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九十四話 宿

 雑貨屋に行ってドッと疲れた。はやく宿に戻ってゆっくり休もう。


 ……宿に戻ると忙しそうに動き回るマーサさんとカルクくん。忙しそうだな。おそらくトマトソースの影響なんだろうけど、トマトソースでそこまで人気がでるのかが不思議だ。明日の朝、聞いてみるか。


「お帰り。ちょっと待っとくれ」


 マーサさんが俺を見つけて声を掛けて、料理をテーブルに並べたあとにこっちに来た。


「お待たせ。夕食はどうする? 今日はあんたに教えて貰ったミートソースのパスタとピザトーストだよ」


「ここで食べようかと思っていたんですが、大変そうですよね」


「すまないねぇ、ちょっと込み合っているしあんたの所は子供がいるから、大変かもしれないね。どうだい部屋に料理を運ぼうか?」


 ふむ。部屋に運んでもらえると助かるな。料理を多めに頼めばベル達にも食べさせられるし、良いかもしれない。


「そうして頂けると助かります。子供達の部屋の方が広いので、そちらに運んでもらえますか? それと、お金は払いますので、追加で更に四人前ほどお願い出来ますか?」


「構わないけど、そんなに食べるのかい?」


 マーサさんが驚いている。本当は七人前を追加したかったんだけど、流石に異常だから諦めた。精霊が食べるんですって言っちゃうか? ……やめておいた方が無難だな。興味津々で見学に来そうだ。


「まあ、育ち盛りですから。あはははは」


 笑ってごまかすと、マーサさんも食べ盛りなんだね。カルクも沢山食べるよ。アハハハハっと陽気に笑っている。あんまり気にしてないみたいだな。追加料金を支払い、サラ達の部屋に行く。


 ノックをするとサラがドアを開けて迎え入れてくれた。


「お師匠様。お帰りなさい」「師匠。おかえり」「おかえりなさい」


「うん。ただいま。問題は無かった?」


「はい。何の問題も起こりませんでした」


「それなら良かった」


 まあそんなに時間も経ってないし問題が起こった方が怖いか。


「おかえりー」「キュー」「おかえり」「クー」


 サラ達と話していると、ベル達がふわふわと飛んで出迎えてくれた。なんかホコッってするよね。自然と口角が上がりベル達を撫でまくる。もはやベル達は精神安定剤レベルの効能を持っているな。


「みんな。今日はこの部屋で夕食を取るからね」


 とは言えベッドが二つに小さなテーブルが一つ。少し狭いな。料理が運ばれて来たらベッドを収納してテーブルを出すか。大所帯は大所帯で大変だ。


 しばらくみんなと話していると、マーサさんとカルク君が食事を運んで来た。大きなお盆で一度で運んで来たのか。


 当然のごとく小さなテーブルには全部乗りきらず、一部はお盆に乗せたままベッドの上に置かれた。


「ありがとうございます。食器はどうしたら良いですか?」


「そうだね、後でこの子を取りにやるからまとめておいて貰えれば助かるね」


「分かりました」


 忙しいのだろう、慌ただしく部屋を出て行くマーサさんとカルク君を見送る。湯気を上げているご飯に釘付けの子供達をうながして部屋の隅に移動してもらい、備え付けのベッドの一つを魔法の鞄に収納する。


 おふ。ちょっとほこりが溜まっているな。


「シルフィ。風で埃を纏めてくれる?」 


「ええ」


 シルフィが返事をすると同時に、部屋の中に優しい風が吹き、埃が一ヶ所に集まった。凄いよね。


「シルフィ。ありがとう」


 ヒラヒラと手を振るシルフィにお礼を言って綺麗になった部屋の中心にテーブルと椅子を取り出し、運んで来て貰った料理を並べる。


 魔法の鞄から食器を取り出し料理を小皿に取り分ける。後は買い溜めした屋台の料理も並べるか。オーク肉の串焼きで良いよな。


 ………………シルフィ以外の皆の視線が怖い。料理に視線が集中し過ぎだよ。特に精霊達は食べなくても大丈夫なんだから、もう少し落ち着いて欲しい。視線の圧力にかされながらレイン達の串肉の串を抜き、ようやく準備が整った。


「みんな。食べていいよ」


 俺の言葉と同時に、俺とシルフィ、サラ以外が料理に挑む。まるで戦場のようだ、大家族って毎日こんな感じなんだろう。


 でも微笑ましい光景だな。まあ、イルカや子狐、ウリ坊にフクロウとバラエティに富み過ぎな気もするが、この混沌とした食事風景が異世界っぽくて、ある意味良い感じだと思う。


「みんな。足りなかったら屋台の料理だけど、おかわりはあるから言ってね」


 口いっぱいに料理を詰め込んだマルコが、こちらをみてうんうんと頷く。サラやキッカもしっかり食べているし、少しは肉付きが良くなってきた……かな?


