七百七十二話 花の決定
ジューン姫との妖精の花蜜酒に関する打ち合わせ。打ち合わせは報酬の交渉や、そこからなぜか妖精が楽園で働くことになるなど若干迷走してしまい、本来の目的であるどの花から妖精の花蜜酒を作るか決めるのを忘れてしまっていた。
「ごめんみんな。えーっと、対価は支払うけどジューン姫の厚意で二種類の妖精の花蜜酒を造れるようになったから、大精霊達で結論を出せないかな?」
枠が一つ増えたから、もしかしたら俺が結論を出さなくても済むかもしれない。
「裕太がジューン姫と話している間に話し合ったけど、結論が出なかったわ」
「そうなのよー。みんな頑固でお姉ちゃん、困っちゃったわー」
枠が増えた時点ですでに話し合いをしていたらしい。
そしてディーネ、頑固なのはディーネもだろう。
「……分かった。一つは百花蜜でお願いする」
様々な種類の花が咲いている花畑があると精霊も喜ぶと思う。それに様々な花蜜がミックスされた物の味も気になる。
「分かりました。質の良い百の花の種を用意しますね」
珍しくドリーが微笑みを忘れて真顔で声を掛けてきた。もしかしなくても本気で百の花の百花蜜を造るつもりらしい。
やりすぎな気がしないでもないが、それはそれで面白そうなので頷いておこう。
そして残る最後のひと枠。
俺的には高級品であるバラの花の花蜜が気になるのだが、楽園にはローズガーデンがあるから花が被るんだよな。それはなんだかもったいない気がする。
あと、バラの花蜜……正直、バラって女性に似合う花だと思う。あと、似合う男はキラキラ顔のキレイ系イケメン。
偏見かもしれないが、俺にとってバラはそのようなイメージなので、弟子達が選んだならともかく自分で選ぶとなると抵抗がある。
いや、園芸としてならイケメンとか関係なく、老若男女が楽しめるから俺でも構わないか?
そういえばミカン栽培が盛んな場所で、みかんのハチミツみたいな話を聞いたことがある。ハチミツに柑橘系の爽やかな風味が加わるらしいが……いや、みかんは花ではなく木か。
花畑としては邪道な気がする。
あとは高級な花といえば胡蝶蘭だけど……胡蝶蘭の花畑……なんか違う気がする。
他に花と言えば……ん?
「……あー、馬鹿な考えかもしれないから駄目だったら笑い飛ばしてほしいのだけど……」
あれ? でも、これって世間体的にすさまじい犯罪なのでは?
思いついた俺が言うのもなんだが、もし他人がこのアイデアを提案したらぶっ飛ばす可能性すらある。
「裕太、どうしたの?」
この提案の危険性に気が付き、なかったことにしようと考えていると、黙った俺にシルフィが話しかけてきた。
雰囲気が異様だったからか、大精霊達どころかベル達やジーナ達、ラエティティアさんにサクラ、ルビーにジューン姫まで俺に注目している。
「いや、なんでもない。思いついた案があったんだけど、これは駄目かなって思い直しただけだよ」
世間的に。
「あら? どんな案なの? 裕太の思いついた顔からすると面白い案な気がするから聞きたいわ」
何かを察知したのか、シルフィが案の内容を聞いてくる。シルフィの勘は侮れないから、俺の思いついた案には見るべきところがあるのかもしれない。
「……分かった。話すけど、決して邪な感情があるとか、そういう趣味があるとかではないということを念頭に置いて話を聞いてね。これで邪推されたらさすがの俺もキレる自信があるから注意して聞いてほしい」
「分かったわ。それで、どんな案を思いついたの?」
結構真面目にお願いしたのだけど軽く受け入れられた。俺、かなり本気なんだけど?
あ、俺がキレても実害がないからか。
……まあいいか。
「精霊樹の桜から蜜を採れないのかな?」
精霊樹の蜜で作った妖精の花蜜酒。思いついた時は自分が天才な気がしたが、その精霊樹の思念体であるサクラを見てなんとなくヤバい気がした。
だって精霊樹の思念体ってことはサクラは精霊樹と同年齢。つまり赤ちゃんの精霊樹から蜜を採取するということだ。気にしすぎかもしれないが色々と問題があり過ぎる気持ちになる。
そもそも蜜柑も木だからと却下したんだから、精霊樹といえども木なんだから却下だよね。
「それって凄く良いアイデアよ。裕太、偉いわ!」
おお、シルフィに褒められた。俺の考えすぎだったかな?
「無理ね」
「え?」
シルフィに褒められて気持ちよくなっていると、ジューン姫にバッサリと否定された。
「なんでですか?」
「妖精が花蜜を管理するには私達の魔力で染めないと無理なのよ。精霊樹の花蜜を染めることはできなくはないけど、わずかな量を染めるために長い時間と大量の魔力が必要になるわ。現実的ではないわね」
……そういえば精霊樹って凄く貴重で凄く力を持つ木だった。
その貴重さと力に比例するように、繊細で扱いが難しい物でもある。そんな手間が尋常じゃなくかかる蜜で大量のお酒を? ということらしい。
凄く納得できた。俺は天才ではなかったらしい。そしてシルフィの勘も今回は外れてしまったようだ。
でもまあ、俺の世間体に関しては自意識過剰だったようで、桜の蜜を採取するということに忌避感を抱いている様子はないので採取できなくても構わない。
「それなら分けつさせた物を使用したらどうかしら?」
精霊樹の花蜜は無理だったかと諦めたところでラエティティアさんが会話に入ってきた。
「分けつって、植物の根を分けるという表現で良いのか分からないけど、切り株とかに生えている脇芽のようなアレのことですか?」
「うふふ、そのとおりですよ。精霊樹はその根を別の場所に伸ばして情報収集をするの」
よく知っていましたねと言った様子のラエティティアさん。ラエティティアさんに褒められると、なぜか凄くホッとする。母性がハンパないからだろうか?
