八十九話 水路の開通
ノモスと地味に契約して数日。色々作って貰い、生活が地味に向上している。開拓した土地全体の土の管理をノモスが請け負ってくれたので、俺が何とかでっち上げた畑や森予定地の土地も、生きている大地と遜色ない状態に変わった。
トゥルはノモスと一緒に土地の管理を頑張っているし、タマモもドリーに「クークー」と何かを質問しながら畑の管理に一生懸命だ。なんか泉の家周辺に良い流れが出来ているようで、みんなイキイキしている。
「それじゃあ、ドリーよろしく頼むね」
俺達は全員で森予定地にいる。全体的に土も良くなったので、今日はいよいよ森予定地を森に成長させて貰うつもりだ。
森予定地はタマモが頑張って世話をしてくれたおかげで、苗木と言うには大きい程に成長している。頑張ってくれたタマモに申し訳ないかもと思ったが、ドリーの魔法が楽しみなのか、尻尾をフリフリでご機嫌だから、大丈夫そうだ。
「分かりました。ではいきますね」
ドリーが手を振ると、今までもタマモの御蔭で普通よりも速いペースで成長していた木々が、まるで早送りのようなペースで成長しだした。
「終わりました」
ドリーがにっこり微笑みながら言う。その背後には、森と呼んで差し支えない立派な樹木が並んでいる。大精霊って凄い。
「ありがとう、ドリー。成長したって事は、もう実が生っている木とかあったりする?」
果物狩りとか出来たら楽しいよね。
「いえ、それはもう少し時間を置いてからですね。数年から十数年かかる成長を一気に行いましたので、木に負担が掛かっています。時間を空ける事と、土の養分の補給をお願いします」
なるほど。果物狩りはまだ無理か。しかも養分が不足しているらしい。あとでノモスに頼んで土を入れ替えて貰わないとな。
果物はもう少し時間が掛かるが、死の大地でいつでも森林浴が楽しめるようになった事は素直に嬉しい。今日中に水路作りを終わらせる予定なんだけど、少しぐらい森を見て回っても良いよね。
「じゃあ、ちょっと森の中を見て回ろうか」
森が出来た……っとちょっと唖然としているサラ達に声を掛け、散歩気分で出来たばかりの森に突入する。
……なんか違和感があると思ったら、木以外が生えて無い。あるはずの草や茂みが無いから違和感を感じたんだな。歩きやすくて良いんだけど、草とかも増やすべきなのかな? ドリーとタマモに相談しながら考えるか。
木陰になって気分的に過ごしやすい森の中を歩く。ベル達が木々の間をすり抜けながら、追いかけっこをしている。障害物がある方が飛ぶのが楽しいって言ってたもんな。
歩いていると、ディーネのリクエストで作った池に出た。丸く作ってって言われてちょっと苦労したんだよな。でも、森の中で見ると、ディーネの言った通りいい感じだな。
薄暗い木々の間を抜けると、日差しに煌めく小さな丸い池、なんだか童話の世界だ。……ファンタジーな世界だから間違ってはいないのか?
もう少し森の中を楽しみたいけど、そろそろ水路作りに戻るか。あとでゆっくり森の散歩をしよう。掘りかけの水路に戻り完成を目指して作業を再開する。
地面を掘り加工した岩をハメながら思うのが開拓したブロックの利用方法だ。順調に開拓は進んでいるが、その開拓したブロックは、今のところほとんどが土が良くなっただけの更地だ。
さっきみたいに森を増やしても良いし、芝生を生やしても良い。畑を移動して大きくするのも良いかもしれない。買って来たトマトの苗も植えたし、畑も手狭になっているもんな。
この際全部やっちゃっても良いかと思うが、ノモスが聖域の指定の為に頑張っているので、微妙に動き辛い。
上手く聖域に指定された場合、大精霊達は実体化して生活出来るので、家が欲しいと言っている。ノモスにいたっては酒蔵を作る事も考えているっぽい。
ディーネに「お姉ちゃん、聖域になったらお家が欲しいわー」っとおねだりされた時には、自分の耳を疑った。
俺の人生で、お金持ちが愛人にマンションを買い与えるみたいな、シチュエーションが生まれるとは思いもよらなかったよ。別に愛人でも何でもないところが更にセツない。
詳しく話を聞いてみると、大精霊だからと言って他の精霊と何ら変わりなく、精霊王以外は普通に自然の中で生活していたので、無理なく実体化出来るのであれば、人間の生活を体験してみたいらしい。
豪邸を望んでいる訳でもなく、俺が岩をくり抜いて作った移動拠点のような物でも構わないらしいので、少し……かなり安心した。
