ボーッと立ち遠くを眺めていた。辺りは暗く場所まで分からない。
──獅子内護!!
改めて自分の名前を呼ぶのは気恥ずかしいが、取り敢えず口には出さずに心の中で叫んでみる。
中学生の俺が声に気づいたのか、辺りを見回す。それと同時に、周りの景色が明るくなり足元が急に軽くなる。地に足が着いていない、まるで空を飛んでいるような、そんな感覚。
目を開けると、俺達は学校の屋上に移動していた。
そこに佇んでいたのは、中学生の俺だった。ボサボサな頭、長い前髪、そこから覗く卑屈な目。全てを諦めたような、そんな負の感情がジリジリと伝わってくる。何より、今は俺達に対して警戒を露わにしていた。
「…誰だお前ら」
「俺は、獅子内護」
中学生の俺──ええい、ややこしい。“マモル”と呼ぶ事にしよう。マモルは名前に反応するものの、首を傾げた。
「…俺は………あれ、俺…自分の名前分からない」
ホオズキが言っていた護る力を失っているとは、こういう事らしい。
事情を説明すると、マモルは相槌を打って黙って話を聞いていた。大体の事情は把握出来たようだ。話を信じてくれるだけ良しとしよう。
「…俺、高校生になっても変わらないんだな。それに、ボヤボヤして死ぬとか情けない」
「なっ…!」
ごもっともな意見だが、自分に馬鹿にされるというのは不思議な感じがする。むしろ腹が立つ。落ち着け、中坊相手にムキになるな。
「まだ死んでない」
「似たようなもんだろ」
「うるさいな」
「…高校生の俺は、此岸って方に戻るのつもりなのか?」
中学生の頃、ここまで落ち着いていただろうか。それとも、沸点が低かっただけなのか。人と話す事が無いから、話し方が分からずこのサバサバした態度なのか。記憶が曖昧すぎる。というより、客観的に見た自分が掴めない。
「あぁ、そのつもりだ。どの道欠片を全部集めないと、此岸も彼岸も無いからな」
「そう…」
手すりに手を掛けて、マモルは遠くを見つめていた。
「正直、俺はどうでも良いかな」
「なっ──!?」
「戻っても変わらないままなら、息苦しい毎日なだけだし」
風が吹いて、マモルの長い前髪が後ろに煽られる。生気を感じないその目は、ふいにホオズキを見る。癖になっている目つきが更に険しくなった。
「…おい、そこの化け狐」
今のホオズキはただの少女だ。どこを見て狐と見抜いたのか。しかし、ホオズキはさして驚く素振りを見せない。
「やはりアナタも聡いのね。真が視えている。それと、化け狐じゃない。私は鬼灯」
「お前なら、どうして俺がここに居たかくらい知ってるだろ」
「…ここは、アナタにとって思い出の場所」
ホオズキは跳躍して、塔屋に向かう。俺とマモルにそんな脚力はない。バタバタと走って、順番に梯子を上る。
特に何もないが、少しヒビ割れたコンクリートの上にホオズキは手を置いて座っていた。
ここが、思い出の場所という事だろうか。俺とマモルは顔を見合わせるが、互いに両肩を上げて首を横に振った。
「怪我をした一羽の雀…懸命に看病したけれど、最期はアナタの手の手の中で息絶えた」
「雀…?」
何か胸に引っ掛かるものがある。それでも、まだ思い出す事は出来ない。
ホオズキは空を見上げて、何かを招くように手を伸ばす。
「…来ても大丈夫よ」
空から飛んできたのは、一羽の雀。雀は垂直に羽ばたきながら、ホオズキの指先に降り立つ。
ボソボソと何か話しているみたいだが、会話は聞き取れない。話し終わると、雀はマモルの肩に止まった。チーチーと鳴いている。甘えているようだ。
