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異世界の腹ペコ姉妹を拾いました。  作者: スカイダイビングしたら、地上300メートル付近で、パラシュートを付け忘れた事に気付いたなう。
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初めてのお風呂。


「光、ちょっと待ってくれるかしら。こんなに美味しい牛丼を食べさせてもらっておいて、失礼かもしれないけれど……。あなたの事を信用してないわけじゃないのよ? ただ、そう言い切るあなたの根拠が知りたいわ」



根拠……。山ほどあるが、とりあえず一つずつ提示していくしかない。



「……そうだな。まず一つは、この世界に魔法なんてものは存在しない。誰一人として使えないんだ」



エプニャンデとクロアーノトは互いに見つめ合い、嘆き始めるのかと思いきや、苦笑し、ジェスチャーのポーズをとる。

胸の横に両手を広げ、外国人がよく使用する、『わけがわかりませぇ〜ん』的なポーズだ。

全異世界共通のジェスチャーなのかはわからないが、どこか見下された気がして腹が立つ。

さすが自ら宣言するほどのポジティブ具合である。



「光、それはあなたが無知なだけじゃないの? 他の国では魔法が使われているんじゃないの?」


「そうですよ〜、光さん。いくらなんでも魔法が無ければ不便すぎますよぉ〜!」



かなりの有効打となるはずだった『魔法皆無』の定義は、俺が無知で、知らないだけだという事で片付けられてしまった。

ならば次策を講じるまでだ。



「俺の馬車の事を、人喰いモンスターだと言ったな……。それは少なくともエプとクロの世界にモンスターがいたという事じゃないのか? じゃなきゃ日常的にモンスターを恐れる習慣なんて身につかないはずだ」


「……確かにモンスターがいるわ。不死者アンデッドだったり巨龍ドラゴンだったり鬼巨人オーガだったり、たくさんいるわ。全く、厄介な奴らよ」


「私、不死者嫌いなんですよ……。不気味なんですよねアレ……」


「そこで二つ目だ。この世界にはモンスターなんていないぞ?」



キョトンとするエプニャンデとクロアーノト。二人の俺を見る目は「何言ってんだコイツ?」という感じだ。

またも二人して『わけがわかりませぇ〜ん』のポーズをとっているじゃないか。

モンスターなどいない。蜂やヘビなどの危険指定生物がいたとしても、不死者や巨龍、鬼巨人なんて見た事がない。そんなものが魔法も知識も無い現代の世界にいたら、漏れなく人類は、絶滅の一途を辿るだろう。



「何言ってるのよ光。モンスターがいなかったら私達冒険者の稼ぐ所が無くなるじゃない。モンスターがいない世界なんてありえないわ」


「そうですよ光さん。モンスターがいなかったら魔王だって必要無くなるじゃないですか。魔王がいない世界なんて平和そのものですよ……」


「いや、本当にモンスターはいない。この世界には冒険者とかもほぼいないし、魔王なんて悪趣味な存在もいない。紛争が絶えない国もあるが、ここ日本だけで見れば平和そのものだぞ」


「………………」


「………………」



エプニャンデとクロアーノトは「えっ、マジで?」的な表情を浮かべている。

さすがの彼女達でもダメージは徐々に蓄積しているのだろう。

畳み掛けるなら今しかない。



「そして三つ目。このユルス金貨だが、通貨単位で『ユルス』なんて、この世界で使ってる国は何処にもない」


「……………………………………」


「……………………………………」



ついに彼女達は、体育座りで、膝に顔を埋めると、長い沈黙を貫いた。



「四つ目。その甲冑と魔法使いのーー」


「ーー……光。もう、わかったから……。わかったから…………」


「…………私、薄々気付いてました……。すこし、おかしいなって…………」



ついに彼女達はこの世界が、異世界であると認めた。いや、認めたくはなかったが、認めざるを得ない状況にあると腹を括り、覚悟を決めたように見える。

そもそも日本で、その銀髪と翡翠色の瞳は、違和感がある。コスプレイヤーと思い込んでいた二時間前なら気付かなかったが、今となっては話が別だ。

しかし彼女達は、ほぼ裸一貫で、見ず知らずの土地、もとい見ず知らずの世界に放り出されてしまった。状況は悪く、お先も真っ暗。攻略情報はおろか、説明書も読めないまま難易度がエクストラハードのゲームをプレイするようなものだ。



