九十六話 サラ達の訓練
「すげー。ほんとうに草原がある! 師匠。なんで草原があるの?」
「分からないよ。迷宮だからって事で納得しておいて。マルコは冒険者の情報を集めてたんだから知ってただろ?」
「そうか、迷宮だからなんだな。知ってはいたけど、じっさいに見るとおどろくよ」
うんうんと頷いているマルコ。突っ込まれても困るけど、簡単に納得されると、それはそれで心配になるな。でも、出会った頃の警戒心むき出しのトゲトゲした態度に比べると、断然こちらの方が良いよね。
サラ達は慎重に索敵と戦闘を繰り返し、あっさりと五層まで突破して六層の草原に到着した。もはやスライムとゴブリンでは相手にならない強さだ。
サラ達の指示で放たれる精霊魔法でスパッ、グサッって感じで魔物が殲滅される。シルフィに聞いたところ浮遊精霊でもオークぐらいまでなら問題無いそうだ。
ただし、威力に限界があるので防御が固い敵に出会うと厳しいらしい。この迷宮で考えるなら十六層のトロルと二十六層のマーシュランドリザード、俺の鎧の素材になっている蜥蜴あたりから苦しくなるそうだ。
うーん。前衛がいて砲台の役割でなら問題無さそうだけど、精霊術師だけのサラ達だと十六層のトロルから考えて戦わないと苦戦しそうだな。
「お師匠様。この層からラフバードを討伐するんですよね?」
「うん。後は薬草採取だね。今日は最初だしラフバードを十羽討伐したら戻ろうか。目的はお肉なんだから綺麗に倒すこと。首を落とせば楽に狩れるよ。それとこの層で出て来るのはスライム、ゴブリン、コボルト、ラフバードだから、ラフバードばかりに注目して油断しないように」
お肉二羽分で一回の依頼達成だから、五回の依頼達成になる。因みに薬草は三十枚で一回分の依頼達成だ。そう言えば何回依頼を達成すればランクが上がるのかな? 報告に行った時にギルドで聞いてみよう。
しかし、俺の身長ぐらいある鶏を二羽で報酬が四万エルト……解体で食べられる部分が減るにしても、ラフバードの串焼きが安いわけだ。解体料金が引かれるけど、普段持ち帰らない部位もお金になるらしいから、少しは増えるか?
「はい。お師匠様」
「師匠。ウリは切る攻撃が苦手なんだけど、どうしたらいいの?」
「ん? うーん、お肉が目的だから、足か頭を狙えば良いよ。首を落とさなくても倒せば問題無いからね」
単純な事だけど、質問に答えられると嬉しいな。師匠の気分に浸れる。
「べるはー?」
そう言えば、お手伝いしてもらう約束だったな。フクちゃん達が大活躍で護衛の仕事は殆ど無かったし薬草を採取して来て貰うか。
「ベル達は薬草を探して来てくれる?」
「さいしゅー。べるできる!」「キュー」「やくそうみつける」「ククー」
「うん。よろしくね。あっ、それとこれはサラ達になんだけど、ここも見た感じ冒険者が結構いるみたいだから、他の冒険者に近づかないように行動しようね。近くに行っても不愉快になるだけだから」
洞窟で冒険者とすれ違った時は俺だと分かったら露骨に避けられたし、問題はないと思うんだけど用心は大切だよね。
俺の注意に頷き、張り切って飛び立っていくベル達を見送り、俺達も本格的に草原を探索する事にした。って言っても、俺とシルフィは後ろで見ているだけなんだけどね。
マメちゃんが偵察に出て、人がいない方に向かって歩いて行く。おっ。マメちゃんが戻って来てキッカの前で急停止した。このパターンは敵を発見したって事だな。
「おにいちゃん。おねえちゃん、まものがくる」
「分かった」「分かったわ」
サラとマルコがキッカを挟み魔物に備えながら慎重に先に進む。おっ、遠くから何かが勢いよく走って来るな。草原だから見通しが良い分相手からも発見されやすのか。
俺が前回来た時は襲って来る敵をサクサクと討伐しながら、ほぼ最短距離を突っ切ったからな。あんまり気にしてなかったけど、慎重に進めば色んな事が分かるんだな。
ある程度近づくと魔物の正体が分かる。コボルトか……ラノベとかだと可愛いパターンもあるんだけど、この世界のコボルトは可愛くないパターンだ。
グルグルと歯をむき出しにして威嚇してくるし、人間を食べる気満々なのか涎をダラダラと垂らしていて、可愛さの欠片も無い。まあ、可愛いと倒すのにも罪悪感が酷そうだし、ある意味可愛くない方が優しいのかもしれない。
「マルコ。キッカ。来るのはコボルト五匹よ。動きがゴブリンよりも速そうだから注意して」
「わかった。おれは右の二匹をねらうから、サラ姉ちゃんは左の二匹を。キッカはまんなかだ」
マルコが素早く指示をしてコボルトを待ち構える。待つのか……今まで動きが遅い敵とばかり戦ってたからしょうがないけど、ある程度近くに来てから攻撃する癖がついてるのかな?