しかし聖域になると思った以上に生活環境が変わりそうだな。大精霊達に人間と同じような生活が出来るのかがちょっと心配だ。
色々と考え込んでいると、いつの間にか水路の建設が最後のブロックまで到達した。四角い渦巻模様になるように、二十五ブロック全部に水路を通した。
最終的に最後のブロックからディーネが水を綺麗にして地面に戻す事になっている。せっかくだから、最後のブロックには大きなため池を作る事にしているが、密かに釣り堀みたいに出来ないかと考えている。
近くに海があるから、釣りはそっちでしたらいいとも思うが、中心の泉は綺麗なままで水路や途中の池や最後のため池には水草を定着させて、川魚が泳ぎ回れるようにしたら素敵な気がする。
「よし! あとはここに大きな泉を作れば完成だな」
「ふふ。ノモスに頼めば簡単に終わるのに、頑張るわね」
「まあ、そうなんだけど、自分で出来る所は自分でやらないと。それにせっかくここまで頑張ったのに、後は精霊のみんなに任せるってのも寂しいからね」
本当はもう一つ理由がある。このままだと完全に開拓ツールの出番が……まだ使っていない道具も沢山あるのに、精霊達の出来る事が多過ぎて、存在感がかなり薄れている。
せっかくのチートスキルなんだから、俺もどうにか活用しないと、開拓ツールに申し訳ない。何か開拓ツールでしか出来ない事って見つからないかな。魔法の鞄と攻撃以外に一つでも輝けばこの気持ちも落ち着くのに。
「まあ、精霊に頼り過ぎないで、自分で出来る事をやるのは良い事ね。裕太のそういう気持ちはとっても嬉しいわ」
このシルフィの返事を何回も聞いてるな。大事な事なんだろう。精霊に協力して貰ったり、難しい事を頼るのは問題無いけど、精霊に依存する事は駄目だって言われているんだと思う。
まあ、結構甘やかして貰ってるから、俺としては全然問題無いけど、シルフィが嬉しいと思うって事は、精霊を怒らせた人が結構いそうだよね。精霊を怒らせた人がどんな目に遭ったのか……ちょっと聞くのは勇気がいるな。
「ねえ、シルフィ。いままで精霊と契約して、精霊を怒らせた人が居たと思うんだけど、どうなったの?」
「うふふ。そんな事が知りたいの? あんまり聞いても楽しい話じゃ無いわよ?」
クールビューティ―なシルフィが、怪しく微笑みながら本当に聞きたいの? って感じで俺を見ている。
「うーん、聞くのは止めておくよ」
シルフィは微笑んでいたけど目が笑っていなかった。シルフィ自身も不愉快な事があったのか? 取り合えず背筋に悪寒が走ったので、今後、この話題は封印しよう。無駄に恐怖を感じる必要は無いはずだ。
「そう? まあ、裕太なら大丈夫でしょうし、その方が良いかもね」
親しき仲にも礼儀あり。だよね。この言葉を胸に刻んでおこう。
***
「ゆーたー」
穴を掘り、岩を並べ終わって凝り固まった腰を叩いていると、ベルがふわふわと飛んで来てポスンと俺の胸に飛び込んで来た。
「おしごとおわった?」
クリッっとした瞳で見上げてくるベル。瞳がワクワクしているのは、ため池を堀終わったら水を流すと教えていたから、待ちきれないんだろう。
「うん、終わったよ。もう直ぐ水を流すからね。レイン達を呼んで泉の前で待っていて」
ベルの頭を撫でながら、完成した事を伝える。
「やったー。べるいってくるー」
手足をワチャワチャとバタつかせた後、「きゃふー」っと声を残し、高速で飛んで行くベル。遊ぶ気満々だな。
「じゃあ、シルフィ。俺たちも戻ろうか」
「そうね。飛んで行く?」
「いや、そんなに距離がある訳じゃ無いし、体を解しながら歩いて行くよ」
腰を回しながらのんびり歩いて拠点の中心の泉に向かう。……中心の泉って言うのも味気ないな。何か名前を付けるか。
うーん、あんまり良い名前が思いつかないな。とりあえず噴水の泉で良いか。のんびりと歩き、途中でサラ達と合流して、噴水の泉に到着する。
精霊達も全員揃っているし、直ぐに水を流せそうだな。ディーネはワクワクしているし、子供達が居ると逃げてしまうノモスも留まっている。水路の完成を見守ってくれるみたいだ。
「ディーネ。完成したから水を流すよ」
「うふふー。裕太ちゃんありがとー。お姉ちゃんとっても嬉しいわ」
ニコニコ顔のディーネが俺の頭をよしよしと撫でる。よっぽど嬉しいのか何時まで経っても撫でるのを止めない。
長すぎて少しイラっとするが、親しき中にも礼儀ありと心に刻んで半日も経っていないのに、適当に扱うのはどうなんだろう?
