甲冑少女と、魔法使いコスプレイヤーとの出会い。
俺こと白鷺 光は、凄いモノを現在進行形で目撃する。
にわかには信じ難いが、甲冑少女と、魔法使いコスプレイヤーが牛丼チェーン店に入って来た。
夕飯を食べに近所の牛丼チェーン店に来たのだが、何故彼女達はこんな所にいるのだろうか。
アルバイトの店員に対して、何やら凄い剣幕で睨みをきかせている。今にも帯刀している剣を抜きそうな勢いだ。
「いらっしゃぁーせぇー! 二名様ですかー?」
「ーー⁉︎」
「まさか、短文詠唱⁉︎」
ーーブフォッ‼︎
思わず口に頬張っていた牛丼を吹きこぼしてしまった。
「まさか、短文詠唱⁉︎」というセリフは反則的すぎる。
そんなもの笑うに決まっているじゃないか。
魔法使いコスの役に入りきっているのか、オリジナルのセリフなのか。どちらにしても美人な顔立ちをしているのに、残念な痛い子である事には変わりない。
アルバイト店員の第一声に対しても、甲冑少女はビクッと身体を萎縮させた。騎士の役を演じる割には小心者である。
「に、二名というのは私達の事か? ならば二名で間違いはないが……」
「……? それでは、お好きなお席へどうぞー!」
あらあらまあまあ。喋り方は立派な騎士語じゃないですかー。やだー。役作り頑張ってるー。
しかし、このアルバイト店員のメンタルはすごい。甲冑少女と魔法使いコスプレイヤーを前に、普通に接客が出来るのだから大したものである。
ーーガンッ、ゴッ、ガッ、ガッチャガッチャ……。
今まで予想外の連続だったが、ここに来て、さらなる予想外が巻き起こる。
よりにもよって、俺の席の前に少女達が腰を下ろしたのだ。いや、甲冑少女はテーブルに鎧が当たり、なかなか座る事が出来ずにいる。「あれっ? あれっ?」などと独り言をポロポロ漏らす始末。
笑ってはいけない。失礼にあたる。耐えろ。耐えるんだ白鷺 光 26歳。
やっとの思いでテーブル席についた彼女達は、卓上の紅ショウガや七味唐辛子、爪楊枝などを弄りだした。
「……なあ、クロ。彼らは、私達の事を敵だと思っているのではないか?」
「ですが、この店の店主は物腰低く、私達を丁重にもてなしてくれましたよ……? 敵だと思っている者に対し、そこまでするでしょうか?」
なるほど。キャラ設定もしっかり考え込まれている。『彼ら』という言葉に俺も含まれているのだろうか。
……さて、この二人のこれからの展開をもう少し見ていたかったが仕方ない。食べる物は食べたし今日は帰るとする。
俺はテーブルに丸められた伝票を手に取ると、レジで代金を精算し車へと戻った。
一人で食べる食事にも慣れてしまったが、何とも味気ないものである。確かに味は美味しいが、 一緒に食事をとる相手も重要であると気付いたのは最近になってからだ。
車に乗り込みエンジンをかけると、食後の余韻に浸っていた。
少女達は牛丼を食べられたのだろうか? どんな表情で牛丼を頬張るのだろうか? 食べる時に甲冑が邪魔そうだが。
ーーガチャン……。
駐車場に金属音が響く。何の音だろうか、いや、聞き覚えのある音だ。
牛丼チェーン店、入り口の横に座り込む甲冑少女と魔法使いコスプレイヤー。彼女達は星の見えない空を見上げていた。
おかしい。店を出るのが早すぎる。何らかの事情で牛丼を食べる事が出来なかったのだろうか?
何より彼女達の表情に満足感が微塵も感じられない。
……話くらい、聞いてもいいじゃないか。
俺は車のドアを開けて、彼女達の元へ歩みを進める。
「牛丼、牛丼、牛丼、牛丼、牛丼、牛丼……」
「牛丼……。お腹がすきました……」
聞こえないような、か細い声で、彼女達はブツブツと、牛丼という単語を呟いている。
やはり、この店では牛丼にありつけなかったのだろう。
目の前にいるのはお腹を空かせた腹ペコ甲冑少女に腹ペコ魔法使いコスプレイヤー。普段の俺なら1000円札を一枚彼女達に渡していたが、給料日前の俺には1000円すら痛い。
家に帰れば……。家に戻りさえすれば、冷凍の切り落とし牛肉と、玉ねぎ、乾燥椎茸もあったはず……。
新手のナンパと思われるかもしれないが、正直、何故、甲冑や魔法使いの格好をしているのかも気になるところだ。
恥を承知で声をかけてみよう。
当たって砕けろというやつだ。
「……あの、男の手料理でよかったら牛丼、作ろうか?」
それは俺が、瞳に艶の無くなった少女達にかけた言葉である。