姉妹、異世界に立つ。
ウルスダキアの放った魔法『ブラックゲート』により、異次元空間へと飛ばされたリリルズリリー姉妹は、ひたすら落下する。
「うわあああああああああああああああっ‼︎」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
底が見えない、というよりは底が無い。方向の感覚も無く、上か下かもわからない。
存在しているのは『落下している』という事実だけである。
とはいえ底が無い、という事は、終わりもないという事で、その後も落下を続けるリリルズリリー姉妹。
「ねぇ、クロ。私達いつまで落ちるの?」
「わからないです。ーー……まさか、私達死ぬまでこのまま……?」
「えぇ……。それは嫌ね……」
最初こそ新鮮なリアクションをとれていたものの、五分経てばこの通り。
姉妹達は、この真っ暗で、落下を続ける環境に、適応し始めていた。
腕を組みながら落下をする姉妹剣士。背中を丸めて落ちるのは姉妹術士だ。
「クロ。落下ダメージ解除のプロテクトマジックをかけてもらえる? 私、少し寝るわ」
「わかりました。私も少しだけ眠ります……」
姉妹術士は『落下衝撃解除』の魔法を姉妹剣士と自分にかけた後、ゆっくりと瞳を閉じて、眠りに落ちた。
落下をするのはいいが、特にやる事も無ければ、食べる物もない。ただひたすら餓死するまで落下をし、肉体が朽ちてもなお、白骨化した身体で落ちてゆくのだろうか。ーーそんな事を考えていた姉妹剣士だったが、それすらも面倒になり、ついには考える事を放棄し、眠りについた。
どれくらいの時間が経っただろうか。
気が付くと彼女達は落下をしていなかった。
「…………ん、生きてる……ここはどこかしら?」
目を覚ましたのは姉妹剣士。
空を見上げると真っ暗なのに輝星が少ない。手をついている大地は黒く硬く、生命の加護を感じない。周りには変わった様式の建物が並び、見上げれば、顎が疲れてしまうほど高い建造物が存在する。
こんなに高い建物はエリアス村の物見櫓くらいだ。
ーーそんな事を考えながら、姉妹剣士は姉妹術士の肩を叩き、声をかける。
「クロ、起きて。私達、どこかに辿り着いたわ」
「……ん…………?」
姉妹術士は目を覚まし、辺りを見つめると目を丸く見開いた。すぐさま彼女は魔法の詠唱を始める。
「ーー神眼よ、それは千里を見通す神のごとく。感覚よ、周囲の邪気を感じ取り、我が身体に存在を示せ。我はかの者達を感じ取る者なり」
姉妹術士は周囲に『周辺敵探知』魔法を展開する。彼女は、その結果を見ると、数秒も待たずに顔面蒼白となり、表情を曇らせた。
「どうしたの? クロ⁉︎」
「まずいです。エプ、私達、敵に囲まれています……。邪悪な気配こそ感じませんが、周囲に敵認識反応が多数存在します……!」
彼女に見えていたものは周辺の『敵』を表す赤いマーク。視界を埋め尽くす勢いで、赤一色が支配する。
不意に何者かに光を当てられた姉妹は、驚き、すぐに光の発生元を確認した。
「クロ‼︎ 危ない‼︎」
姉妹術士を抱えて、道の脇へと飛び込む姉妹剣士。二人の前を、巨大な二つの光る目、激しい息づかいの怪物が物凄いスピードで通り過ぎる。
モンスターだろうか。暗いので視認することも難しい。
「どうなってるの……。今のは何⁉︎」
「わかりません‼︎ 赤い反応…………敵です‼︎」
多数のモンスター達が目の前を通り過ぎる。敵意は無いのだろうか。姉妹には目もくれずひたすら何処かに向かって走ってゆく。
「かすかに、人が中に乗っているように見えたわ……‼︎」
「まさか、捕食されている……⁉︎」
「大変……! だけど、私達にはどうする事も…………。ごめんなさい……ごめんなさい……私達にはどうする事も出来ないの……‼︎ 願わくば、あなた達の清き魂が、しっかりと天に召されますように…………」
「あなた達の魂が、苦なく神のみもとへ辿り着けますように……‼︎」
通り過ぎる巨大な人喰いモンスターの列に、姉妹は膝をつきながら捕食された人達への冥福を祈る。
涙を流し、膝をつき、手を組む。祈りを捧げる姿は、まさに聖女と呼べるだろう。
祈りを捧げ続け、数分が経過した。ふと、姉妹は深刻な問題に気付く。
「お腹が減ったわ……」
「魔王ウルスダキア戦を前に、動けるよう、ご飯を抜いてきましたもんね」
姉妹は互いにお腹を押さえて「腹ペコ」のジェスチャーをする。なにか食べられる物は無いのか。
すんすんと嗅覚に頼り、辺りを見回す姉妹剣士。
すると、何処からともなく鼻腔をくすぐり、食欲を掻き立てる香りが漂ってくる。
魚介特有の深みのある香りに、獣肉の胃袋を鷲掴みにされるような攻撃的な香り、畑野菜の優しく甘い匂い。それらが合わさり姉妹を手招きしているようだ。
「あそこから匂いがするわね……。あの建物、怪しげに光っているわ。何かの魔法かしら?」
「エプ、気を付けてくださいね。罠かもしれません。慎重にいきましょう」
「ええ、サポートをお願いね。クロ」
飛んで火に入る夏のリザードフライ。そんなことわざがあったかもしれない。だが、彼女達の胃袋は、とうに限界を迎えていた。
光を求めて、いい香りを追いかけて。フラフラと建物の扉を開いた。
ーーフワァッ。
気圧差で吹き抜ける風とともに、料理の香りが運ばれてくる。思わず姉妹は生唾を飲み込む。
視線を配ると、白く薄い布を着て、首に紐をぶら下げた中年男性が美味そうに深い皿にかぶりついているではないか。
ーー何とはしたない。落ち着いて食事も出来ないのか?
そんな事を考えていた姉妹だったが、不意に声をかけられる。
「いらっしゃぁーせぇー! 二名様ですかー?」
「ーー⁉︎」
「まさか、短文詠唱⁉︎」
男性店主の謎の掛け声に、姉妹は気圧され、距離をとった。
空気が張りつめる。息をするのも困難だ。
「に、二名というのは私達の事か? ならば二名で間違いはないが……」
「……? それでは、お好きなお席へどうぞー!」
男性店主に促されるまま、テーブルに腰掛ける姉妹。姉妹剣士はガチャガチャと鎧がテーブルに当たり、腰を下ろす事に難儀していた。
周りの料理を食べている人々が、姉妹達を物珍しい目で見ている。