フクちゃん達の魔法が決まり問題無くコボルト達は倒される。サラ達が魔石の回収を済ませたので、呼び集める。
「みんな。少し気になったんだけど、敵が来るまで待つ必要もないんだよ」
俺が言うと、サラ達がキョトンとした後に首を傾げている。
「お師匠様。よく分からないです」
「あのね。遠くからコボルトが走って来るのが見えたよね。ここまで来るのを待たなくても、見えた時点でフクちゃん達に頼めば普通に攻撃してくれるよ。射程は特に決まっていないんだから、出来るだけ遠くで倒した方が安全だよね。ただし精霊が離れると何かあった時に召喚するまで無防備だから、一人は残っていてもらった方が確実だね」
フクちゃん達は飛んで行って魔法を放ってくれるんだから射程は関係ない。俺はベル達が先行してアンデッドの巣の中に入った時は、レイスとか先に始末してもらってたからな。ぶっちゃけ魔物を倒しておいてって言っておけば全部倒してくれる気がする。
まあ、その場合だと細かくお願いしておかないと、素材が無駄になったりする。フクちゃん達は浮遊精霊だし目視できる範囲ぐらいが丁度良いだろう。
「さきほど、コボルトが見えた時から攻撃ができたということですか?」
「うん。あの時点でサラがフクちゃんにコボルトを倒してってお願いすれば、倒してくれたね」
「そう言えばそうですね。フクちゃんなら気が付かれずに近くまで飛んで行けますし……もっとみんなで出来ることを話し合ってみます」
流石お師匠様です! って感じのサラ達の視線が心地良い。俺は内心を隠し、この位の事は何でもないという雰囲気で話を続ける。師匠として威厳を保つべきだから苦労する。
「うん、サラ達が思っている以上に精霊達は色々と出来るから、何度も言うけどしっかりコミュニケーションを取って仲良くなる事」
「分かりました。マルコとキッカも分かったわよね?」
「分かった」「うん」
「よし。じゃあ探索を再開しよう」
***
サラ達は安全を第一に索敵を重視し、魔物に見つかる前に発見して遠距離からの奇襲を繰り返した。自分で言っておいてなんだが、これは一方的だ。フクちゃん達でダメージを与える事が出来るレベルなら、ほぼ確実に先制攻撃が急所に決まる。
精霊とのコミュニケーションの取り方を迂闊に広めると相当危険だな。精霊が嫌がる可能性が高いのが救いだけど、上手く説得すれば暗殺し放題だよ。
「いい感じだね。今までの戦い方が一番安全な戦い方だ。次は別の戦い方をしてみようか」
「別の戦い方ですか?」
首を傾げながら聞いて来るサラ。今までの戦いが順調だから、必要性が分からないのかもしれない。
「うん。今までの魔物はほぼ一撃で倒せる魔物だったけど、先に進むにつれてそうもいかなくなる。その時の為に弱い相手で戦い方を工夫する訓練をする必要があるんだ」
「師匠。くふうって何をすればいいんだ?」
「そうだね。戦い方は自分で考えるのが良いと思うんだけど、ヒントとしては……ウリの場合は一撃で倒せない相手なら、ウリに頼んで敵の地面を足が沈んでしまうぐらいに、柔らかくしてもらうとか良いかもね」
「足が沈むぐらいですか」
サラが俺の言葉に何かを考え込んでいる、
「うん。相手が巨体の場合はウリでは全部沈めきる事は出来ないけど。足元を不安定にして魔物の動きが遅くなれば、そのぶん攻撃回数が増えて一撃で倒せない魔物も、ゆっくり安全に倒す事が出来るよね。だから今からはただ倒すだけではなくて、補助的な魔法の使い方も覚えるようにしよう」
「なるほど……補助的な魔法の使い方ですか。分かりました、頑張ってみます」
少し時間を取ってサラ達の作戦タイムにあてる。どんな魔法を思いつくのかちょっと楽しみだな。のんびりサラ達を観察していると、ベルとレインが飛んでこちらに向かってくる姿が見えた。
「ゆーた。べるたくさんとったー」「キューー」
上空からふよふよと薬草を抱えたベルが、レインに乗ったまま降りて来る。……あれ? もしかして、薬草が飛んでいるように見えるんじゃなかろうか?
