八十話 噴水の完成
シルフィに頼んで近くの岩山まで飛んで行く。住居用の大きな岩を切り出し、俺用の部屋は簡単に完成させる。ちょっと手抜きだけど、仮の住居のつもりだから問題無い。次は噴水作りだな……いや、その前にサラ達がちゃんとお昼寝しているか様子を見に行くか。
移動拠点に戻り寝室を覗くと、サラ、マルコ、キッカがワラのベッドでスヤスヤと眠っている。問題無さそうだな。ベルが気を利かせてくれたのか、部屋の中は緩やかに風が吹いている。これなら暑さも少しはマシになるだろう。安心して外に出ると、遠目に竜巻が見える。
「ねえ、シルフィ。あれってベル達の魔法だよね?」
竜巻の自然発生が起こってもおかしくない場所だから、地味に判断がし辛い。
「ええ。フクちゃんとウリに魔法を教えているはずなんだけど……竜巻の中で皆で遊んでるわね。楽しくなっちゃったのかしら?」
遊んでいるのか。まあ、危険がないのなら問題ない……のか? 竜巻に近づいて行くと、竜巻の中でグルグルと風に流されながら、キャハハっと笑い声をあげているベル達。
フクちゃんとウリも一緒になって遊んでいる。うーん、仲良くなったのなら良いか。俺がボーっと見ている事に気が付いたベル達が、竜巻の中から飛び出して来る。
「ゆーた。べる。たくさんまほうおしえたー」「トゥルもがんばった」「キュキュー」「クーーー」
俺の頭や腕、胸元にしがみついて、一生懸命報告するベル達。これは褒めろって事だよな。
「しっかり魔法を教えてくれたんだね。ありがとう」
そう言って褒めて褒めてとしがみついて来るベル達を撫でまわす……あれ? なんでフクちゃんとウリも混ざってるんだ? 頑張ったから褒めろって事なのか? まあいい。取り敢えず撫で繰り回せるだけ撫で繰り回そう。俺にとってもご褒美だ。
戯れるだけ戯れて、満足した後に教えた魔法の内容を聞く。基礎的な魔法は全部教えたそうだ。
フクちゃんとウリに魔法の威力を見せて貰うと、十分にゾンビとスケルトンに通用すると、シルフィのお墨付きを得た。これで夜からのレベル上げも問題無いだろう。
サラ達が起きるまでは遊んでおくように言って、ベル達と手を振って別れる。さて噴水を作るか。ディーネにも色々聞いておくか。
「ディーネ、ちょっと良い?」
「あら、裕太ちゃん。何かしら?」
「噴水を作るんだけど、一本の大きな水が出るのか何本も沢山の水が出るのか、どっちが良い? ちなみにどっちを選んでも仕掛けとか出来ないから、ディーネが水を送る事になるけど」
高低差を利用してとか、水に圧力をかけるとかは、最初から出来ないと割り切ろう。幾ら便利な道具があったって、試行錯誤して噴水を作る程の根性は無い。
「お姉ちゃんは水が色んな所から沢山出る方が良いわ。水を出すのはお姉ちゃんに任せておいて」
ドンと右手で胸元を叩くディーネ。この仕草をベル達は覚えたんだな。プルンと揺れた物体には目を奪われたが、凝視しているとシルフィが怖いので即座に目を逸らす。
「分かった。他に何かある?」
聞いたのが間違いだった。怒涛のようなリクエストが俺の耳を通り抜ける。最初は真面目に聞いていたが途中から聞くのを諦めた。ディーネは俺のことを天才建築家とでも思っているのだろうか。
「殆ど出来そうに無いけど、俺なりに頑張るよ」
それだけ言ってディーネから足早に離れる。あのままだったら噴水の為にお城を作ろうとか言い出しかねない勢いだった。身振り手振りのやり方がベルにそっくりなのが、精神年齢の残念さを表している気がする。
「ねえ、シルフィ。言われたこと殆ど出来ないんだけど、ディーネは納得すると思う?」
「あの子は、ああいう子だからその場の雰囲気に流されるわ。傑作だと言って押し切りなさい。深く考えるだけ無駄よ」
うーん。ディーネの気分次第って事か。シルフィの面倒そうな表情は、何度かディーネの気分次第の行動で苦労した事があるんだろうな。いま、その苦労が俺に向けられているのがちょっと気にかかる。契約したらどうなるんだろう?
