牛丼が食べたい。
「……なあ、クロ。彼らは、私達の事を敵だと思っているのではないか?」
「ですが、この店の店主は物腰低く、私達を丁重にもてなしてくれましたよ……? 敵だと思っている者に対し、そこまでするでしょうか?」
息を潜めて話をする姉妹。
謎のイラスト紙、赤い汁まみれの何かが配置され、赤い粉と、針のような物が各テーブルに存在する。
彼女達は一通り卓上を物色すると、店の料理を書き記したイラスト紙を見た。
「ご注文はお決まりでしょうかー?」
「ーー⁉︎」
姉妹は身体を萎縮させて驚く。
彼女達は店主に何も言っていない。ならば何故、店主自ら注文を聞きに来たのか? 心を読む能力でもあるのだろうか。
そして姉妹剣士は、ハッとした表情でポケットに手を入れると、中からユルス金貨を五枚取り出す。
「店主、この店の料理を、500ユルスで二人分だせるだろうか?」
「ーー? 500ユルス? 『円』ではなくて……ですか?」
「…………円? それはもしかして通貨単位の事ですか……?」
「あ、はい。ええっと……牛丼ですと、一杯350円ですので、700円になりますが……」
姉妹剣士は、その腰に付けられていた巾着から光り輝く宝石を取り出し、テーブルの上に叩きつけた。
赤紫色に光る宝石は、妖艶さと気品を兼ね備えている。見れば見るほど吸い込まれてしまいそうなその石は、店内の光を取り込み、映し出し、卓上の白に鮮やかな赤紫を彩っていた。
「我が家系に代々伝わる宝石、ブラックローズよ。一つあなたに差し上げるわ。さあ、これでその牛丼とやらを二つ持って来なさい」
ブラックローズはリリルズリリー家、代々から伝わる宝石で、地位の高さを示す証明でもある。
つまり、ブラックローズを一つ見せると、リリルズリリー家の誉れ高い地位に、誰もが平伏し、頭を垂れるのだ。
「あ、いや、700円払えないなら多分、無理かと……」
一部例外を除く……。
姉妹剣士がドヤ顔で突き出したブラックローズは、店主に対して全く効果が無いようで、突き返されてしまった。
しかし、空腹という極限状態にある姉妹は、なんとしてでも『牛丼』なるものを食したい。店の中に充満する香りだけでもよだれがこぼれ落ちる。
「ブラックローズ! ブラックローズなのだぞ⁉︎ 売れば一粒30万ユルスは下らないと言われる、ブラックローズだぞ⁉︎」
「そうですよ‼︎ 貨幣価値から考えても、ユルスに換金したあと、円とやらに換金すればいいじゃないですか!」
「ーーちょっ、困りますよお客様……。俺、バイトなんで……」
店主は不思議な言葉を口にした。
ーー「俺、バイトなんで……」
バイトとは何だろうか? 王都プレスアークの上級職業だろうか? それは強いのだろうか?
姉妹は、そんな事を考えていたが、空腹で頭が働かない。
「これだけ頼んでも……牛丼、駄目なのか?」
「牛丼……。牛丼が食べたいです……」
「すいませんけど、お金が無いなら……。申し訳ないっす」
姉妹は力無く席を立ち、フラフラと歩き出す。途中、入り口の扉にごつんと頭をぶつけたが、それすらも反応する余裕が無いようだ。
光り輝く建物の脇へ座り込むと、彼女達は空を仰いだ。お腹が減った。頭に浮かぶ言葉はそれしかない。
ふと、人影が目の前を遮り、姉妹に向かって口を開いた。
「……あの、男の手料理でよかったら牛丼、作ろうか?」
ーーそれが姉妹と男の出会いだった。