九十三話 代金
マリーさんに冒険者ギルドについて話を聞いた。焦ってはいるみたいだが俺にはまだ気づいていないようだ。次はお金の話だな。
「素材の代金ですが、合計で十八億五千六百二十万エルトになります。内訳はファイアードラゴン、十四億エルト。アサルトドラゴン、四千万エルト。ワイバーン、三千万エルト。ファイアーバード、全部で一億六千万エルト。薬草三種類、全部で二億二千万エルト。マグマフィッシュ二百二十万エルト。胡椒四百万エルトになります。ギルドカードに入金も出来ますが、出来るだけ内密にとの事でしたので、現金も用意していますがどうなさいますか?」
………………改めて聞くと凄い金額だよね。もう冒険者ギルドとかどうでもいい気がしてくる。必要な物から贅沢品までを買い揃えて、死の大地を開発して、人恋しくなれば街に遊びに出かける生活。良いんじゃなかろうか?
でもドラゴンが十四億って高いのか? もっと凄い金額でもおかしくないような……でも薬草が二億以上って言うのも凄いし相場が良く分からん。まあ、マリーさんがすぐにボッタクリだと分かる金額を出して来るはずも無いか。
俺にとっては凄い金額だけど、冒険者で一攫千金としてはまだまだな気もする。自分が今後どうしたいのかよく考えないと駄目だな。……豪遊したいけど、それは今じゃないって事だけは分かる。
「現金でお願いします」
冒険者ギルドでお金を下ろしたら一発でバレるし、そもそもギルドカードに入金できるとか今知った。エルティナさんには大体わかるって言っちゃったけど知らない事も結構ありそうだ。
一回ぐらい別の街でしっかり話を聞くのも良いかもしれないな。精霊術師って事でまた揉め事が起こりそうな気もするけどな。
「分かりました。少々お待ちください。ソニア」
マリーさんが一声かけると、ソニアさんが一礼して部屋から出て行った。お金を取りに行ったんだよね? マリーさんとソニアさんの関係が良く分からん。
「うふふ。裕太さん。貴重な素材を沢山卸して頂けてとっても感謝していますわ。お強い方って素敵です」
ない。これはないわー。足を組んで人差し指を唇に当てるとかどうなんだ? これがこの世界の誘惑のスタンダードなのか? お願いだからマリーさん独自の手法だと信じたい。これだったら欲望に塗れたマリーさんの方が十倍魅力的だよ。
「はあ、ありがとうございます」
いかん。思わず平坦な声が出てしまった。
「あ、あの、裕太さん。前回教えて頂いた調味料の件ですが、粉末を混ぜ合わせて作る方は幾つか良い物が出来ているんです。しかし決め手に欠けると言いますか、研究チーム内ですら好みが分かれているんです。確認して頂けませんか?」
俺が白けているのに気が付いたのか、マリーさんが慌てて話を変えて来た。
「あー、俺は遠い所から来たので、俺が基準になると皆さんの好きな味とズレが生じる可能性があります。確実なのは試食会でも開いて、大勢の意見を参考にするのが宣伝にもなりますし良いと思いますよ。あとは屋台にでも頼んで何種類かを使って貰って、売れ筋の商品を販売するとかですかね」
プロの料理人の意見は当然聞いているだろうし、俺が中途半端なアドバイスをして売れなかったら申し訳ない。
「なるほど、試食会に屋台ですか。お客様の声を直接確認するのは良いかもしれませんね。ただその場合は情報が出回りますので、もう少し研究を煮詰めてからの方が良さそうです」
マリーさんが顎に手を当てて真剣に考え込んでいる。マネされやすそうだから出来るだけアドバンテージは取っておいた方が良いだろうな。しかし、マリーさんって商売の話になると凛としていて美人なんだよな。このままでいれば俺なんてコロコロと転がされそうなんだが。
「マリーさんは試してみたんですよね? どんな感じでした?」
「私ですか。私は香草をふんだんに使用した物が好みですね。振りかけて焼くだけでかなり美味しかったので驚きました。そう言えばニンニクパウダーは好き嫌いがハッキリ別れていましたね。どちらかと言うと私は苦手なんですが、異常に好む従業員もいて難しいです」
確かにニンニクパウダーは好き嫌いが激しそうだな。俺はかなり大好きでついつい使い過ぎて会社に行く時に不安になってた。インスタントラーメンとか作るとついつい多めに入れちゃうんだよな。俺はニンニクパウダーと一味唐辛子が切れると不安になるタイプだ。
「そこはもう、それぞれの好みなんですから売れなかった商品は切り捨てる感じで、よっぽど酷い商品を出さなければ、ある程度は売れると思いますよ。料理が楽になりますからね」
五十万エルトも貰っちゃったのにこんな回答でごめんなさい。でも手早く作れてある程度美味しければ結構売れるよね?
