七百六十八話 労働争議
ジューン姫との話し合いが始まった。最初はシルフィとジューン姫の舌戦が繰り広げられピリピリした雰囲気だったが、話が進むにつれて何故かシルフィとジューン姫が意気投合していた。意味が分からないが、とりあえず鉱物と甘味での対価に妖精の花蜜酒が手に入りそうだから良しとしよう。
シルフィとジューン姫、最後は意気投合していたし、なんだかんだで穏便にまとまった。
なんてのんきなことを考えていた……翌日のお茶会の時までは……。
「あれ? 今日はジューン姫は来ないの?」
お茶会の準備をして妖精門を開いたのだが、しばらく待ってもジューン姫とカシュー君が現れない。
カシュー君ならともかく、ジューン姫は甘味を楽しみにしている様子だったからすぐに現れないことに不安が募る。
もう妖精門を開いてから一時間が経過し、もしかして俺達のお願いで何かあって妖精王の怒りを買って二人とも幽閉……そんな嫌な想像が脳裏をかすめる。
「あ、来た」
どうしたものかと悩んでいたが妖精門で動く影が見えてホッと一安心、俺の予感なんて当てにならないと自虐する。ん?
「あれ? ジューン姫は?」
単独で現れたカシュー君。その表情が怒りに染まっているのを確認し、まさかこんな時だけ俺の予感が仕事をしたのかと不安を覚える。
「そうだ、人間! 貴様のせいで王宮は大混乱! 姫様が大暴れして収拾がつかんのだぞ!」
「あ、そうなんだ……」
思っていたのと違って拍子抜けした。そうか、大暴れしているのか。
うん、そうだね、あの姫様の性格上、大人しく幽閉なんてされる訳がないよね。
おそらく頭が固いとか言っていた老妖精を相手にバチバチやらかして、大騒動になっているんだろうな。
最終的に幽閉なんて結末もありえそうだが、なんか納得できなくもない。幽閉先に甘味の差し入れとかできるかな?
「あ、そうなんだ……だと! 王宮の混乱は貴様らが原因なんだぞ! それを抜け抜けと……」
予想と違う展開に気が抜けて迂闊な言葉が漏れてしまったのだが、それがカシュー君の怒りを爆発させてしまった。
そうだよな、詳しくは知らないがジューン姫曰く妖精界は退屈らしいので、おそらく平穏で平和な世界なのだろう。
そんな平和な世界に火種を用意して、薪、いや、ガソリンをぶちまけたのが俺達ということになる。
カシュー君の怒りは当然だ。
冷静に考えると俺達は妖精界に対して酷く申し訳ないことをしている。土下座するべきですか?
謝罪するにしてもとりあえず詳しく話を聞かせてもらおう。
「不謹慎なことを言ってしまって申し訳ない。だが、ジューン姫が来るのが遅かったから、もっと怖い想像をしてしまっていたんだ。悪いけど詳しい事情を教えてくれないか?」
怒るカシュー君に謝罪をして事情を尋ねる。
「……仕方がない。心して聞け」
臆病というか警戒心が高いカシュー君も、警戒心よりも怒りが上回っているようで凄く上からだ。
だからと言って俺が逆ギレする場面ではないので、大人しく話を聞く体勢をとる。
「そもそも―――」
姿勢を正したことが効果を奏したのか、カシュー君が事情の説明を始めてくれた。
……カシュー君の説明を要約すると、こんな感じらしい。
最終的に俺達の提案を面白いと感じたジューン姫は、気合十分で妖精界に戻り妖精王に直談判した。
いきなり王様に直は駄目だろうと思わなくもないが、ジューン姫にとって王様は父親でもあるので、身内的な気安さもあるのだろう。
公私の区別は大切にするべきだが、奔放なジューン姫の様子を考えると、それなりに緩い部分があると想像できる。
滅茶苦茶厳しかったら、お姫様がこちらの世界でのんきにお茶会に参加なんてありえないから、この想像は間違っていないだろう。
だが、王様が緩くとも周りまで緩いかというとそうでもないらしく、ジューン姫が頭が固いと言っていた老妖精が登場。
老妖精は宰相の役職についている偉い妖精らしく、直談判に来たジューン姫の話を聞いてしっかりとジューン姫にお説教を叩き込んでくれたのだそうだ。
ちなみにこの話をしている時のカシュー君は少し嬉しそうだった。
だが、お説教を叩き込まれたくらいで大人しくなるのであれば、姫自らこちらの世界に乗り込んできたりしない。
ジューン姫は宰相に真っ向勝負を挑んだそうだ。舌戦に次ぐ舌戦、王宮はピリピリした空気に包まれた。
だが、相手は歴戦の強者。寿命が長いらしい妖精の中でジジイと言われるほど歳を取り、それでいながら王宮で宰相を務めるという、物語なら最低でも敵の大幹部レベル、下手をしたら裏ボスすらありえそうな経歴。
さすがの姫も徐々に追い込まれて敗北してしまう。カシュー君がとても楽しそうに教えてくれた。
だがしかし、敗北したから諦めるようではおてんば姫とは言われない。
ジューン姫は俺が今まで渡した手土産を強奪、王宮内で妖精達に甘味を配りながら貿易の必要性を訴え始める。
物で釣ろうという作戦はいかがなものかと思わなくもないが、姫自らが配る甘味ということで臆病な気質の妖精もおそるおそる口にし、そして楽園特製の甘味に心を奪われる妖精が続出。
聞いた感じでは大げさでは? と、思ったのだが、妖精は基本的にあまり調理をしないらしいから、カルチャーギャップが凄かったようだ。
金属も少ないし火に忌避感があるらしいから、まあ、食事でも花の蜜が重要な位置を占めているようだし、そんなこともあるのかもしれない。
そんなジューン姫の活動は一夜にして実を結び、なんかいま、王宮でデモ的な事態が起きているらしい。
……妖精の花蜜酒が欲しいというたったそれだけのことで、妖精界の王宮に労働争議を巻き起こしてしまった。
さすがの宰相もこの事態には対応が間に合わず、混乱を収められていないらしい。
そんなに沢山の妖精にいきわたるほどのお土産を提供したかと疑問に思ったが、妖精は収納魔法系統が使えるようだし、お土産ということで結構奮発した。
妖精って小さいから、人間サイズで奮発した量があれば、妖精だとかなりの数に回りそうな気がする。
……俺って王宮に迷惑を掛ける星の元に生まれているのだろうか?