「…え、何?」
雀は嘴に何か咥えていた。目を凝らしてみると、茶色の小さな羽がそこにはあった。
「アナタにと、その子が言っている」
「俺に…?ありが──」
羽に触れて礼を言おうとした瞬間、マモルの目から溢れんばかりの涙が頬を伝う。突然の感情の変化についていけず、マモルも戸惑いを隠せないようだ。
「なんで…涙が…」
拭っても拭っても止まる事のないマモルの涙。俺は側に駆け寄ろうとしたが、ホオズキに無言で静止された。このまま黙って見ろって言うのか。もどかしい。
マモルは何か思い出したのか、両手で顔を覆い膝から崩れ落ちた。
「……っ、そうだ。お前、あの時の…ごめんな、助けて…やれなくて…」
嗚咽混じりでマモルが雀に謝ると、ホオズキは優しく包み込んだ。
「…大丈夫、この子の魂は救われた。今は私が喚んだから、彼岸から渡って来てくれたの」
「……そっか…っ、良かった…」
マモルが涙でぐちゃぐちゃになった顔で微笑むと、雀は安心したのか肩から飛び立ちマモルの頭上を旋回する。それと共に、体が金色に輝き始めた。
雀は何度も旋回する。まるで、別れを惜しんでいるかのように。
「…ありがとう、またな」
一層輝くと、雀は空高く舞い上がり去った。彼岸に還ったのだろう。
「……戻るよ、此岸に」
空を見上げたまま、マモルは静かに呟いた。
「本当か!?」
「…あの雀にも、戻れって言われたから」
マモルはゆっくりと立ち上がる。虚ろな目は生気を取り戻し、吹っ切れたように笑っていた。
「こいつの事、よろしくな」
「…分かった」
ホオズキは頷き懐から枝を取り出すと、マモルの腹に差し込みそっと提燈を引き抜いた。こうして、器が無くなった欠片は物言わぬただの青白い玉に戻った。
「…で、どうするんだ?」
「こうする」
ホオズキはそう言うと、俺の口に欠片を押し込んだ。勢いのまま飲み込むと、意識が朦朧としてきた。くそ、覚えて…ろ──。
欠片が二つになった事で、負担に耐え切れず護は気を失った。相変わらず眉間の皺は寄ったまま。そこを指先で弾いてみるが、反応は無い。
「暫くは起きないわね…」
欠片が増えた以上、此の場所に留まるのは危険。今も醜悪な気配が漂ってきている。結界を張っておくべきだった。
「……珍シイ魂ノ欠片ガアルト聞イテ来テミレバ…」
噂をすれば、欠片を狙った妖が来た。かなりの大物。涎を垂らして悪臭を漂わせて、そこから邪気が漏れ出ている。護に触れさせる訳にはいかない為、魔除けの護符を体に貼り付けた。
「不完全デハアルガ、其レヲ喰ラエバ彼岸へ渡レルトカ…」
どうやら護の欠片を嗅ぎ付けて、様々な妖が噂を広めているみたいだった。
「無視ヲスルナ!!」
話をするまでも無い。此の場から離れるのが得策。
「貴様諸共…オレガ…喰ッテヤル!!!」
襲い掛かる直前に、私は術を解いて真の姿に戻る。白衣の袖を払い、袂から神楽鈴を出した。
神楽鈴は、清々しい音色を響かせる事で全ての厄を祓う。
妖に向かってそれを鳴り響かせると、瞬く間に妖の体が浄化の炎に包まれた。
「ギャアアアアァァアアァァァ…」
妖は断末魔を上げると、そのまま灰燼と化した。そして静寂が戻る。
護は、まだ起きない。
「アナタは、何があっても私が護る…」
少しだけ遠い昔に交した、あの人との約束。護はこの事を知らない。知らないくて良い。事を終えたら、去るだけ。
欠片は、恐らく残り二つ。
一つは、姉様と共に。
もう一つは、護の根源に至る場所に。
「…まだ、六日ある」
夜が明け、二日目の朝を迎えた。




