八十八話 ノモスの話
キッカが初めてスケルトンを倒して数日。ついにノモスが要求した面積の土地開拓が終わった。チートな開拓道具の御蔭と言えど、毎日コツコツと頑張ったので素晴らしい達成感だ。
「ノモス。土地の開拓が終わったぞ」
「おう、さっそく契約するか」
あっさりだな。俺は褒められたら伸びる子なんだが。
「ああ、頼む」
「よし、いくぞ。儂は土の大精霊、ノモス。契約を望むなら、この土玉を取り、胸に当てよ」
ん? シルフィは風玉。ディーネは水玉だったのに土玉なんだな。どぎょくじゃ駄目だったのか? 響きが何となく良くないからかな。
しかし、俺とノモスの周りの土がウネっているぐらいで、なんか地味だな。まあいいか、さっさと契約してしまおう。土玉を受け取り、心臓部分に押し当てると魔力にほどけ俺の中に吸い込まれて行く。
しかし、大精霊との契約で俺の中に吸い込まれたのって、風と水と種と土……なんか種を育てようとしてない?
「うむ。契約は成った。これで動きやすくなるぞ」
今までで一番地味に契約が終わったな。サラ達もお昼寝中だしベル達は精霊樹で遊んでいる。付き添いはシルフィだけだから、おめでとうの言葉もシルフィだけだ。ちょっと実感が湧かない。
「動きやすくって、なんの話だ? 前に言っていた聖域って話か? 契約したんだし教えてくれても良いんじゃないか?」
ずっと気になってるんだよな。聖域。ロマンがある響きと同時に厄介な響きもする。
「うーむ。そうじゃな。いずれは裕太の許可も必要じゃし、そろそろ話しても良いかもしれん。少し長くなるから茶でも出せ。酒でも良いぞ」
「真面目な話っぽいからお茶で我慢しろ。酒は夜にでも出すよ、契約祝いだ」
「そうか、夜が楽しみじゃの」
一瞬残念そうな顔を浮かべたが、夜に酒を出すと言ったらニコニコ顔になった。前から思ってたけど、酒を捧げ物にして精霊契約を申し込めば、大精霊が釣れるんじゃなかろうか。そうなったら世界がチートで溢れるな……内緒にしておこう。
………………ノモスの話を纏めると、結構凄い話だった。
端的に言うと、聖域とは精霊が保護した土地の事を言うらしい。世界に幾つかあるそうだが、世界の自然のバランスに関係する重要地点を、聖域として保護しているそうだ。
凄い話だが、この土地は元湿地帯だから井戸を掘っただけで、自然のバランスに関係する重要拠点では無いはずだ。疑問をノモスにぶつけてみた。
異世界人としての特異性と開拓に向いたツール。長い間不毛の大地だったこの場所に、生きた土地と泉が出来上がり、更なる発展が見込まれる状況。しかも精霊樹まで生えている。
不毛の大地の復活の起点として、話の持って行き方次第では、聖域として保護される可能性があるそうだ。保護されたら、人から攻められる心配とかしなくて良いらしく。面倒が無くて良さそうだな。
「聖域が凄いのは分かったけど、ノモスは何でそんなに聖域に拘るんだ?」
「うむ。聖域はな、儂ら精霊が無理なく実体化出来る場所なんじゃ。しかし他の聖域は重要な場所だけあって自由に動く事は許されておらん。じゃが、この地が聖域となれば、自由に行動できる聖域が生まれる。ようするに精霊が自由に楽しめる場所が、この世界に初めて生まれるかもしれん。燃えるじゃろ?」
「燃えるって、ここに精霊達の村でも作る気なのか? そもそも死の大地の復活は人の手で行うべきなんだろ?」
「村か。村も面白いな。それに裕太が頑張れば人の手で復活する事になるじゃろ?」
なるじゃろ? ってなんだよ。なんで俺が頑張る話になっているんだ?