「それで、怪我人、いや、怪我をした妖精などは?」
妖精の治療技術がどうか分からないが、最悪ヴィータに出張……いや、向こうが妖精界に入れてくれなさそうだし、妖精門の近くに治療院を開設するか?
「人間とは違うのだ。争いが起きたとはいえ怪我をするような醜い争いを妖精がするものか!」
心配しただけなのに怒られた。
でも、少し安心だな。労働争議といっても俺が思っている以上に平和的な争いらしい。
その後、もう少しカシュー君の説明は続いた。
「―――という状況だ。これで姫様の指示は果たした。そろそろ帰る」
どうやらカシュー君が楽園に来たのはジューン姫の指示で事情説明に来たようだ。
「あ、お土産……」
帰ろうとしているカシュー君を呼び止め、お土産を渡そうとして躊躇する。お土産を渡すと争いが過熱するのでは? と不安に思ったからだ。
「裕太」
どうした物かと悩んでいると、耳元にシルフィの声が届く。
どうやら風で俺だけに声を届けているようだ。
「中途半端は争いを長引かせるだけよ。ここは一気に決めてしまいましょう。裕太、出せるだけ出してちょうだい」
たしかに中途半端は良くないかもしれないが、こちら側が手を引くという選択肢はないんだね。まあ、今引いても楽園にも妖精界にも損しか残らない。
それならこちら側もできうる限りの対応をして、お互いにWINWINの関係を築いた方が方がマシだろう。
俺が沢山お土産を渡すと、カシュー君は複雑な顔をして受け取り妖精界に帰っていった。
確実にこちら側の考えを見抜いているな。それでも黙って受け取ったということは、カシュー君も争いを早く収めることに賛成なのだろう。
カシュー君を見送り、お茶会の後片付けを終わらせるといつもの日常が……今日は戻らないな。シルフィにどうするか相談しないと。
***
「勝ったわ!」
シルフィと相談したが、次元が違うからどうしようもないという結論に至り、不安のままお茶会の準備を終わらせて妖精門を開いたら、開いた瞬間に勝利宣言をしながらジューン姫が飛び出してきた。
「お、おめでとうございます?」
色々と不安ではあったが終わりよければすべてよし、ということにしておこう。
「ありがとう」
「とりあえず詳しい話を聞かせていただけますか?」
ジューン姫とカシュー君をお茶会の席に案内し、甘味を出して話を聞く体勢をとる。
今日の甘味はチョコ系のクッキーだ。
色々と落ち着かなかったので、楽園食堂が終わった後にルビーに付き合ってもらい、チョコ系のクッキー開発に精を出した。
おかげで、ノーマルなチョコクッキーを筆頭に、思いつく限りのチョコクッキーを作ることができた。
「あら、チョコレートね。私も好きだけど、このチョコレートが戦いに大きく役に立ったわ。裕太、感謝しているわよ」
戦いって……。
「お役に立てたのなら良かったです」
思うところはあるが、大人なので、争いの切っ掛けの一つがチョコレートであり、お礼を言われた俺達であるということは言わないでおこう。
俺の言葉に頷いたジューン姫は頷き、両手でチョコチップクッキーを持ち上げた。妖精サイズということで小さめに作ったのだが、それでも顔の半分程度の大きさがある。
サイズだけ変更すれば同じ味になる、なんて単純じゃないところが調理の難しいところだ。
まあ、そうボヤいた俺に、そういうところが面白いのだとルビーが笑って教えてくれた、おそらくそれは本当に料理が好きで、料理に生活の大半を捧げる覚悟がある人の考えだと思う。
俺は冷凍食品でも幸せになれるタイプの人間なので、ルビーの気持ちは一生分からないと思う。
まあ、それでも食べることも美味しい物も大好きだし、料理も嫌いではないというか趣味としては好きなんだけどね。
「ふぅ、少し落ち着いたわ」
俺が考えごとをしている間にジューン姫がクッキーを半分を程食べ終わり、口を開いた。いよいよ事の顛末を聞かせてくれるらしい。
読んでいただきありがとうございます。