 うーん。少しはお肉が付いた気もするけど、元々がガリガリだったからあんまり分からない。もう少し様子を見るか。


「シルフィ。お酒はどう?」


「あら、いいの?」


「うん。今日は迷宮都市まで飛んできてもらったし、色々大変だったからね」


「ふふ。有難くいただくわ」


 シルフィのリクエストで赤ワインを取り出し、ノモス特製のガラスのワイングラスに注ぐ。俺も今日は気疲れしたし少しお酒を飲もう。



 ***



 軽くお酒を飲んで熟睡すると、昨日の疲れはすっかり回復した。俺もまだまだ若いな。体を起こすとシルフィ達が現れた。


「おはよう、みんな」


「裕太。おはよう」「ゆーた。おはよー」「キュキュー」「おはよう」「ククー」


 シルフィ達と挨拶をして、着替えながら全身に洗浄を掛ける。毎回思うけどこの洗浄の生活魔法はとても便利だ。でも、そろそろお風呂にも入りたい。死の大地にお風呂を作る事も考えるか。


 ……あれ? ……ディーネかノモスに頼めば湯脈が見つかったりしないかな? 温泉も開拓ツールなら掘る事が可能な気が……いや、ノモスに頼めばあっさり湯脈まで穴をあけてくれるかも。


 温泉に入っている自分を想像するとある事が気にかかる。猛暑の中で入る温泉は果たして気持ちがいいのだろうか?


 夏でもお風呂が気持ちいのはクーラーの恩恵が大きい気がするんだけど、どうなんだろう? うーん。お風呂上りに速攻でシルフィに涼しくしてもらえば問題無いか? ここら辺もよく考えて決めないとな。


「裕太。どうかしたの?」


「いや、何でも無いよ。サラ達の所に行こうか」


 部屋を出てサラ達の部屋をノックして声を掛ける。


「おはようございます。お師匠様」「師匠。おはよう」「おはよう」「「ホー」」「プギャ」


 部屋に招き入れられて、サラ達と挨拶を交わす。しかしウリ、可愛いけどイノシシはフゴッじゃ無いのかっと毎回思ってしまうな。


「みんなおはよう。朝ごはんは何を食べたい?」


「おにくのぱんー」


 聞いた瞬間、素早くベルが手を挙げた。極厚のオーク肉を挟んだサンドイッチの事だな。ベルはあのサンドイッチにアグアグと噛り付くのが大好きだ。


「朝からお肉たっぷりで大丈夫?」


「だいじょうぶー」


 大丈夫らしい。若いからね。レイン達もキュイキュイとうなずいているから、精霊達の朝食は極厚のオーク肉のサンドイッチに決定した。もう直ぐ無くなるから買い足しておかないとベル達が残念がるな。


「じゃあ俺達は食堂に行ってくるから、みんなはお留守番していてね」


 さっそくパンに噛り付いているベル達を置いて、俺とシルフィとサラ達で朝食に向かう。


「マーサさん。おはようございます」


「おはよう。朝食かい?」


「はい。四人分をお願いします」


「あいよ。ちょっと待ってておくれ」


 案内された席に座り、朝食が出て来るのを待つ間に、サラ達とのんびりとお話しする。ただ、やる気がみなぎっている子供達は、精霊術師に関する質問ばかりで少し困る。


 あんまり役に立つ事を知らないから、早々に師匠としての仮面にヒビが入り結構なピンチだ。マーサさんが料理を運んで来たのを確認して、ちょっとホッとする。


「お待たせ。今日の朝食は新作なんだ。試してみておくれよ」


 デンっとテーブルに置かれたお皿を見ると、これは、鶏肉のトマト煮込みか? もう新メニューを開発してるんだな。


「トマト煮込みですか。楽しみです」


「同じ料理があるんだね。それはラフバードを煮込んであるんだよ。何かおかしな所があったら教えておくれ」


「自信は無いですが、気が付いた事があったら言いますね」


「頼むよ。おっと料理を運ばないと。また後でね」


 マーサさんが仕事に戻ったので、俺達も朝食を食べ始める。鶏肉は柔らかくなるまで煮こまれていて、口の中でホロホロと崩れ、柔らかくなった肉が含んでいるトマトスープが口の中に流れ出てくる。