「エプ、クロ。泊まる所とか、生活する場所のアテはあるのか?」


「…………無いわ。お金も無い。この世界の情報も無い。頼れる人もいない。絶望的よ……」


「……エプ。とりあえず、雨風を凌げる洞窟を探しましょう……」



洞窟なんて日本には数えるほどしか無いし、金銭も持たずに現代で生きてゆくのは至難の技だろう。



「頼れる人はいるだろ」


「いないわよ。今まさに絶望の渦中にいるわ」


「あとは神頼み……ですかねぇ……」


「あ、いや、絶望の渦中に入る前に、神様に祈る前にさ。このアパートでよければ、いてもいいが、どうする?」



我ながら無茶を通り越して、無謀だったと思う。一つ屋根の下に、見ず知らずの女性達を住まわせるなど、無計画な事この上ない。

だが、なんの知識も無いままこの世界を生きる事は、あまりにも残酷だ。

エプニャンデとクロアーノトがせめて、この世界に慣れるまで。その間だけは、チュートリアル的な措置があってもいいんじゃないだろうか。


しかし、俺の心配をよそに、彼女達は無言で跪き、手を合わせて祈り始めた。



「ありがとうございます。光様……」


「神と光様に感謝します……」


「…………結構切り替え早いのな。ポジティブって事か。まあ、いいさ。家賃と飯代はいつか返してくれればいい。」



こうして、意外にもあっさりと、エプニャンデとクロアーノトを、俺の部屋に住まわせる事となった。

彼女達を拾ったのが金曜日でよかった。土、日と仕事が休みなため、明日、明後日で彼女達について色々考えることができる。

一つずつ。一から、この世界について彼女達に情報を提供しよう。



「今日は遅いから風呂入って寝るか。また明日改めて考えよう」


「光さん、風呂というのは何ですか……?」


「そうか、風呂もそっちの世界には無かったか……。汚れを落とすために、身体や頭を洗う時はどうしていた?」


「湖で水浴びをしたり、濡らした布で身体を拭いたりしていたわ。 ……この世界では違うの?」


「こっちの世界では、湯を張った箱の中に浸かるんだ。頭や身体は特殊な薬を使って洗う」



大体こんな説明でいいのだろうか? 風呂の入り方なんて、今の日本で説明する機会あります?

バスタオルを用意すると、浴室と脱衣所に案内をする。



「いいか、ここで服を脱いだら、浴室に入り、湯に浸かる。身体が暖まったら、頭と身体をここにある薬を使って洗うんだ。わかったか?」


「わかった。とにかく実践あるのみね!」


「エプ、入ってみましょう!」



外国人がホームステイに来たらこんな感じなのだろうか? 何とかエプニャンデとクロアーノトに風呂の説明をすると、俺は脱衣所を出た。


……わかってる。

風呂には二人の姉妹。異世界から来た女豹。

初めてのお風呂的な、ラッキースケベでムフフなイベントが、これから起こるのではないだろうか。

期待に胸と下半身を膨らませる、男 白鷺 光 26歳。

常に臨戦態勢、脱衣所前で、今か今かと、その時を待つ。



「ああああああああああああああああああああ‼︎ 目がぁぁぁぁぁ‼︎ 潰されたぁぁぁぁぁ‼︎」



浴室から聞こえた悲鳴は、ラッキースケベとも、ムフフともかけ離れたものだった。まるで腕でも斬り落とされたような断末魔が聞こえる。

俺はすぐさま、脱衣所の前から声を張り上げて叫ぶ。



「どうした⁉︎ エプ、クロ‼︎」


「光‼︎ 目だ‼︎ 目を潰されたぁぁぁぁぁ‼︎ うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」


「ーー光の精霊よ。聖なる力をもって、身体を蝕む異常を消し去りたまえ。その名は状態異常回復キュアライト‼︎」


「クロっ‼︎ 治らないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ‼︎ 痛い‼︎ 痛い‼︎ 痛い‼︎ 痛いぃぃぃぃぃぃ‼︎」


「そんな‼︎ 状態異常回復キュアライトが効かないなんて……‼︎ 状態異常回復キュアライト‼︎ 状態異常回復キュアライト‼︎」



よくわからないが、かなり緊急性が高いらしい。エプニャンデは目を潰されたと叫んでいる。

俺は、どうすればいいのだ……? 考えろ。考えるんだ白鷺 光 26歳。現状とるべき行動、三つの選択肢を上げる。


①お風呂に突入する。


②お風呂に突入する。


③お風呂に突入する。


よし。 ①と見せかけて、③の『お風呂に突入する』を俺は選ぶ! 俺は自らの選択に後悔しない!

いざ、秘密の花園パラダイスへ!


ーーガチャッ……!



「大丈夫か⁉︎ エプ‼︎」


「光‼︎ 目がぁぁぁぁぁ‼︎ 目をやられたぁぁぁぁぁ‼︎」


「ーーちょっ……! 何入って来てるんですか光さん‼︎」



俺の目の前に現れたのは、異常なまでの泡に溢れたエプニャンデと、裸でステッキを構えながら恥部を隠すクロアーノトだった。

なるほど。シャンプーが目に入ったようだ。そしてなかなかの胸部である。

姉妹揃って『秀逸』の称号を与えてもいい。



「エプ、クロ! すぐにお湯で洗え! 洗い流せ!」


「わ、わかりました!」


「お湯ぅ…………。私にお湯をぉ……」



実際、洗剤が目に入ると、炎症をおこし、最悪失明もしかねない。エプニャンデとクロアーノトに正しい対処方法の知識を与えると、浴室の扉をそっと閉じた。


あまり広くない脱衣所には、二人の脱いだ甲冑や衣服などが置かれている。汚れていたりするわけではないが、少しほつれている。それに、この世界で生きてゆくのならば『それなりの洋服』が必要だ。

明日にでも、二人を連れて買い物に行ってやろう。

そんな事を考えていた。



「あのシャンプーっていうのは目に入るととても痛いけど、お風呂というのは画期的ね! この世界の素晴らしい文化だわ!」


「そうですね! 私もお風呂大好きになっちゃいました。髪もいい香りがするし、身体も綺麗になって最高です」


「そうか。気に入っていただけたなら幸いだ」



風呂上がりのエプニャンデとクロアーノトは、とても心地よさそうに、ほっこりとしていた。

初めて触れる『風呂』という文化も気に入ってもらえたようで、こちらとしても嬉しい限りである。


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