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紡ぎ糸の薔薇の指輪

作者: 桜巳

そこは魔法使いと人間が住む大地だった。魔法使いと人間は仲がよかったが、交わることを禁止されていた。それぞれの力をもつ混血が産まれることを皆が恐れたからだった。魔法使いの中でも力のある者の娘はとても美しかった。娘は人間の貴族と恋に落ち、二人は逃げた。


二人は小さな森に逃げ込み暮らし始めた。しばらくして双子の子どもが産まれた。双子はすくすくと成長したが、けして似てはいなかった。姉は父に似た人間のような容姿だったが、母に似て凄まじい魔力があった。妹は母に似て魔法使いのようにとても可愛らし容姿だったが、父に似て魔力は一切なかった。それでも双子はとても仲が良かった。


双子が五つになった年、ついに魔法使いと人間に4人は見つかった。父と母は追ってから逃れるように、引き離されないように、幼い双子を残して身を投げた。双子はそれぞれ魔法使いと人間に引き取られた。姉はその魔力から魔法使いに、妹はその容姿から人間のもとに連れられ、双子は引き離された。


双子はそれぞれ別の土地、別の環境、別の人に囲まれて育った。可愛らしい容姿の妹は、父の家族に引き取られ大切に育てられた。美しく育った妹は、その国の王に見初められ結婚し、王妃となった。妹は片時も姉を忘れはしなかった。何度も会おうと尋ねたが、決して姉は会ってはくれなかった。妹の想いは募り続けた。


凄まじい魔力を秘めた姉は、母の家族に引き取られ育てられた。人間のような容姿は魔法使いには受け入れられるものではなかった。姉は疎まれ蔑まれながらも、その魔力を高め一流の魔法使いとなるようにと昼夜を問わず学び続けなければならなかった。姉は一流の魔法使いとして成長すると、家を出てひっそりと暮らしはじめた。変わり者も醜い大魔女と呼ばれ、魔法使いには疎まれ人間には恐れられた。


王妃となった妹には子どもができなかった。周囲は世継ぎの誕生を期待したが、一向に誕生しなかった。人々は陰で囁き始めた。結局、混血の娘は一人前ではないのだと。妹は多くの魔法使いに呪いを頼んだが、どれも効果がなかった。悩んだ妹は大切な変わり者の大魔女を訪ねたが、いつものように返事はなかった。がっかりして帰る途中にある湖のほとりで、妹は涙を流した。そのとき、一匹の蛙が現れた。


蛙は尋ねた。「美しい王妃様。何故そんなにお泣きになるのですか?」「姉が私に会ってくれないの。こんなにも想っているのに」答えると蛙は小さな指輪を差し出した。「あなたの姉が、あなたのために作った指輪です。あなたのことを想って作った指輪です。」その指輪は王妃の小指にぴったりとはまった。「王妃様、王妃様。何も心配することはありません。あなたは、太陽と月がめぐり季節がめっぐこの日に女の子をお生みになられます。王妃様、王妃様。蛙のたわごととはどうか思わないで。私は真実を述べているのだから」


王妃は不思議な蛙と出会ったそのちょうど1年後、女の子を産んだ。国中が喜びに沸き、国中の魔法使いを招いた食事会が開催された。107人の魔法使いと大魔女と恐れられている姉を国王は招待した。しかし食事会が始まっても大魔女は現れなかった。107人の魔法使いは順番に王女に呪いをかけた。美しく誰からも愛される王女に育つようにと。


107人目の魔法使いの呪いが終わった時、急に部屋の明かりが消え、小さな炎があちらこちらにともり始めた。それは人々を恐れさせたが、同時にどこか幻想的なもののように惹かれるものがあった。国王と王妃と王女の前にひときわ大きな炎が上がった。その炎が消えると、大魔女と恐れられる姉が立っていた。妹はうれしさのあまり駆け寄ろうとするが、それを国王は引き留めた。国王は気が付いたのだ。大魔女の氷のように冷たい眼差しに。


大魔女は王女に歩み寄り、その長い爪で王女の頬をなでた。「ご招待ありがとうございます。では、ワタクシも皆さま同様、呪いをいたしましょう。」あまりのも愛らしい王女は昔の王妃そのものだった。誰にも分らないように優しい眼差しを向けると、一変して表情を歪めた。「王女は、美しく賢く優しい皆に愛される方にお育ちになられましょう。しかし!」そこで言葉を切り、国王と愛しい王妃を見つめた。「しかし、王女が17になったその日に、糸つむぎの針に指を刺してお亡くなりになりましょう!」同時に炎が大魔女を包む。次に炎が消えた時には、大魔女は姿を消していた。