「いやいやいや。ノモス。緑が増えるのは俺も嬉しいんだけど、無理に頑張るつもりなんて無いぞ。ある程度余裕が出来たらのんびりするつもりだし、元々は生き残る為の開拓であって、死の大地を復活させるとかそんな高尚な目的は無いんだ」
「分かっとる。別に無理して働けとは言わん。ただ裕太がここを捨てずに暮らしやすいように手を加えて行けば良いだけじゃ。儂らがなんぞ頼みたい事が出来れば、きちんと報酬を出すし、お主が納得したら受ければ良い」
ふむ……それぐらいなら別に問題は無いよな。この場所は結構愛着があるから捨てる気は無いし、聖域になれば、隠蔽に神経を使う必要も無い。聖域になって精霊が増えれば賑やかにもなる。
「そういえばなんでそんなに実体化したがるんだ? 別に今の状態でも不便そうには見えないぞ」
「確かに今の状態でも不便では無い。じゃが実体化するという事はこの世界との繋がりが増すという事じゃ、自由に動ける場所で実体化出来れば楽しみが多い事は分かるじゃろ?」
なるほどな。ノモスは精霊にとってのテーマパークとか保養地みたいな場所を作りたいのか。それでノモスは広いスペースの開拓を条件にしたんだな。
「ノモスがやりたい事は何となく分かったけど、聖域になったから俺やサラ達の出入りは禁止とかは困るぞ。その辺は大丈夫なのか?」
「無論じゃ。お主が広げた場所を奪うような事はせん。ただ、人を沢山連れてくる場合は、人と精霊の区域分けはして欲しい」
確かに人が沢山来たら揉め事も有り得そうだな。連れて来る予定は無いけど。
「特に人を沢山連れて来る予定は無いけど、そうなった時は区域分けぐらい問題無いよ」
俺の命は精霊に繋いで貰ったようなものだし、これで少しは恩返しできるのならなんの問題無い。
「おお、助かるぞ。ふふ。これで儂は酒蔵のオーナーじゃ。裕太。さっそくお前の故郷の酒を造るぞ!」
ヤバい。ノモスって思った以上に欲望に忠実だった。まさか自分で酒を造る為に計画したのか? 隣で話を聞いていたシルフィが頭に手を当てている。頭痛がするみたいだ。精霊なのにね。
「ノモス。落ち着けよ。まだ聖域に指定されると決まった訳じゃ無いんだろ。それよりも先に、ミスリルの精製とガラスの食器、土壌の改良を頼むよ」
「ん? そうじゃった。そうじゃったな。まだ聖域になった訳じゃ無かったわい」
こんなに上機嫌なノモスを初めて見たな。ガチでお酒を造る気だ。俺は殆ど知識が無いから基本的な事を伝えて丸投げだな。
「まずはミスリルから頼むよ。ここに鉱石を出せばいい?」
「そうじゃな。面倒じゃから一度に済ます。全部出せ」
「結構な量があるんだけど、大丈夫か?」
鉱脈に沿って気合で掘りまくったからな。迷宮内に結構な大きさの洞窟が出来上がった。
「大丈夫じゃ。さっさとせい」
大丈夫なら良いんだけど、ちょっと心配しながら魔法の鞄からミスリルの鉱石をガラガラと放出する。出しても出しても次々と出て来る鉱石。こんなに掘ってたんだな。
いくつもの小山を作り、ようやく鉱石の放出が終わった。ダンプカー何台分ぐらいなんだろう? 想像がつかないな。
「ほー。結構あるの。ちょっと離れておれ」
ノモスに言われた通りに離れると、ノモスが右手を上げて「むん」っと声をだす。バラバラだった鉱石がドロっと液状化した。鉱石が液体になるとか意味が分からん。
その液体と化した鉱石から銀色に輝く液体がゴポリと抽出されて、レンガ状に形成されて固まった。数は六つ……大量の鉱石の中からこれだけしか取れないのか。
「なかなか取れたな。他にも微量な金属が含まれておるが、価値も量も無いな。ミスリル特化の鉱石か……ダンジョンの鉱石もなかなか面白いな。おい、裕太。岩はどうする? 使うんなら加工して固めてやるぞ?」
「そうだな。ブロック状に固めてくれ。家を作るのに使えるように丈夫に頼む」
「うむ」っと言うノモスの返事と同時に、液状化している鉱石が次々と長方形に固まっていく。便利だよね。
あれ? 家の形に岩を固めて貰えば良かったんじゃ……いや、家を作る時はちゃんと自分で間取りを考えて、気に入った家を作らないと意味が無いな。木で作る家も捨てがたいし悩みどころだ。大工さんとじっくり相談したいな。
「終わったぞ」
悩んでいると大量のブロックが完成していた。本気で開拓ツールの価値が危機だ。
「ありがとう。そう言えば、ミスリルがなかなか取れたって言ってたけど、これだけの鉱石でこのミスリルの量は大量なのか?」
「うむ。かなりの大量じゃぞ。普通の鉱脈じゃと三分の一も取れたら御の字じゃ。ダンジョンの鉱石ゆえの大量じゃろうな」
「そうなんだ」
……そりゃミスリルが高いわけだ。想像では大量のミスリルを手に入れた気になっていたけど、甘かったらしい。
「次はガラスの食器じゃったな。裕太は確か砂浜の砂を持っておったじゃろう。あれを出せ」
言われた通りに砂を出すとまたまた液状化して、ガラスらしきものが液体の形で出て来る。なんか理不尽だな。確かガラスって千度以上で熱したり、他にも材料を追加したりと大変だったはずなのに……。
楽な方が良いに決まっているんだけど、目の前で簡単にガラスらしき物が作り出される事に、ちょっと納得がいかない自分が不思議だ。
「どんな形にするんじゃ?」
取り合えず目の前のガラスに集中するか。ガラス食器が欲しいって言ったのは俺なんだし、簡単に出来る事は良い事だ。
そこからが意外と時間が掛かってしまった。普通のコップとお皿は問題無く完成したが、ビールジョッキ辺りから雲行きが怪しくなってきた。
うっかりお酒はグラスでも味が変わると俄か知識を披露したら、ノモスが食い付いてしまった。
だいたいの形しか覚えていないと何とか押し切ったが、ノモスは自分で研究するつもりみたいだ。クリスタルガラスとか教えたらどうなるんだろう? 確か鉛を入れたら出来るんだったか? ……これも先送りにしておくべきだな。ノモスにお酒関連の話は危険だ。
食器作りが終わり、今度は土を混ぜ合わせて貰う。俺が開拓した範囲内全てが生きた土に変わり、赤茶けて乾いた土が無くなった。ここだけ見ると誰も死の大地とか思わないだろうな。
しかし想像以上に時間が掛かったな。そろそろサラ達にご飯を食べさせて、レベル上げに行かないとな。
読んでくださってありがとうございます。