七百八十二話 まさかのシステム
タマモが自分の花畑スペースで花の種を芽吹かせ、天樹の妖精マンションに妖精を案内する。事前調査の結果が功を奏したのか、おおむね満足してくれた様子でホッとしたが、信頼していたマルメロが絶対ではない現実を目の当たりにして不安にもなった。
「それでラエティティアさん、どのあたりに精霊樹の脇芽を植えますか? ウッドデッキ周り、俺的には精霊樹か俺達の家に近い場所が良いかな? と思っています」
妖精を解放した不安を抱えながら、ラエティティアさんと向き合う。ラエティティアさんは母性溢れるタイプなので、少しホッとする。
「そうですね、では、サクラちゃんの精霊樹に近いところでお願いします。まあ、裕太さんが居る時は裕太さんの家に近い方が便利な気がしますが、私が傍に居た方が良い時は裕太さんが居ない時ですからね」
なるほど、俺達が楽園に居る間、サクラは基本的に俺達の傍に居るかベル達と飛び回っているかだからな。
サクラが寂しいのは俺達が楽園を出ている時になる。
サクラに本当に必要な時を考えてくれているのが、とても嬉しくありがたく感じる。
サクラもその気持ちが伝わっているのか、ラエティティアさんに抱っこされながら上機嫌に〝あうあう〟言っている。可愛い。
「では、この辺りでどうでしょう?」
ウッドデッキの拠点とサクラの精霊樹の直線上、ここなら精霊樹はもちろんテントあたりも良く見える。
俺は最近忙しくてほとんど活用できていないが、気合を入れて作ったドラゴンテント達はベル達やジーナ達に大いに活用されている。
グランピングをイメージして作った場所なのに、チビッ子達の秘密基地と化していることに虚しさを覚えなくもないが、俺が落ち着いた時にしっかり活用すれば問題ない。
まあ、俺がグランピングを楽しむ前に、精霊王様達を招いた宴会を開くことになりそうだけどな。
……グランピングを楽しむ前に、グランピングの経営者側に回ってしまったようで複雑な気分だ。
俺が求めていたグランピングはこれじゃない。
「そうですね、この位置は正面すぎて落ち着かないので、この辺りにお願いできますか?」
ラエティティアさんは俺が単純に精霊樹とテントを直線で結んだことに気が付いたようで、その直線から割とズレた位置を指定してくる。
精霊樹って植物の中では王様クラスな木だし、正面に配置されて落ち着かない気分になるとは予想外だった。
いや、ラエティティアさんの性格と目的を考えると当然の選択かもしれない。
サクラの面倒をみる、それが主な目的なのは間違いないけど、エルフ達の注目から逃げて楽園に来ている部分もあるっぽいからな。
あのエルフ達、性格が悪い訳では……精霊樹や認めた相手には性格が悪い訳ではないけど、同時に精霊樹に対する尊敬の念というか執着が凄まじい。
あと、長生きしまくっている影響か長老衆の話が凄まじく長いし、ラエティティアさんも落ち着ける場所が欲しいのだろう。
「分かりました。では、こちらに植えますね」
精霊樹とテントを結んだ直線から十メートルほど左にズレた地点に決定する。
「ドリー、直接植えてしまってもいいかな?」
一緒に来ているドリーに最終確認する。
ちなみにベル達や弟子達には解放された妖精達の監視……もとい案内をしてもらっているので、タマモを除いてこの場には居ない。
大精霊達もシルフィとドリーが一緒なだけで、他はそれぞれ自分の領域に戻っている。ディーネを除いて。
ディーネはあれだ、ヘーゼル君とマルメロちゃんの関係に興味津々な様子だったので、たぶんどこかで出歯亀をしていると思う。
一応止めはしたのだが、あまり我慢させると出歯亀どころか直接合流しかねないので、遠くから見守るのは許可するしかなかった。
ちょっと前にディーネの機嫌を損ねていて、強く出られなかったのが敗因だ。ヘーゼル君、マルメロちゃん、ごめんね
「そうですね、精霊樹の脇芽を生長させるには少し栄養が不足気味ですので、種を植える場所の土を入れ替えた方が良さそうです」
この辺りは開拓当初から手を入れているから悪い土ではないはずだが、長く活用して周囲に植物も増えたから、精霊樹の脇芽というスペシャルな木の急成長には耐えられないようだ。
初期のころから色々と育ていたが、土地を豊かにするサクラの精霊樹もあるんだけど、まあ、ドリーの言うことは間違いがないし従っておこう。
サクラの脇芽を植えている場所は森だから、今のところ大丈夫なんだろう。まあ、いずれ土の栄養補給を頼まれることになりそうだが、魔法の鞄にはそれに耐えられるだけの物資が揃っているので問題ない。
開拓ツールから魔法のシャベルを取り出し、巨大化させてドリーに確認しながら土を入れ替える。
開拓ツールの出番が少ないのって、性能が優秀過ぎてすぐに作業が終わるからかもしれん。土の入れ替えなんて、巨大化させたシャベルで数回掬えばあっという間に終わってしまう。
そこに魔法の鞄から取り出した栄養豊富な森の土を投入すれば完成だ。
「裕太さん、お願いします」
ラエティティアさんから精霊樹の脇芽を手渡された。どうやら俺に植樹させてくれるらしい。
光栄なことなのだけど、そのまえにラエティティアさんが脇芽をどこから出したのかが気になった。
サクラの時を考えると、脇芽は本体から生やすんだよね? 今更だけど、脇芽は物質で、でも、ここにあって、なら精霊樹間での移動は物質も移動できるってこと?