外見はドストライクなんだよな。まあ、冒険者ギルドの受付嬢のエルティナさんも雑貨屋のマリーさんも外見はドストライクなんだけど……エルティナさんには蛇蝎のごとく嫌われていて、マリーさんは守銭奴というか何と言うか……。
出会いが欲しい。切実に出会いが欲しい。ハーレム以前の問題だな。冒険者ギルドでのテンプレは起きたのに、襲われている馬車を助けたらお姫様が出て来るという、テンプレイベントが起こらない事に、悲しみを覚える。
「裕太。どうしたの?」
「ん? なんでも無いよ。噴水をどう作ろうか考えていただけ」
シルフィもとってもクールビューティーで、外見は間違いない。優しいし沢山助けて貰っている。でも偶に垣間見える、享楽的と言うか何と言うか……こう……おもしろければ、大概の事は問題無い的な精神がちょっと怖い。
「裕太。何か、よからぬことを考えてない?」
シルフィが疑惑の視線を向けて来る。……余計なことは考えないで噴水を作ろう。異世界なんだまだまだ美女と出会えるテンプレは残っている。今は噴水に集中だ。
「考えて無いよ。だいたい方針は決まったから作り始めるね。あっ、噴水を作る所を見られると恥ずかしいから、海の拠点に連れてってくれる」
「良いけど、恥ずかしいの?」
「うん。自信が無いんだ。それにここで作るとディーネが乱入して来そうだし」
「あー、それは間違い無いわね」
シルフィが見ている方向を見ると……うん、ディーネが覗いている。作り出したら口を出す気満々だな。
「シルフィ。おねがい」
「じゃあ、行くわよ」
シルフィに風の繭で包んで貰い海の家に向かって飛び立つ。歩くと時間が掛かるが、シルフィに連れて行ってもらうと数分だ。飛べるって超便利だよね。なんかディーネの声が聞こえた気がするけど、気のせいだろう。
直ぐに海の拠点に到着する。さっさと噴水を作ってしまうか。夜にはレベル上げも行かないといけないしね。
まずは井戸から出ているパイプの延長だな。岩とハンドオーガーを取り出して、井戸に埋めた岩のパイプと同じ物を作成する。
岩のパイプと岩と岩のパイプの接続部分から水が漏れる気もするが、そこら辺もディーネに丸投げしよう。大精霊なんだから大丈夫なはずだ。
そもそも大精霊なんだから、噴水なんて作らなくても水を自由自在に操れるだろうに……無理やり条件を絞り出して、噴水を作れと言い出したとかはやめて欲しいな。
なんとなく有りえる気がするから、問い詰めるのは止めておこう。本当にそんな理由だったら、凹むもんね。何かやむにやまれぬ重大な理由が隠されている事にしておこう。その方が精神的に楽だ。
次は……大きな岩から下のパイプにピッタリはまるように窪みをつけて、割れないように上から、半径二十五センチ。半径五十センチ。半径一メートルの円柱型の岩を削り出す。高さは全部一メートルあれば良いか。この円柱型の岩が三段で高さ三メートル。なかなか立派な噴水が出来そうだ。
一枚岩からの削り出しだから水漏れの心配も無い。次は段差毎に水が溜まるように凹みが欲しい。深さは三十センチもあれば良いか。あまり掘り過ぎると強度が心配だ。
魔法のノコギリ。魔法のノミ。魔法のカンナを使い、水を出したい部分は岩を残しながら、出来るだけ表面が滑らかになるように凹みを作る。部屋を作る時にも思ったけど、薄皮を剥ぐように岩が削れるカンナって凄いよね。
………………これで大まかな形は完成した。後は水を出したい場所にハンドオーガーで穴を開ければ良いだけだ。
一番上の段は太い水が出た方が良いよな。ここはど真ん中に直径三センチぐらいの穴を開けて、その下の段からは、凹みの真ん中に残しておいたリング状の岩に、強度が心配なので一センチほどの穴を、等間隔にハンドオーガーで開けていく。
ただ、高さが三メートルもあるので、ど真ん中の穴はハンドオーガーの長さが足りず、かなり焦った。最終的にシルフィに風で岩を持ち上げて貰い、ど真ん中に上と下からハンドオーガーで穴を掘る事で、何とかした。
シルフィの力は信頼しているが、風で浮いている大きな岩の下から穴を開けるのはちょっと怖かった。噴水を横にしようかとも思ったが、なんかポッキリ折れそうな気がしたので止めておく。強度計算とかしてないのに無茶はダメだ。
「シルフィ。これで完成なんだけど、どう思う?」
「うーん。裕太が一生懸命に頑張っていたのを見ていたから、言い辛いんだけど……ちょっと地味かしら」
シルフィの言葉を受けて、もう一度マジマジと自分で作った噴水を確認する。……確かに地味だ。大きさは中々の物なんだけど、飾りも模様も無い岩の塊。
確かにこれだと厳しいかもな。ディーネが身振り手振り満載で、どんな噴水が良いのかを語っていた姿を思い出すと、相当期待しているだろう。
「ディーネは納得しない……よね?」
「あの子、自分でドンドン期待値を上げてたから、もう少しなんとかしておかないと、言葉で煙に巻くとしても、面倒そうね」
勝手に期待して、勝手にハードルを上げているのか。となると、飾りを作るのは難しいとしても、模様ぐらい彫った方が良さそうだ。
「うーん。分かった。もう少し手を加えてみる」
……噴水に模様をつけるのか。小学校の頃から、美術を褒められた事が無い俺としては、ある意味恐怖を覚えるな。器用のステータスは高いが、芸術的なセンスは関係なさそうだし、どうしたものか。
センスが無い場合、凝れば凝るほどおかしな方向に突っ走ってしまうのは学習済みだ。滅茶苦茶気合を入れて頑張ったあの絵……なんかゴチャゴチャしているって言われた時の悲しみは忘れられない。
難しい事をしようとせずに、等間隔に縦線を入れて陰影をつけるか、三角形を掘り込んで何となく幾何学的な模様をつけるかが限界だな。どっちを選ぶか……。
俺に芸術の才能があれば、ドラゴンとか精霊とか彫りこむのに。ステータスを確認しても当然のごとく芸術関連のスキルは生えていない。まあ、分かってたけどね。よし! 縦線だ。俺にとって三角も失敗する可能性が高い。
何となく悲しい昔を思い出しながら、無難な方法を選ぶ。これが大人になったって事んだろうな。シミジミと妙な哀愁を味わいながら噴水に縦線を入れていく。
何とかブレずに真っ直ぐ線を彫り続け終わり、噴水が完成した。うーん、何もしないよりは良くなった気がする。これが俺の限界って事でディーネに見せに行くか。不満を言われたら頬っぺたを抓ってやる。
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