いかん、今はそんなことを考えている場合じゃないな。情報収集ってことはアンテナのような物かな?
「それは精霊樹を増やせるということですか?」
それなら精霊樹が沢山増やせるのでは?
「いえ、さすがに精霊樹本体は種からしか育ちません。本体の能力を一部受け継いだ木と考えてください。無論、思念体が生み出されるようなこともありません」
無理なのか。まあ、簡単に分身のようなものが作れるなら、ラエティティアさんがあんな状況になっているはずもないよな。
「でも、それならもはや別の木では?」
俺は諦めたから良いけど、そもそも精霊樹の花蜜が活用できるかという話なので、精霊樹の花蜜でないのであれば無意味とまでは言わないが魅力は薄れる。
「そうですが、分けつさせた根はある程度本体の意思を反映させることができます。本体が精霊樹で生み出される花蜜と同じ花蜜を出すことができる根を分けつさせ、それを妖精が育てたら裕太さんが望んでいる精霊樹の花蜜でありながら妖精が染めやすい蜜が生産されるはずですよ。まあ、サイズは小さくなりますけどね」
んー、元々は精霊樹の花蜜が生み出される根だけど、子供の頃から妖精が活用しやすい形で育てるということか。
「そんなことができるの!」
ジューン姫が驚いている。妖精界にも精霊樹が存在するようだが、そんな話は聞いたことがないようだ。
「ええ、できますよ」
「妖精界にも欲しいわ」
ジューン姫って物欲がストレートだな。
「妖精界の精霊樹に相談してください。さすがに許可もないのに渡す訳にはいきません」
まあ、情報収集ができるのであれば偵察を派遣するようなものだからな。ジューン姫が悔しそうだが、こればっかりは仕方がないだろう。
「それって花の蜜の質は高いと考えてもいいのよね?」
シルフィが花蜜の質を確認する。大切なのは花蜜で完成するお酒の質だという考えが透けて見える。
「ええ、妖精の影響部分を除けば同質と考えて構いません」
「裕太」
これにしましょうってことだな。
木では花畑じゃないからとみかんの木を却下したのに、結局木を植えることになってしまったな。しかもバラはローズガーデンと被るから却下したのに、桜が被ってしまった。
でもまあ、桜が増えるのであれば拒否する必要もないか。大きな桜も綺麗だけど、一面に咲き誇る桜は日本っぽい気がする。
「それは精霊樹本体に負担が掛かったりしないのかな?」
拒否する気持ちはないが、サクラに負担が掛かるのであれば話は別だ。
「負担がゼロとは言いませんが、桜を咲かせて花蜜を蓄える程度であれば数本生み出して多少の疲れを感じる程度ですね」
複数本生み出す前提なのか。まあ、分けつを偵察兵と考えるなら数が多いほど情報が正確になるからな。
「サクラ、お願いしてもいいかな?」
「あう!」
サクラが任せろと言った様子で胸を張った。こちらも問題ないようなので決定か。
上空の酒島にも卸す必要があるから何本くらいの桜が必要になるか分からないが、この辺りは追々相談しながらだな。
精霊樹の花蜜を得られると決まり、ジューン姫と大精霊達が盛り上がる。
俺もかなり楽しみだ。
お酒だけではなく精霊樹の花蜜で甘味の面でも充実しそうだよね。
花蜜はハチミツよりもあっさりしているイメージだが、精霊樹の蜜なら味も濃厚だろうから、ハチミツを活用した甘味と相性がいいはずだ。
精霊樹の花蜜のケーキ、カステラ、プリン、飴、他にもヨーグルトやパンケーキに掛けるのもシンプルだが美味しそうだ。
ああ、ハチミツレモンも花蜜で作れるのかな? あれはハチミツの殺菌効果も関係していた気が……まあ、作ってみたら分かるか。
最初は妖精の花蜜酒を得るための交渉だったはずだが、何故か副産物として色々と不安と楽しみが増えてしまった。
一番不安なのが楽園に来る妖精達。
臆病だと聞いているから大丈夫かと不安に思ったのだが今は別の方向で不安を感じている。
だって、そんな臆病ははずの妖精の中から先陣を切って乗り込んでくるメンバーだよ。
ジューン姫と同じく好奇心が強いタイプか、甘味に執着が強いタイプか……なんとなくだが癖が強いタイプの妖精が集まりそうで少し……いや、かなり大変なことになりそうな気がしないでもない。
……妖精に対する幻想が壊れないと良いな……。
読んでいただきありがとうございます。