 相変わらずトルクさんの料理はニンニクがガッツリ効いてるな。俺は大好きなんだけど苦手な人も結構いそうだ。


 鶏肉がチョットパサついているから煮込み過ぎっぽい。でも日本で食べた鶏肉の煮込みも結構パサついてたししょうがないのか? うーん、固いパンはトマトスープに浸して食べるとかなり美味しいし、俺にアドバイス出来そうな事は無いな。そう言えば


「サラ、マルコ、キッカ、味はどう?」


「美味しいです」「うまい」「すき」


 サラ達も気に入っているみたいだけど、参考になりそうな意見は無い。カッコつけるのは無理みたいだ。難しい事を考えずに料理を楽しもう。


「ふー。美味しかったね。俺はマーサさんと少し話して行くから、サラ達は部屋に戻って休憩していて」


 サラ達を部屋に戻し、のんびりしているとマーサさんも手が空いたのか話しかけてきた。


「味はどうだった?」


「美味しかったですよ。俺には欠点は見つけられませんでしたね」


「おや。そうなのかい。旦那も喜ぶよ」


 嬉しそうに俺の背中をバシバシと叩くマーサさん。レベルが上がっても痛みが来るのが不思議だ。


「それにしても、昼と夜はお客さんが沢山でしたけど、朝は人が少ないんですね」


「ああ、朝は泊り客だけだからね。まあ、朝ぐらいのんびりできないと、か弱いあたしは倒れちゃうから、丁度良いのさ」


 そうなのか。泊り客が少なくなってるんだな。大丈夫なのか? あとか弱い人は、叩くだけで俺にダメージを与える事は出来ないんじゃないだろうか。


「それにしても、お客さんが本当に沢山来ていますけど、俺が教えたレシピだけでここまで人が来るものなんですか?」


「ああ、それはね、最初は物珍しさでちょこちょことお客が来るぐらいだったんだけどね。迷宮都市の商業ギルドには美食にこだわる受付嬢が居てね。その子が噂を聞いて食べに来たのさ。そしたら大絶賛で新しい味だって事になってね。影響力のある子だから、次の日から大繁盛って訳さ」


 ……なるほど。美食のカリスマみたいな人がいるんだな。テレビ番組で紹介されたぐらいの効果がありそうだ。あとは継続して人気がたもてるかが問題になりそうだな。


「そうなんですか。なんか俺が色々頼んだせいで、宿屋とはちょっと違った形になってしまったみたいで、ご迷惑をお掛けして申し訳ないです。何かあったら言ってください」


「あはは、あんたの御蔭で旦那は大張り切りさ。迷惑なんて掛かって無いよ。でも新しい料理を教えてくれるんならドンドン受け付けるよ」


 言葉通りに受け取って良いのか? 確かに今はお客さんが沢山だけど……もし苦しくなっても、俺に気を使わせるから黙ってそうだよな。タイミングをみて食べたい料理をリクエストするか。そうすれば少しは役に立つだろう。


「何か思いついたらお願いするので、その時はお願いします。それとラフバードの煮込みをこの鍋いっぱいに作って貰えますか?」


 シルフィも興味を示しているし、ベル達にも食べさせたいから購入しておかないとな。


「あいよ。でも少ししたら忙しくなるから、明日の朝しか無理だよ。それでも良いかい?」


「ええ。お願いします」


 マーサさんと別れて部屋に戻る。俺としてはオーク肉のトンカツとか食べたいんだけど、今教えるのは店が大変そうだから時間をおいてからだな。シルフィも揚げ物は見た事がないって言ってたから、名物になるだろう。


 さて、次は一人で冒険者ギルドに行って依頼を受けた後、皆で迷宮に行くか。久しぶりの冒険者ギルド、どんなお出迎えがあるのか楽しみだ。

読んでくださってありがとうございます。

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