エプニャンデとクロアーノト。
「……。今、牛丼と?」
「ぎゅ……牛丼…………?」
彼女達の目が輝きを取り戻し、希望の光にすがるように食いついてきた。
余程お腹が空いているのだろうか。口元からあふれるよだれを隠しきれていない。
「ああ。家に行けば材料はあるから、牛丼を食べたいなら作ってあげられると思う。少し時間はかかっちゃうけどね」
雨雲を吹き飛ばしたような光り輝く笑顔を作る姉妹。相当牛丼に固執しているようにも見える。
しかし、笑顔を浮かべたものの、その表情は再び曇りを見せた。
「お恥ずかしい事に私達、どうやらこの国のお金を持っていないのだ……」
「この国では『円』が必要なのだと聞きました……」
なるほど、なるほど。この少女達は何処かの国、または異世界とかの設定だろう。日本の『円』を持っていないということか。
「500ユルス金貨ならあるのだが……」
甲冑少女が腰ポケットから金貨を取り出し、俺に手渡す。手に触れる籠手の感触が、コスプレで作られたにしては、とてもしっかりしている。
受け取ったユルス金貨という小道具もしっかりと作り込まれている。光沢感や重量感、鷲を模したデザインなど、いい出来だ。
「わかったよ。この500ユルス金貨とやらでいいよ。俺は、白鷺 光。光と呼んでくれ。二人とも、名前は?」
金貨を受取り、彼女達に名前を尋ねた。
「エプニャンデ・ウィガストガス・リリルズリリー。『希望を見出す』という意味ね。エリアス村の騎士よ。気軽にエプでいいわ」
甲冑少女はエプニャンデと名乗り、丁寧に名前の意味まで付け加える。
そして俺は、またもや噴き出しそうになるのを我慢し、グッと堪えた。
名前言いにくすぎるし、無駄に長い。この子の設定作り込みが半端ない。エリアス村の騎士って何だろうか?
総じて彼女を評価するなら、『素晴らしく痛々しい女の子』だ。
「私はクロアーノト・レグスビガレス・リリルズリリーです。意味は『慈愛の抱擁』だと聞きました。エリアス村の援護詠唱士です。クロとお呼びください」
魔法使いコスプレイヤーの少女はクロアーノトと名を告げた。
この子達、もっとわかりやすい名前をつけなくてよかったのだろうか。言いにくく、覚えにくい。
「わかったよ。エプにクロだな。そこに停めてある車に乗ってくれ」
お腹を空かせている彼女達を、これ以上待たせるのは忍びない。駐車場内に停めてある車に乗るように指示を促した。
しかし、車を見た途端に彼女達の表情は一変する。ガタガタと震え出し、クロアーノトにいたっては涙を浮かべていた。
「ど、どうした? エプ、クロ」
「光、これは人喰いのモンスターでは……?」
「周辺敵探知の結果、赤です……。敵です……」
エプニャンデとクロアーノトは、俺の車をモンスターだと告げる。
いや、モンスターじゃないんですけど。そうツッコミを入れるべきか悩んだが、全てこの一言で解決する。
『これは彼女達が考えた設定である』
そう……。ここは大人として、彼女達に付き合ってあげるべきだろう。
車をモンスターだと仮定し怯えるのであれば、車の素晴らしさを彼女達の世界観を壊さずに伝える。これしかない。
「エプ、クロ、これはモンスターではなく、高性能の馬車のようなものだけど……?」
「……! なんと、人喰いモンスターではなかったのか……」
「これが……馬車……! 人を運ぶと言うのですか!」
「ほら、乗って!」
車の後部ドアを開けて、エプニャンデとクロアーノトを招く。彼女達は開かれたドアを警戒し、恐る恐る手で触れていたが、無害であると判断したのかゆっくりと後部座席へと座った。
彼女達は後部座席のクッションを手でさわり、その柔らかさと居心地のよさに興奮している。
「それじゃあ、発進するよ」
エプニャンデとクロアーノトに声をかけると、そっとアクセルペダルに足をかけた。