七十七話 戻りました
サラとフクちゃんの精霊契約が終わった。次はマルコとウリだな。
「マルコ。サラの契約を見ていたら分かるだろうけど、何も起きないからね。じゃあ名前を付けてあげてね」
マルコの表情を見れば分かる。あれは思ってたのと違うって表情だな。とても共感できる。
「えーっと、わかった。土の精霊の名前はウリだ。この名前でいいか?」
目の前の土の精霊のウリは、ちっちゃな前足を空中で動かしながら頷いている。問題は無いらしい。
「ウリも名前を受け入れたよ。これで契約成立だ。サラもマルコも契約したフクちゃんとウリと、出来るだけコミュニケーションを取るようにね。まあ、まだ作業があるから、時間がある時にだけど」
「分かりました」「わかった」
契約を無事に済ませ、再び土と木の回収作業に戻る。合間の休憩時間には名前を呼んで会話を試みている。キッカも兄が契約した精霊に興味があるのか、偶に小さな声で質問に参加している。良い感じだ。
ひたすら土を掘り回収して、虫は袋に入れる。合間に木を間引き回収する行為を延々と繰り返し、十分と思われる量の土と虫を確保した。木は多すぎるぐらいに集まったので加工が大変そうだ。
「ようやく終わった。今日はもうゆっくりしたい気分だけど、ゆっくりしてると虫が死んじゃいそうだから、今から死の大地に出発するね。サラ。マルコ。キッカは疲れているだろうから、飛んでいる時は出来るだけ体を休めるように」
「師匠。ちょっと待ってくれ。休むのは問題無いけど、死の大地って言わなかったか?」
説明してなかったっけ? ……説明が面倒だから、逃げられないし連れて行って直接見せれば良いやって思って、説明を省いた気がする。ポロって言っちゃったな……失敗した。説明しないとダメかな? ……ダメなんだろうな。なるべく平気な雰囲気で軽く説明しよう。
「うん。言ったよ。心配しなくても良い。死の大地には俺が作った拠点があるから、しっかり生活出来るよ」
「そんなの無理だ。俺でも死の大地のかこくさは知ってるんだぞ」
やっぱり信じて貰えない。こうなるのが面倒だったから説明を省いてたのに。サラ達の顔が不信感でいっぱいだ。俺のバカ。
そこからは自分がやって来た事を一から説明して、シルフィやベル達にも力を見せて貰って何とか説き伏せた。余分な時間を使ってしまったな。しかもまだ完全に信じられて無い。疑惑の視線が切ないです。ちょっとは信頼されてたんだけどな。
まあ良いや。見たら信じるしかない。やっぱり行くのをやめるっとか言い出さない内に出発してしまおう。
「ベル達は向こうに付いたら呼び出すから、フクちゃんとウリと森で待っててね。じゃあシルフィ。お願いね」
ん? 送還すればベル達を待たせる事も無いか……いや、フクちゃんとウリが居るからな。一緒に待っていてもらった方が良いだろう。
「ふふ。了解。じゃあ行くわね」
シルフィの言葉と同時に風の繭に包まれて俺。サラ。マルコ。キッカ。四袋にもなった虫の袋が浮かび上がる。
行ってらっしゃいと手を振るベル達に、俺も手を振って死の大地に向かって出発する。
***
「サラ。マルコ。キッカ。あそこが俺が作った拠点だよ」
自然が見えている間は落ち着いていたが、何も無い荒野に入るとサラ達の顔色が悪くなった。死の大地を見て、自分達が本当に死の大地に入る事を自覚したからだろう。
それでも帰るとか、元の場所に戻してくれとか言い出さなかったのは、俺に対する信頼か単なる諦めか……どっちなんだろう。まあいい、キッカも寝てしまったしさっさと降りるか。
「まっくらで何も見えない。師匠。本当にだいじょうぶなのか?」
……えっ? ……あー、そうか。俺は夜目を持っているから見えるけど、サラとマルコには暗くて分からないか。明るい時間に到着するように調整した方が良かったかな?
