白鷺流 牛丼。
車を停めて、到着したのは俺の住んでいるアパートだ。
家賃5万円と、一人暮らしには多少高い気もするが、間取り3LDKと、かなり広々空間を使える事が気に入っている。
外装は珍しいオレンジの建物で、101号室。一階の角部屋を借りている。
キッチンテーブルの上には調味料やティッシュボックス、ラップにアルミホイルなどが並ぶ。
「適当に座っててくれていい。俺は今から牛丼の調理にかかる」
「すまない、気遣い感謝する」
「とても変わった建造物ですね……」
辺りをキョロキョロと見回す姉妹を座らせ、調理に取り掛かった。
俺の料理のコンセプトは、『安く早く美味いものを作る』だ。100円で買える感想食材を使う事が多い。
冷凍切り落とし牛肉をレンジで解凍し、乾燥椎茸と、乾燥きくらげを水で戻す間に、玉ねぎの皮をむき、繊維にそって薄切りにする。
水で戻した乾燥椎茸と乾燥きくらげを1ミリ幅で細切りにし、玉ねぎと合わせてレンジで火を通す。
小鍋に水を張り、沸騰させた後、醤油、みりん、濃縮麺つゆ、酒、砂糖、塩を入れて味を調え、その中にレンジで火を通した玉ねぎ、椎茸、きくらげを入れて、弱火でじっくり煮込む。
煮込んでいる間に、フライパンで解凍した牛肉に火を通し、十分に火が通ったら、牛肉を鍋に入れて、灰汁を取りつつさらに煮込んでゆく。
「光、なにやらいい匂いが……。こんなにも美味しそうな……」
「牛丼……」
「すぐ出来る。もう少しだけ我慢だ」
どんぶりに白米を盛り、その上から煮込んだ牛肉をたっぷりのせる。薬味としての万能ねぎ、炒りごまを振りかけ、キムチを少しのせて、胡麻油を少量かければ白鷺流 牛丼の完成である。
「出来たぞ!待たせて悪かったな。たくさん食べてくれ」
「これが牛丼……なんとも色鮮やかな……!」
「それにこの香り、なんとも言えない奥深さを感じますね!」
「天の恵みと、料理を作ってくれた光に感謝を捧げます」
「天の恵みと、料理を作ってくれた光さんに感謝を捧げます」
エプニャンデとクロアーノトは牛丼を目の前にして祈りを捧げている。
成る程な。日本でいうところの『いただきます』だろう。よく出来た設定だ。
姉妹が祈りを捧げ終え、牛丼に手を出そうとした時だった。
「光、これはどうやって食べればいいのだ?」
「……え?」
「光さん、この二本の棒を使うのですか?」
そうか、当然箸も使えない設定なのだな。よく考えればわかりそうな事だ。これは俺の失態である。
俺はキッチンの引き出しからスプーンを取り出すと、エプニャンデとクロアーノトに手渡した。
待ちきれないといった表現でそれを受け取ると、彼女達は牛丼に深々と突き刺し、山盛り一杯にすくい上げた。
小さな口に詰め込み、恍惚の表情で頬張る。
「ーー⁉︎」
「ーー‼︎」
少女達は目を見開き、互いに顔を見合わせる。
「んー‼︎」や「んー!んー!」などという言葉になっていない奇声をあげて驚いていた。
「どうだ?」
「驚いた……! こんなに美味しい料理は初めてだ……! 獣肉がとても柔らかくて、臭みが全くない……」
「私もです……‼︎ 魚の香りと、獣肉の香り、そして畑野菜の香りでしょうか? それらが合わさり絶妙なバランスを完成させています‼︎」
「これは赤い野菜かしら? 少し匂いがあるけど……」
エプニャンデがキムチをスプーンに乗せて、まじまじと見つめる。
クロアーノトもそれを見て、不思議そうにキムチをスプーンに乗せた。
キムチも知らないという設定なわけだ。ならば、どこまでも付き合ってやろうじゃないか。
「それはキムチといって、野菜の発酵食品だな。肉と合わせて食べると、また違った味と食感を楽しめるぞ」
「なるほど……」
エプニャンデとクロアーノトは牛肉とキムチをともにすくい、口へと運んだ。
「何という事だ……。甘く煮付けられた獣肉にキムチの香りと辛さが加わって、これまた美味い……」
「食感もがらりと変わって最高ですね……! これが牛丼……‼︎」
「チェーン店の牛丼と比べると全然違うけどな」
彼女達は空腹を満たすために、一心不乱に牛丼を口へと運び続ける。
気が付けばおかわりを繰り返し、炊飯器の中身と鍋の中身は空っぽになってしまった。