七百七十七話 妖精達とのお茶会
ジューン姫率いる先遣隊の妖精達の来訪を明日に控え、俺は急ピッチで準備を進める。妖精のタワーマンションを用意しようとして断念し休憩所にランクダウンするなど、全てが思い通りになった訳ではないがやれることはやった。あとは出迎えるだけ……だったのだが、出迎えの席で既に三人が消えていた。先行きが不安でしかない。
「ジューン姫、念のために聞いておきますが探す必要はありますか?」
本来であればホスト役の俺が放置を決断するのは違うのだろうが、この場合は探すだけ時間の無駄というか、逆効果になりかねない気がする。
シルフィが場所を把握しているが、その三人の妖精の対応をしている間に、他の妖精達が消えている可能性が非常に高い。
シルフィに頼めば一瞬で連れて来てくれるだろうし、席に縛り付けることも可能だろうが、一応お客様なのでそんな対応は避けたい。そうなると説得に手間がかかり、予想が現実のものとなるだろう。
それでも一応確認したのは、それが礼儀だと思ったからだ。
「連れ戻そうとするだけ無駄だから探す必要はないわ。それよりもお茶会を始めましょう。みんな待ちかねているわ」
待ちかねているというか、既に用意したケーキに顔面を突っ込んでいる妖精が何人か居るのですが? あの子達が甘味に釣られた妖精なのかな?
できれば楽園食堂で働く妖精ではないことを祈りたい。絶対につまみ食いをするぞ。
「分かりました。では挨拶を、と言っても長々と挨拶をしてしまうとアレなので簡単に。お代わりは用意してありますので、思う存分楽しんでください」
俺の適当な挨拶で顔合わせのお茶会が始まる。
今回はいつものメンバーに加えて二十七人の妖精と、普段は参加しない大精霊とラエティティアさんも加わっているので、かなり賑やかなお茶会だ。
そしてお茶会が始まる前に、ラエティティアさんからラエティティアさんの精霊樹の脇芽も頂いた。
脇芽なのに既に梅の素晴らしい香りが漂っており、成長した梅の花がとても楽しみに思える。
たぶん、お茶会が終わったら制御不能になるから、その後でラエティティアさんと場所を確認しながら植樹することにしよう。
出会って数分だが、妖精達をコントロールすることは諦めた。怖がられても良いから、変わり者ではなく臆病な妖精に来てほしかったな。
ん? なにやら凄く小さな本を持って食事も摂らずに話し合っているグループが居る。
「ジューン姫、あちらの妖精達は?」
「え? ああ、あの者達は学者や研究者の類ね」
……なるほど、妖精の学者や研究者という言葉に違和感を覚えなくもないが、一つの世界なのだからそういう職業に就く妖精が居るのも当然だな。
まあ、俺の中で妖精はファンタジーな存在だから、現実的な職業の話を聞くと違和感が酷いが……。
ん?
「あの、ジューン姫、研究していただくのは構わないのですが、醸造に関しては問題ないのですよね?」
いや、妖精は元々花蜜を保存しているだけで、妖精の花蜜酒が生まれるのは結果論でしかないらしいから醸造というのは少し違うのか?
「そのことについては心配ないわ。というかあの学者と研究者たちは植物や発酵についての専門家だから、醸造についてもかなり役に立つはずよ」
おお、専門家なのか。そう聞くと、奇行が多い先遣隊の妖精達が心強く……は思えないな。専門家や研究者も必要だろうが、欲しいのは真っ当な感性の職人だ。
偏見だが、専門家や研究者ってマッドな一面を持ち合わせている気がするから、特殊な妖精の花蜜酒が生まれそうで怖い。
妖精の花蜜酒がこの世界に溢れているのならともかく、希少どころか存在すら疑問視されている現状ではオーソドックスで美味しい妖精の花蜜酒を造る職人の方がありがたい。
まあ、贅沢を言える立場ではないから仕方がないか。奇人でも変人でも、来てくれただけありがたいと考えよう。
「妖精界では植物の研究が盛んなのですか?」
俺がそんな失礼なことを考えていると、ドリーがジューン姫の話に食いついた。そうか、森の大精霊として妖精界の森や植物に興味があるのも当然だな。
「え、ええ、妖精界では自然が大切にされているから、それに関わる専門家は多いわね」
少し緊張気味で言葉を返すジューン姫。
奔放なジューン姫でも、やはり大精霊相手だと緊張するのかな? と、思ったが、シルフィとはバチバチにやりあっているんだよな、ジューン姫。
もしかしておてんばタイプのお姫様だから、深窓の令嬢タイプが苦手なのかな?