「暗くて見えないか。明日、明るくなったらまた上から見てみようか」
ちょっと失敗したかと思いながら拠点に降り立つと、ディーネが突っ込んできた。
「裕太ちゃん。おかえりー。お姉ちゃん寂しかったわー」
そう言いながらギュって抱きしめて来た。十日やそこらで大精霊が寂しいとか言うのも変だと思うんだが。
「ほらディーネ。裕太は他にも子供達を案内しないといけないんだから、離しなさい」
シルフィが俺からディーネをひっぺがす。ちょっと残念に思ったのは心の奥底にしまっておこう。
「子供? あら? 痩せてるけど可愛い子供達ね。どうしたの?」
「あー、ディーネ。あとで説明するからちょっと待ってくれ。取り敢えずディーネ。ノモス。ドリー。ただいま。この子達の事はあとで紹介するよ。今は夜も遅いから寝かせたいんだ」
キッカは完全に眠ってしまって何とかマルコが背負っている状態だからな。
「うむ。その状態は子供には辛かろう。儂らは後で良いから、さっさと寝かせてやれ」
ドリーも頷いてくれたので、移動拠点を出して寝かせる準備をする。と言っても光球を浮かべ、寝室の砂のベッドを収納して、家具屋で買ったワラのベッドを三台並べるだけだ。もう一つ部屋を作らないと俺が寝る場所が無いな。
魔法の鞄から拠点を出した事で、サラとマルコが驚いて質問してくるかと思ったが、疲れたのか諦めたのか普通にスルーされた。ちょっと寂しい。
「サラ。マルコ。キッカを此処に寝かせて二人も今日は休むと良い。でもフクちゃんとウリは召喚しておこうか。ここに来てくれって思いながら名前を呼べば来てくれるからね」
サラもマルコも直ぐにフクちゃんとウリを召喚した。俺も一緒にベル達を召喚する。
「ゆーたー」「キュー」「きた」「クー」
召喚するとベル達がピトっと引っ付いて来た。寂しかったのか? 取り合えず撫で繰り回す。
「師匠。何してるんだ?」
弟子が呆れた声で聞いて来る。
「……あー、ちょっとベル達と遊んでたんだ。気にしないでくれ。サラとマルコも出来るだけ精霊と仲良くするようにな。精霊術師は精霊と仲が良いのが一番大事なんだ」
そう言えば、俺が精霊に触れるってちゃんと説明してないもんな。気配を感じる事は出来るから一人でパントマイムをしているとは思わなかっただろうが、見た感じでは一人でおかしな行動をしている大人にしか見えないよね。
「わ、わかった」
「はい。お師匠様」
えー。俺もあんなことするの? って気持ちが弟子たちの顔から読み取れて凹む。
「ま、まあ、今日はもう遅いから、サラもマルコも寝ると良い。明日、ここを案内するからね」
お休みの挨拶をして寝室を出る。普通なら岩で出入口を塞ぐんだが、閉じ込められたら子供達が不安になるだろうから、止めておこう。
よく考えたらドアも買って来るべきだったな。手に入れた木を加工して何とかするか? 蝶番とか無いし次に迷宮都市に行った時に頼んだ方が無難だな。さて皆に報告をするか。
「改めてただいま。何か変わった事は無い?」
「お帰り裕太ちゃん。大丈夫! 何も無かったわー。いまシルフィちゃんに聞いたんだけど、大変だったのね」
ディーネが慰めてくれる。どうやらシルフィが迷宮都市であったことを簡単に説明しておいてくれたらしい。助かるな。
「儂も冒険者の事なぞ気にしておらんかったから知らんかったわい」
「私も精霊術師がそこまでバカにされているとは知りませんでした。浮遊精霊や下級精霊にとっては、成長に時間が掛かってしまう事になりますね」
ノモスもドリーも知らなかったのか。知ろうと思えば知れたんだろうけど、興味が無いと分からないよね。
「あはは、まあ、ちょっと驚いたけど、今のところ楽しくやっているから問題無いよ。精霊術師の弟子も連れて来たから、いずれは見る目も変わると思う。それより虫を運んで来たんだけど、どうしよう?」
冒険者ギルドに対する嫌がらせの準備をしていると、テンション上がっちゃうんだよね。でも暗い悦びは此処には持ち込まないで爽やかに生活しよう。アンデッドだらけだけど。
それより心配なのが畑に良くない虫とか運んで来てたら最悪だよね。元々虫に詳しく無いのに、異世界だから更に良く分からん虫で溢れていて、どうしたら良いのかさっぱりわからなかった。どんな虫にも環境に有益な部分はあると思うけど、最初は慎重に行動したい。
「ふむ。虫はしぶとい。明日、トゥルとタマモに確認しながら森の予定地に放すとええじゃろう。裕太が儂と契約したら土は満遍なく混ぜ合わせてやるでな」
混ぜ合わせて虫は潰れないんだろうか? いやそれよりも虫の選別か。結構大きめの布袋で四袋。土も入っているとは言え、相当な数の虫が……まあ、頑張るしかないんだろうな。
「じゃあ、虫は明日だな」
「そうだったわ裕太ちゃん。お姉ちゃんね、ちゃんと契約の条件を考えたのよ!」
胸をはって物凄いドヤ顔してる。シルフィが俺に注目してるから目線を下げるのは危険だな。ちょっとドヤ顔にイラッっとするが、顔に視線を固定するのが正解だろう。
契約の条件か。確か水路の建設が最後になるのが嫌で、別の条件を考えるんだったな。二度手間で面倒だけど精霊王の怒りを買うとか勘弁して欲しいから、諦めるしかない。
「どんな条件を考えたの?」
お願いだから簡単な条件であって欲しい。
「泉が寂しいから、噴水を作って欲しいの」
「無理」
「えー、なんで? お姉ちゃんのお願いなのに」
「そんな事言われても、噴水の作り方なんか知らないし無理だよ」
噴水ってかなり昔からあったのはテレビで見た事があるから、技術的には可能なんだろう。でも水の高低差を利用するとか、ポンプで水の圧力を高めて噴出させるとか知っていても、それとこれとは別だ。野球の投球フォームを知ってるからって百六十キロは投げられないよね。
「お姉ちゃんがいるから大丈夫。噴水の形を作ってくれるだけで良いの。そうしたらお姉ちゃんが水を出せるから」
……噴水の形だけなら何とかなるか?
「うーん。それなら出来ない事も無いけど、水が汚れそうだよね。それに芸術的な物は出来ないよ」
「水が汚れてもお姉ちゃんが綺麗にするから大丈夫。芸術的なのは……うーん、取り敢えず裕太ちゃんが作ってくれれば良いの。ダメそうだったら後で芸術的なのを作って貰って交換すれば良いと、お姉ちゃんは思うわ」
いや、普通ここは俺が頑張って作ったのなら、それで十分だって言う所じゃなかろうか。それに噴水にとっても拘ってるし……とてもくだらない理由がある気がする。問い詰めるべきなのか?
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