「サラ。ベルとレインの気配は分かるよね? どんなふうに見える?」
「薬草が飛んでいるように見えます」
「そうなんだ。ありがとう」
やっぱりねー、それはそうだよね。薬草を持っているから素早く飛べないし……もし冒険者に見られてたら……うん? まあ、別に問題ないか。都市伝説みたいなのが出来るかもしれないけどそれだけだし、冒険者になら迷惑をかけても俺はどうでも良い。
一般の人を怖がらせるのは問題だけど、精霊術師が迷宮で精霊に薬草を取って来て貰う事は、何の問題も無い事だ。
「ゆーた?」「キュー?」
考え事をしていると、ベルとレインが目の前に到着していた。おっと褒めなければ。
「ベル、レイン。沢山取って来てくれたんだ。ありがとう」
お礼を言って薬草を受け取り、しっかりと撫で繰り回す。
「きゃふ。べるねーたくさんあつめた」「キュキュー」
「うん。とっても助かるよ。二人ともありがとう。頑張ったね」
エッヘンっと胸を張るベルとコクコク頷くレインを再び撫で繰り回す。幸せを噛み締めながら戯れているとトゥルとタマモもワサッっと薬草を抱えて戻って来た。
「いっぱいみつけた」「ククークー」
「本当に沢山見つけたね。トゥルもタマモもありがとう。とっても助かるよ」
お礼を言って薬草を受け取り収納する。トゥルはキラキラした瞳で俺を見ているし、タマモは尻尾を全開で振っている。もちろん、俺は何をするべきか分かっている。全力で褒めまくるぞ。
お礼を言いながらトゥルの頭をワシャワシャと撫でまくり、タマモをモフモフして更にモフモフする。全力で撫で繰り回しているとベルとレインも合流して来たので、更にしっかりとベル達を撫で繰り回す。
「裕太。そろそろ、いいんじゃないかしら? 一応迷宮なんだからもう少し緊張感を持たないと駄目よ。あといくら気配で精霊が居るって分かっていてもサラ達の目には、裕太が一人で大騒ぎしているようにしか見えないのよ」
「………………あー、コホン。さて、目標までもう直ぐだ。探索を再開しようか」
シルフィの言葉で正気に戻り体勢を整える。チロッとサラ達を見てみるが、変な目では見られていなかった。師匠の威厳が大暴落するのは避けられたみたいだ。シルフィ、ありがとう。シルフィに目礼して探索を再開する。
***
「これで目標達成だね。みんなお疲れ様」
サラ達はゴブリンやコボルト相手に様々な戦い方を試しながら、ラフバードを十羽討伐した。危なげなく目標を達成したが色々と考える事があるようで、反省点を話し合っている。
真面目過ぎて俺が言う事が無い。一番年少のキッカでさえ真剣に話を聞いて時折意見も言っている。師匠の立場としては喜ぶべきなんだろうが、こう……油断するなとか、気が抜けているから危ない目に遭うとか言いたい気持ちもちょっとある。
「ほら、話し合いは宿に戻ってからでも出来る。帰りも魔物が出るんだから気を抜かないようにね」
話し込むサラ達を促して迷宮を出る為に来た道を戻る。サラ達の迷宮デビューも無事に終わりそうだし、まあ、良かったな。
読んでくださってありがとうございます。