七百七十三話 精霊樹の脇芽
ジューン姫との交渉の結果、百花蜜と分けつした精霊樹の花蜜で妖精の花蜜酒を造ることになった。その副産物で妖精が食堂で働くことになったり甘味の新メニュー開発になったりと楽しみと不安が増えたが、まあ、なんとかなる……と、信じたい。
ジューン姫との打ち合わせが無事に終わり、ジューン姫達は俺が提供した大量のお土産を収納してホクホク顔で妖精界に戻っていった。
また明日と言っていたが、そういえばこのお茶会、いつまで続くんだろう?
……まあ、妖精達が来て落ち着くまでは代表となるジューン姫が居た方が妖精達も安心するか。
「それで百花蜜の為の種はドリーにお願いするとして、ラエティティアさん、精霊樹の分けつはどうしたらいいの?」
サクラを抱っこしているラエティティアさんに質問する。
「分けつはサクラちゃんが精霊樹本体に戻り、指示を出せばすぐにできますよ。今すぐ行いますか?」
特に難しいことはないようだ。
「分けつしたらすぐに植えた方がいいのかな?」
それなら明日ジューン姫達が来てから植樹した方が良い気がする。
「いえ、精霊樹から別れた脇芽ですから、それなりに生命力が強いので切り離して水無しでも十日程度ならピンピンしています」
なるほど、それなら先に分けつしてもらって明日までに数を揃えておくか。
「裕太さん、精霊樹の脇芽はどこに植えるのですか?」
「え? 花畑予定地と考えていたけど……駄目なの?」
ドリーの質問の意味が分からずキョトンとしてしまう。
花畑の隣に桜の群生地。日本でも早々見ない組み合わせな気がしないでもないが、綺麗な花畑と綺麗な桜がならんで汚くなることはないだろう。でも、カラフル過ぎて少しごちゃつくかな?
「いえ、駄目ではありませんが、精霊樹から分けつした桜も散らないようにできるので、桜が並んでいると花畑の印象が薄くなるかと思ったんです」
ああ、桜って目立つもんな。花畑も目立つし綺麗だが、花を統一する訳ではないから、ラベンダー畑のような強烈なインパクトは期待できない気がする。
しかも花は基本的に地面に近い場所で咲くから、周囲に桜の群生地があればそちらに目が奪われるよね。
ん? でも、分けつさせた精霊樹の脇芽はある程度サクラの自由になるんだから、定期的に散るように設定すれば、桜の散り際を堪能できるのでは?
あ、駄目だ。桜が散ったらその間、蜜の採取が出来なくなる。そうなると妖精の花蜜酒に影響がでるから、精霊達も悲しむだろう。
精霊と妖精の力を借りれば桜の群生地の地面を埋め尽くす花々、ということも可能な気がするが、それだと蜜集めの効率が落ちそうだ。
「…………じゃあ、そうだね、森から花畑までの道を作って、その両サイドに桜を植えて桜並木にしようか」
綺麗な桜並木を通り抜け、視界が広がるとそこには文字通り百の種類の花が咲き乱れた花畑が現れる。素人考えだが、とても美しい気がする。
「……それは楽しそうですね」
ドリーが想像するように遠くを見つめ、その後笑顔で俺の提案に太鼓判を押してくれた。ドリーが納得してくれたなら安心だな。
「ならそうしようか。でも、結構距離があるからサクラの負担が増えるかな?」
「一度には無理でも、時間を掛ければ問題ありませんよ。ね、サクラちゃん」
「あい!」
質問する前にラエティティアさんとサクラが請け負ってくれた。毎日少しずつなら確かに大丈夫か。
「じゃあ、お願いするよ」
「では、精霊樹の分けつ後、私はタマモと一緒に花の種の用意と、花畑までの森の木々を移動させて道を造っておきますね。ね、タマモ」
「くっ!」
ドリーの言葉にタマモが興奮してジャレつく。深窓の令嬢と子ぎつねの絡み、とてもほのぼのする。
「あ、裕太さん、花畑までの道は直線で良いですか?」
直線? ああ、カーブを造って出口でいきなり花畑がドンッと広がるのは演出としてもありだな。
でも、そうすると桜並木が直線で並んでいる光景が見えなくなる。どこまでもという訳ではないが、まっすぐ続く長距離の桜並木は美しいんだよな。
「……直線でお願い」
サプライズも捨てがたいが、日本人として桜を生かす方に軍配が上がってしまった。
コクリとドリーが頷く。ドリーとしても直線でもカーブでも構わず、単なる確認だったのだろう。
決まったところで精霊樹に移動する。
「サクラちゃん、やり方は言ったとおりですよ。できますか?」
「あい!」
深層の令嬢と子ぎつねの絡みも素晴らしいが、聖母と赤ん坊の絡みも素晴らしいな。
「裕太様、始める前ならある程度融通が利きますが、何かリクエストはありませんか?」
融通? あ、分けつさせた精霊樹の芽の性能に関してか。聖母と赤ん坊の絡みにホッコリしていたから頭が回っていなかった。
えーっと、今の機能は精霊樹の蜜と散らない桜だったよな。
他に何かと言われても……あ、精霊樹の果実じゃなくて、普通の、いや、美味しいサクランボが実るようにできないかな?
でも、ソメイヨシノって基本的にサクランボは実らないし、実っても美味しくないって話を聞いたことがある。
そもそも、果実が実るのって受粉して花が散った後だよな?