「ラエティティアさん、精霊樹どうしなら物も運べるんですか?」
流通の概念が変わる……まではいかないか。精霊樹の数が少なすぎるもんね。でも、楽園とエルフの国との交易くらいはできそうだ。
それを知っていればラエティティアさんにお土産とか渡せたんだけど、物の移動は無理だと思い込んでいたから考えすらしていなかった。
「ふふ、物の移動は無理ですね。精霊樹の脇芽が運べるのは、それが本体の一部だからです。お酒や食べ物の移動は難しいですね」
俺の考えていることが分かったのか、微笑みながら教えてくれるラエティティアさん。
そうか、少し残念だが仕方がないな。
おっと、本題は物の移動ではなく植樹だった。疑問が解決したことで受け取った精霊樹の脇芽に意識が戻る。
サクラの脇芽の時も思ったけど、やはり植物としての格が違うのか、脇芽なのに存在感が強い。
梅の木になると知っているからかもしれないが、花も咲いてもいない脇芽の状態なのに、梅の香りがするような気持になってくる。
その脇芽を入れ替えた土に植える。どんなに凄い植物であろうとやることが同じなことに少しホッとする。
「ドリー、これでいいかな?」
「はい、問題ありません。では、適切な大きさまで育ててしまいますね」
適切な大きさ……ラエティティアさんの脇芽だから健やかに生長してほしいが、現実味のあるサイズであることを願いたい。
さすがにサクラの精霊樹ほど大きくなったりしないよね?
俺とシルフィとタマモとラエティティアさんが見守る中、ドリーが脇芽にそっと手をかざす。
早送り動画を見るような速度で生長する脇芽。
枝が広がり葉が茂り幹が太くなり、そして花が咲く。
綺麗だ。
梅の花の色は白。
ラエティティアさんに聞かれた時、白やピンクや濃い赤など色々な梅の花を思い浮かべたのだが、ラエティティアさんは白を選んだようだ。
ピンクだと桜と被ると思ったのかな?
でも白い梅の花は凛とした雰囲気を感じるので、大満足だ。なにより、木のサイズが常識的なところが素晴らしい。安心して見ていられる。
そして梅の花と桜の花を同時に見ることができる贅沢。
日本でも見られる場所があるかもしれないが、俺の中では梅の花はまだ肌寒い時期に咲き、梅の花が終わって少し経って桜が咲くイメージだから本当に贅沢だと思う。
「裕太さん、この木はサクラちゃんの精霊樹と違って花が散り、そして実が生ります。その後、また花が咲きますがその花は裕太さんが思い浮かべた色に変わりますので、可愛がってあげてくださいね」
ラエティティアさんが白を選んだのだと思っていたが、まさかのカラーチェンジシステムだと!
色々と楽しめてお得な気もするが、なんだか違う気もする。
……まあ、いいか。風情がどうのこうのと思いはしたが、一瞬で花を咲かせて実が生るまで成長しているんだし、そもそも本物の梅の木ではなく精霊樹の脇芽なんだからこんなこともあるよね。
「はい、大切にします。まあ、俺は見守るだけで手入れなんかはドリーとタマモに任せることになると思いますが」
「くぅ!」
「うふふ、タマモちゃんにお任せすれば大丈夫ですね。ドリーさんもよろしくお願いします」
俺の言葉にタマモが元気よく反応すると、ラエティティアさんが優しくタマモに信頼の言葉を掛けながらナデナデしてあげている。なぜか一緒にサクラもタマモを撫でくり回しているが、まあ、タマモが喜んでいるから良いのだろう。
その隣でドリーも優しい表情で頷いているので、この梅の木が完璧に管理されることは約束されたも同然だな。
それにしても梅の木か……梅干し、作り方は知っているが知っているだけなので不安がある。ただ、俺のあやふやな知識でお酒や味噌や醤油を作り上げる大精霊達が居るから、まあ、なんとでもなるだろう。
……梅酒……いかん、考えるな。下手にお酒のことを考えると、梅干し予定の全ての実が全部梅酒に変わりかねない。
日本に居た頃も梅干しは嫌いじゃなかったが、好んで買うほどでもなかった。
コンビニやスーパーでおにぎりを買う時もツナマヨやシャケあたりを手に取るのが普通だったし、それだけで満足できていた。
弁当に梅干しが入っていて、やっぱり梅干しは美味しいなと思うくらいの印象でしかなかった。
それなのに今の俺は梅干しを無性に欲している。今が不幸だと思ってはいないが、心のどこかで故郷を求めているのだろうか?
あと、お弁当のごはんに埋まっている梅干しをとった後の、ごはんに梅干しの色素が付着した部分。
あそこって妙に美味しく感じるのが不思議だ。
梅干しを齧ってご飯を口に入れれば似たような感じになるはずなのに、なんか違うんだよね。凄く不思議だ。
読んでいただきありがとうございます。