「なんということだ」大魔女の呪いに国王と王妃は驚愕した。「大丈夫です。」その時、一人の魔法使いが現れた。それは誰も見たことのない魔法使いだった。「私が呪いをかけましょう。王女様をお救いする呪いを。」国王と王妃の瞳に懇願の色が現れる。「王女様はお亡くなりになるのではありません。眠り続けるのです。そして、天が定めた王子の口づけでお目覚めになられるのです。」優しい穏やかな光が王女を包み込んだ。まるでその魔法使いの言葉のような優しい光が。


国王は国中の糸つむぎを処分させた。これで可愛い娘が指を刺すこともないと考えた。王女は108人と大魔女の呪いのとおり、美しく賢く優しい誰からも愛される娘に育った。王女がまもなく17歳を迎えるころ、国は大きな岐路に立たされていた。近隣国との関係や近年の不作による食糧事情の悪化などにより、存亡の有無を迎えていたのだ。


王女が17歳になったその日。国王は国の存続のために、王女を他国に嫁がせることを決めた。王女は国のためと頷いたが、それでも分かることができなかった。王女は一人、城の中でも一番高い塔の上にやってきた。そこには王女が心から信頼を寄せる人がいる場所であった。扉を開けるとそこには老婆が座っていた。まるで来ることが分かっているかのようにいつもそこにいる老婆だった。


「よく来たね。こちらへおいで。」王女は黙って老婆に近づいたが、同時に想いが溢れ出るかのように涙が頬を伝う。「国のために嫁ぐのだね。よく決めたね。」「だって…」それ以上言葉がでなかった。「わかっているよ。本当に優しい子だ。」立ち上がった老婆にそっと頭をなでられ、ふっと力が抜けたように王女は座った。するとその目前に、見たことのないものが置いてあった。「これは、何?」老婆は頭をなでながら、王女の見ている方に目をやり、そっと微笑んだ。「これはね、糸をつむぎだよ」「糸つむぎ…。」王女は初めて見る糸つむぎから目をそらせなくなった。大きな車輪がついてあり、すっと針がたっていた。その針が何故かとても魅力的に思えた。王女は針に触れた。チクッとする痛みが一瞬走り、次の瞬間には深い眠りが王女を襲った。王女はその場に倒れこんだ。


老婆は悲しげに倒れた王女の頭をなでた。「これもお前とあの子とこの国のためなの。」老婆は今やあの大魔女に姿を変えていた。大魔女が呪いをかけると、糸つむぎは大きなベッドに変化した。そこに王女を寝かせると、大魔女はまた優しく頭をなでる。「ごめんなさいね、こんな方法しかできなくて。あの時はこれしか思いつかなかった。」大魔女は王女の誕生祝いの食事会を思い出した。


国王からの招待を受けた大魔女は困惑したが、大切な姪の誕生をお祝いするため行くことに決めた。その前に大魔女は、大切な姪の将来を祝福するため呪いを行った。大した理由はなかった。幸せに成長する姿を確認しておきたかったのだ。しかし、大魔女の目に映ったのは、姪が17歳になった年に他国に嫁ぎ、翌年、その国と戦争となって殺される姿だった。同時に国はその国に滅ぼされてしまうだ。大魔女はとっさに考えた。どのようにして助けるか考えを巡らせた。そして大きな決断をした。


食事会に遅れた大魔女は、恐れさせるために少し変わった演出をして登場した。そして、駆け寄ろうとする妹に氷の眼差しを送った。魔法使いたちから疎まれ、人から恐れられる大魔女と、誰からも愛されなくてはいけない王妃が親しくすべきではないのだ。王妃の身を危険から守るためにも。愛らしい姪をみた大魔女は自然と表情をほころばせた。そして決意をもって、国王と王妃に残酷な呪いと予言の言葉を叫び、姿を消した。ここからが大切なことだった。大魔女は瞬時に姿を変え、108人目の魔法使いとして現れると守るための呪いをかけ、長い時間、王妃と王女を見守りつづけた。国を見守りつづけた。