「………………ディーネ。いつまで撫でてるの? そろそろ水を流さない?」
出来るだけイラつきを声に出さないように、優しく声を出す。……ディーネは別枠でも構わないんじゃないだろうか? 我慢していると胃にダメージを受けそうなんだけど。胃に穴が空いたらこの世界では治るんだろうか?
あっ、そう言えばドリーが精霊樹の実があれば、死んでなければ大概治るって言ってたな。胃に穴が開いたぐらいなら直ぐに治りそうだ。
「そうだったわねー。とっても嬉しかったからお姉ちゃん、水路の事を忘れてたわ」
結構頑張ったんだから忘れないで欲しい。
「はは。じゃあ、そろそろ水を流すね」
全員で森に作った池に向い、水をせき止めていた岩を収納する。
「ながれたー」「キュー」「じゅんちょう」「クーー」
水路に流れ出した水を追いかけてベル達が飛んで行く。あっ、先頭はディーネだ。いつの間に移動したんだ? 一瞬俺も追いかけようかと思ったが、結構な距離を掘り進んだ事を思い出して、止めておいた。
「師匠。俺も追いかけて良い?」
マルコがウズウズした表情で聞いて来たので頷くと、放たれた猟犬のような勢いで水を追いかけて行った。ウリも嬉しそうにマルコに追随する。マルコって狼の獣人だけあって、一応魔法職なはずの精霊術師なのに、体力が有り余ってるよね。いずれ誰か武器の先生を探した方が良いのかもしれない。
「サラとキッカも行って良いんだよ」
俺が声を掛けると、サラとキッカは首を横に振った。サラとキッカは体力温存型っぽいな。フクちゃんは水の行方が気になっているみたいだが、サラの側を離れない。だいぶ仲良くなったみたいだ。
そういえば、そろそろキッカも浮遊精霊と契約させても良いかもな。魔力的には数日前から契約出来たんだけど、安全マージンを取る為に未だに精霊と契約していない。
契約出来るようになってから、更にいくつかレベルが上がったからもう大丈夫だよな。シルフィに頼んで良い子を連れて来て貰うとしよう。
「じゃあ、俺達は新しいため池に向かうよ」
大精霊達(ディーネを除く)とサラとキッカを連れて、新しく作ったため池に到着する。水が流れて来るのを待っているとサラが話しかけてきた。
「お師匠様。ため池が完成した後はどうするんですか?」
「うーん、そろそろキッカの契約を済ませて迷宮都市に行こうかと思ってる」
「ほんと!」
おお、ちょっとビックリした。毎日一緒にレベル上げをしているからか、だいぶキッカも俺に慣れてくれたけど、こんなに大きな声を出すのは予想外だ。ギャン泣きした時以外は初めてだよな。
「本当だよ。最初は探索しやすい風の精霊か土の精霊が良いと思うから、どっちが良いか考えておいてね」
興奮気味にコクコクと頷くキッカ。ケモミミがピコピコしていてとってもプリティーだ。
「裕太。水が来たわよ」
シルフィの声で顔を上げると、ディーネを先頭にベル達が飛んで来た。マルコも少し遅れて走って来ている。もう直ぐ水が到着するな。
「サラ。キッカ。水が来るよ」
二人を促し水路を見ると、水と一緒に精霊達とマルコが飛び込んできた。なんか青春って感じだ。
綺麗な水が新しく作ったため池に流れ込み、徐々に水が溜まっていく。この調子だと水が満杯になるのは明日ぐらいになりそうだな。水路とため池が完成した喜びをかみしめながらゆっくりと溜まっていく水を眺める。
読んでくださってありがとうございます。