まあ、そんなジューン姫の様子を気にも留めずに質問を重ねるドリー。この質問の嵐が終わったら直接学者たちに話を聞きに行きそうだな。
「む、研究者や専門家ということは、味の変化についても研究しておるのか?」
あ、珍しくノモスが話題に食いついた。
ノモスはこういうお茶会の席だと黙って彫像になっていることが多いのだが、ノモスが力を入れている醸造関連の専門家と聞いて興味を持ったようだ。
おっと、甘味に夢中なタイプの妖精グループが出した甘味を食い尽くしそうだな。
食べ終わったらどんな行動を始めるか分からないし、他の甘味を提供するか。
今までは妖精のイメージに合わせたお茶会ということで提供する甘味も洋菓子系統が多かったが、興味を引くために和菓子系統を提供するか。
餡子系統の最中とどら焼きと餅系統の……いや、妖精が餅をのどに詰まらせたら本気で不味い。餅系統の提供は妖精が楽園に慣れてからにしよう。
三色団子とかあんころ餅とか気に入ってくれる気がするのだが、安全の方を重視するべきだろう。そうなると善哉は止めておくか。
「なにその黒いの。ジャムなの?」
ドリーとノモスに詰められていたジューン姫が目ざとく餡子に食いついてきた。やはりこのお姫様は食い意地が張っているな。
ん? ……餡子って俺の中では餡子という独立した存在なのだが、世界で考えるとジャムの一種になるのか?
「……いえ、ジャムと作り方は似ていますが、ジャムとは違う甘味ですね。豆を柔らかくなるまで煮込んだ甘味で美味しいですよ」
なんとなくでしかないが、餡子をジャムと一緒にしたくなかったので否定しておく。俺って変な拘りをもっているのかもしれない。
「へー。失礼だけどあまりおいしそうな見た目じゃないわね。でも、興味深いわ。私にもお願いできるかしら?」
確かに失礼なことを言われたが、地球でも豆を甘くってところに違和感を覚える海外の人も多いらしいから仕方がないな。
そしてそんな失礼なことを言いながらも食べるのか。その挑戦心は嫌いではない。
「どうぞ、どら焼きと呼ばれている甘味です」
ジューン姫にどら焼きを提供する。以前のお茶会でカステラを提供しているので、餡子の味が分かりやすいだろう。
「いただくわ」
ジューン姫が切り分けたどら焼きの餡子の部分に噛り付く。ある意味凄い度胸だな。
「あら? 見た目と違って繊細な甘さなのね。豊かな豆の風味とコクと相まってなかなか美味しいわ」
「気に入って頂けたようで嬉しいです」
俺って別に愛国心が強いって訳じゃないと思っていたのだが、故国の料理が褒められると嬉しいらしい。
ん?
「これもおいしいんだよ」
「そうなの?」
「うん! キッカもだいすきなの」
ヤバい、俺が自分の心の変化に戸惑っている間に、キッカが妖精のお世話を始めている。完全に油断していた。
いつもは引っ込み思案で警戒心も高いのに、なんで今日に限ってそんなに積極的なの?
あ、妖精が小さくて可愛らしいからか。お人形みたいだもんね。
そして一番大切なのは、あの妖精がキッカに悪影響を与えないかだ。
……俺って子供に口出しし過ぎるタイプのモンスターペアレントになってないか?
自分でそんな自分に引いてしまうが、モンスターなペアレントさんの気持ちが少し分かった。でも、言い訳をさせてほしい。
普通の友人関係だったら心配はしても干渉せずにキッカを見守っていたはずだ。だが、今回はね、変わり者の妖精だと確定しているのだから心配してしまうのも仕方がない。
「ジューン姫、あのキッカと話している子はどんな子ですか?」
仕方がないからあの妖精の身元、性格、その他諸々の情報収集をしなければならない。仕方がないからね。
「あの子? ……ああ、ポットリアね。あの子は城に勤める重臣の娘で、裕太の甘味を食べて人間界に興味を持った子よ」
重臣の娘ってことは身元はしっかりしていると考えても良いのか? でも、俺が用意した甘味を気に入ってくれたのは嬉しいな。
「このメンバーの中では珍しく真面な子……なはずなのだけど、躊躇わずに先遣隊に立候補したらしいから隠れ変人の可能性もあるわ。でも、性格は良い子で食堂で働く予定だから優しくしてあげてね」
なんだ、隠れ変人って……でも、立候補するまでは良い子だと思われていたってことは、メンバーの中では当たりの分類か?
あと、醸造ではなく食堂で働くのならキッカも会いに行きやすいかもな。うーん、心配ではあるがしばらく様子を見ることにしよう。
マルコも心配なのかキッカの背後で見守っているし、変なことにはならないだろう。
おっと、ジューン姫の紅茶がなくなりかけている。お代わりを……餡子菓子を出したのだし、ここは緑茶を提供してみるか?
精霊達の力を借りて作成した緑茶は紅茶に負けない芳醇な香りと、苦味の中に確かな甘味を感じさせる一品なので、甘いものが好きな妖精の好みにも合うかもしれない。
「ああ、緑色で草の煮出し汁かと思ったのだけど、この爽やかな苦味と香りが豆のジャムとピッタリね」
緑茶を草の煮出し汁って……極論では間違っていないかもしれないが、その表現は止めてほしい。あと、マメのジャムではなく餡子です。そこは間違えないでほしい。
……さて、そろそろ現実に目を向ける頃合いか。
本来の目的である顔合わせの為に、お茶会に居る間に挨拶をしよう。俺の繊細な胃よ、夜には治療してもらうから持ちこたえてくれ。
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