もう一度、王女の頭をなでた大魔女は部屋のテラスへと出た。そして瞳を閉じると呪いをかける。それは国中すべてを眠りにつかせる呪い。王女の目覚めとともに目覚める呪い。人や動物のみならず、水も火も風も大地さえも、ありとあらゆるものが時間を止めたかのように眠りにつく。呪いをかけ終わると大魔女はすっかり年老いた老婆に姿を変えていた。老婆は大きく息を吸うと最後の呪いをかけた。国中がバラの茨で覆われた。それは他のものを寄せ付けないように、そして守るように抱きかかえているようだった。テラスにはもう、大魔女の姿はどこにもなかった。


茨に覆われた国はいつしか人々の記憶から姿を消し、地図から姿を消していった。人々はおとぎ話のように、茨の国と運命の夫を待つために眠りにつく王女の話しを囁いた。その間、国々は争い、国土は衰え、人々は疲弊した世界になり、茨の国が眠りについて100年目が訪れた。


茨の国から遠く離れたところに、戦争で巨大化した大国があった。その王には多くの王子王女がいた。ある日王が遊び半分で乱暴した召使が身ごもり、男の子を産んだ。召使は大金で王宮を追い出され、子どもは王子の一人として育てられたが、身分が低いと蔑まされながら育った。王子が18歳になったある日。王子は兄弟の策略により国を追放された。王子はあてどなく進む。幾日も幾月も歩み、茨の国にたどり着いた。


おとぎ話の国は彼を受け入れた。彼が進むと茨たちがスルスルと道をあけた。彼はあてどなく、静まり返った国を歩んだ。いや、実際は茨に導かれ、彼は城の一番高い塔の最上階にたどり着いた。みると美しい王女が一人眠っていた。まるで今しがた眠りについたようだった。彼は王女に歩み寄ると、次の瞬間その薔薇のような唇に唇を重ねていた。すると王女の瞳がゆっくりと開いた。


王女の目覚めとともに国中が目覚め、止まっていた時を刻み始める。国中を覆っていた茨はその姿を消し去っていた。国王と王妃は、目覚めた王女に連れられた王子に話を聞き、時間が100年あまりたっていたことを知った。国王は国中の魔法使いに尋ねたが、彼らも同様に眠っており誰一人理由を知らなかった。ただ、あの大魔女の姿だけがなかったので、人々は大魔女の呪いだと恐れた。しかし王女はそのすべてを否定した。


永い眠りの中、王女に大魔女は語りかけていた。彼女は王女と王妃と国の未来を憂いで呪いをかけたのだ。それは決して遣ってはいけない、身を滅ぼし、時を変えてしまう魔法。紡ぎ糸の呪いだと大魔女はいった。想いの分だけ、時を止め眠りにつかせる呪い。魔法使いの力だけではなく命をも絡めとる呪い。そして大魔女は茨に姿を変えて国を守り続けた。いつかこの国を導き、自分の願いを託せる者が現れるまで。


王妃は話を聞きながら、そっと小指にはめられた指輪を見つめた。模様のなかったはずのその指輪には薔薇と茨の模様が刻まれていた。皆が今後の国について話し合うために次々と姿をけす中、王女はそっと王妃に歩み寄り囁いた。「お母さま。伯母様はお母さまを大切に想われていました。たとえ言葉を交わせず、触れることができなくても。お母さまに憎まれてもいいと思いながら、大切に想われていました。ただ、お母さまが幸せであればいいのだと」そこで言葉を切り、悲しげに笑う。「でも私にはこう聞こえました。お母さまといつも一緒にいたかった、抱きしめたかった、その小指の指輪のように側にいて守りたかったと。」そしてそっと側を離れた。


誰もいなくなった部屋で、王妃は小指の指輪をそっと頬に寄せた。「私もお姉さまの幸せを願っていたのに。側にいて、いつも助けてくれるお姉さまを助けたいと思っていたのに。蛙に化けて私を助けてくれたように、この指輪に想いを刻んだように、私も幸せにしたかったのに。」王妃は部屋のテラスへ出ると外を眺めた。眼下には町と緑と湖が広がった。そして動き始めた国の美しい光景が広がった。「お姉さまの想いの分だけこの国は強くなるわ。お姉さまの涙の分だけ、きっと娘は幸せになるわ。私はお姉さまのこの指輪の分だけ幸せになるわ。ねぇ、お姉さま。私たちはいつも一緒ですものね。」一陣の風が王妃を包むように流れる。小指の指輪がそっと光っていた。


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