「そうですね。手応えは感じているので、商品が揃ったら知り合いの屋台で試してみます」
あはは。俺、何の役にも立ってないな。クレ〇ジーソルトを買っておけば、見本を見せられたのにとても残念だ。
俺が頼りにならない事が分かったのか商品の相談は無くなり、軽い雑談をしているとソニアさんが戻って来た。
……あれ? 他の店員さんも一緒に入って来た。でっかい木の箱が一緒に何箱も持ち込まれる。
「白金貨とファイアードラゴンの素材になります。どうぞお確かめください」
店員さん達がいなくなった後、重たい音を響かせて目の前に革袋が二つ置かれた。千八百枚以上の白金貨か……実感が湧かないけど億万長者になったんだよね。
すっかり忘れてました、肉以外のドラゴンの素材……今は表に出せないけど持って帰らないと。そう言えばミスリルもあった、これは次に薬草を卸す時でいいか。
十八億以上のお金とドラゴンの素材……日本に居た頃は買いたい物なんていくらでも有ったけど、この世界だと微妙に想像出来ないな。迷宮都市に家でも買うか? ……居心地が良い都市でもないし家は要らないな。
なにか楽しいお金の使い道を考えよう。どうせなら死の大地を快適に出来る事にお金を使おう。
「確かに。ではそろそろお暇しますね」
運び込まれたお金と素材を全部魔法の鞄に収納して、魔法の鞄に向けられるマリーさんの熱い眼差しをスルーして店を出る。マリーさんってあんなに欲望を表に出して、商人として大丈夫なのかな?
***
「ちょっとソニア。どう言う事なの? 裕太さんにすっごく冷たい目で見られたわよ。だいたい食事もこっちから誘った事になってるのはどう言う事なの? あなた、裕太さんは私の魅力にメロメロだって言ってたわよね?」
「おかしいわね。わざわざ迷宮素材をこの店で卸した事といい、マリーに自分の実力をアピールしに来たんだと思ったんだけど……あなたいったいどんなアピールをしたの?」
「どうって、こんな感じよ」
「………………うーん、ちょっとあざといかしら? 裕太さんは露骨なのが苦手なのかもしれないわね。でも諦めたら駄目よ。ファイアードラゴンを見たでしょ。一撃で首を落としているのよ、絶対に逃がしたらダメ!」
「分かってるけど、なんだか裕太さんって私達を警戒してなかった?」
「警戒と言うか時々残念そうにマリーを見ていたわね。何がダメなのかしら? 私から見てもマリーは美人だと思うんだけど……もしかして男色? それともスラムの子供を弟子にしていたから……」
「男色、子供……そう言えば私の必殺の接客術にも無反応だったわね。でもそれだったら私では無理よ。美形の店員に接待をさせる? それと子供はダメよ」
「うーん。一度試してみた方が良いかしら。美形の店員とムキムキの店員二人で案内させて様子を観察しておくのはどう? ある程度好みは絞れるわ」
「そうね。ただし最低でもポルリウス商会に忠誠を誓っている人じゃないとダメ。裕太さんに気に入られて独立して商売されたりしたら目も当てられないわ。大丈夫な人の心当たりはあるの?」
「……エリックは?」
「ソニア。いくらなんでも兄を犠牲には出来ないわ。ポルリウス商会の跡継ぎなのよ」
「でも、裕太さんを籠絡できれば、他では手に入らない迷宮素材が安定供給されるのよ。今のままだと裕太さんの気が変われば、この店に来る事も無くなるんだし何か手を考えておかないと」
「……兄には泣いてもらいましょうか。いえ、いきなり男色だと決めつけるのも危険だわ。さりげなく好みを探るのよ。ソニアも違和感がない程度に接近しなさい」
「うーん。私は駄目だと思うわ。何となくだけどマリーより警戒されていた気がするもの」
「そうなの? あなた何かした?」
「してないと思うんだけど何か違和感があるのよね。焦り過ぎるのも危険な気がするから、慎重に好みを探る事から始めましょうか」
***
「だ、そうよ。裕太って男色でロリショタなの?」
胃が痛い。とっても胃が痛い。なんでマリーさんを残念な目で見ただけで男色でロリショタって事になるんだろう。自分に自信があり過ぎなんじゃ無いのか。あとマリーさんとソニアさんってとっても仲良しなんだね。
(シルフィ。俺は大人の女性が好きだからね)
「そんな血を吐きそうな顔をして言わないでよ。分かってるわよ。冗談よ、冗談。ディーネに抱きしめられて喜んでるのも知ってるんだから誤解なんかしてないわ」
……ディーネに救われたって事になるのか? それはそれで胃が痛くなりそうだから考えるのは止めよう。
(分かって貰えているのなら良いよ)
しかし、情報収集は大事なんだけど、むやみに人の会話を盗み聞きするもんじゃ無いな。知らなくて良い事まで知ってしまう。
これからは、ある程度重要そうな時にだけ、シルフィに会話を探って貰おう。じゃないと人間不信になりそうだ。
活動報告に新しくギルマスについての事を載せましたので確認して頂ければ幸いです。読んでくださってありがとうございます。