……まあ、とりあえず聞いてみるか。精霊樹の本体でも巨大な精霊樹の果実(サクランボの姿)ができたんだ。可能性は高いはず。
「あい!」
「ああ、美味しい果実が実るのは楽しいですよね」
サクラとラエティティアさんの反応を見るに、可能なようだ。見た目は大きさ以外は桜そのものなのだが、本質はやはり精霊樹というチートな木なんだな。
これだからファンタジーは、なんて気持ちがないわけではないが、美味しいサクランボが食べられるのであれば、そんな常識を捨てることに躊躇いはない。
常識よりも実益だ。ファンタジー万歳。
サクランボが実るようにお願いし、他に何も思い浮かばなかったので分けつをお願いする。
後から機能を追加することは難しいらしいが、何か必要な機能を思いついたら、その時にまた新しい精霊樹の脇芽を分けつさせてもらえばいい。
サクラが精霊樹の根元にスルリと入り込んでいく。ベル達が〝がんばれー〟と応援しているのが微笑ましい。
「裕太様、あそこを見てください」
ラエティティアさんが精霊樹の根元を指す。まだ赤ん坊の精霊樹だが、ビルのように巨大なのでその根元も比例するように巨大なのでどこを見たらいいのか分かり辛い。
何度もラエティティアさんの指の方向を確認しながら根元を見つめる。
「分けつしましたね」
……分からなかった。見る場所が違ったか?
「脇芽が切り離されますから、受け取りに行きましょう」
ラエティティアさんの指示に従い、精霊樹の根元に近づく。
「……ちっさ」
思わず本音が漏れてしまった。
でも、見ている場所は正解だったらしい。ただ、サイズが想像していた脇芽の数十分の一くらいで、場所が正解していても認識できていなかった。
だって、親指くらいの大きさなんだもん。
たしかに小さくなるとは聞いていたが、ビルサイズの精霊樹から分けつされるのだから腕くらいの大きさはあると思っていた。思い込みって怖いね。
「裕太様、脇芽に手を添えてあげてください」
変なところで恐怖を感じていると、ラエティティアさんに指示を出され、その通りに行動する。
「おっと」
精霊樹の脇芽に手を添えると、ポロリといった様子で脇芽が手のひらに落ちてくる。仕方がないのだろうが、いきなりは心臓に悪いな。
すると、離れた脇芽の側からもう一つの脇芽がぴょこりと顔を出した。
さっきもこんな感じで脇芽が生えたのかな?
なんかこんにちはって感じで気楽に分けつされている気がする。少し可愛い。
「あう!」
五本の脇芽が手に落ちてきたところで、精霊樹の根元からサクラが俺の胸に飛び込んできた。
どうやら一日五本で終わりのようだ。少ない気もするが、十日で五十本……十分すぎるな。気をつけないといずれ楽園が桜色に染まってしまいそうだ。
「サクラ、お疲れ様」
飛び込んできたサクラを受け止め、褒めまくりながら撫でくり回す。
ベル達も集まってきて、みんなでサクラを褒めそやすとサクラがキャッキャと喜ぶ。傍で俺を優しい目で見ているジーナとサラの視線が地味に痛い。
「ラエティティアさん、この脇芽はどのように保存したらいいですか?」
生命力にあふれているらしいが、それでもサクラの精霊樹の脇芽だから適当なことはしたくない。
「そうですね、土の上に置くと根付いてしまうので、そこに注意して濡れた布の上に並べておけば大丈夫です」
それなら簡単だな。
「裕太様、私の精霊樹の脇芽も楽園に植えて構いませんか? 無論、サクラちゃんの許可を得ています」
「……構わないけど、ラエティティアさんならいつでも楽園に来ていいから必要があるのかな?」
むしろ、俺達が居ない時にサクラの相手をしてくれているので、来てくれない方が困る。
サクラが向こうに遊びに行くこともできるが、エルフのジジババ達が、いや、エルフ全体でサクラを甘やかすから教育に悪いんだよね。マジで。
「ふふ、ありがとうございます。でも、こちらの状況を確認するのが目的ではないのです。この楽園に私の分身に居てほしい、そう思ったんです」
キュンとした!
ラエティティアさんの笑顔にものすごくキュンとした。聖母な雰囲気のラエティティアさんがいきなり少女のような笑顔を浮かべるのは反則だと思う。
「そういうことでしたら、ラエティティアさんの好きな場所に植えてください。何か手伝うことはありますか?」
「……そうですね、では、裕太様の好きな花を教えていただけますか?」
好きな花?
ああ、サクラのように俺が好きな花に脇芽を変えてくれるつもりなんだろうな。元の精霊樹まで俺が好きな花に変わったらエルフ達が大騒ぎしそうだが、脇芽は自由度が高いようだから脇芽だけ姿を変えることも可能なのだろう。
しかし、桜とか代表的な花は好きだが、そもそも、花には詳しくない。しかも木である必要もある……あ、でも……。
「好きな花を思い浮かべれば良いですか?」
「はい、お願いします」
心に浮かんだ花を思い浮かべる。あの爽やかな香りと共に……。
「ふふ、裕太様はこの実が好きなんですね」
いかん、俺のイメージが梅干しの方に引っ張られてしまった。だって好きな花で思い浮かんだのが梅で、少し前に梅干しのことを考えたばかりだからしょうがないんだ。
「分かりました。美味しい実が生るように……あら、この実は毒があるようですが?」
「あ、その辺りは大丈夫です」
漫画でなんとなく梅干しの作り方は知っているし、それを参考に精霊達の力を借りればなんとかなるはずだ。というか、精霊なら梅の実の毒だけを抜き出せそうな気もする。
まあ、普通に梅干しを作るつもりだけどね。
読んでいただきありがとうございます。




