七百六十三話 異端な存在
楽園に妖精を誘致するために、森の中の精霊樹が見える場所にフェアリーリングを設置し妖精門を開いた。一時間ほど待機する必要があったが、妖精は約束通り顔を見せてくれた。ただ、警戒心は微塵も解けておらず、俺が渡したチョコレートセットも、見た目の問題で食べてもらえていなかった。なかなか難しい。
「おいしー!」
少し早いがパンケーキでのおやつタイム。
ベル達が賑やかに騒ぎながらパンケーキを楽しんでくれるおかげで、妖精もちょっと興味あり気にパンケーキを見ている。
「やっぱりチョコレートは美味しいよな」
「そうですね、私もこんなに魅力的なお菓子はなかなかないと思います」
「おれもすきだ!」
「キッカも!」
「お姉ちゃんもチョコレートは大好きだわー」
ベル達が様々なジャムでパンケーキを楽しんでいる中、ジーナ達弟子組には秘かにチョコレートソースを選んでもらい、遠回りにアピールをお願いした。
そのことを理解しているのはジーナとサラの二人だけだろうが、チョコレートソースがルビーの自信作であり、間違いなく美味しいソースなのでわざとらしさは見当たらない。
妖精が黒いチョコレートソースを楽しむ人間を懐疑的な視線で見ているが、本当に食べられ、かつ美味しい物だと信じてくれたなら嬉しい。
それに、ジーナ達だけではなくディーネも食べているから、人間限定の食べ物だとも思わないはずだ。
今回はチョコレートソースは提供しないつもりだったが、一応、パンケーキのソースセットに混ぜておくか。
でも、パンケーキをお土産にするって……包むのが地味に難しいな。ソースも別掛けにしたいから小瓶も必要だし……ノモスにお願いするか。
あとはパンケーキ本体をどのように収めるか。木の箱にお皿でいいか。冷めたら味が落ちるから素早く箱詰めしないとな。
終わったら魔法の鞄に収納して、帰る寸前に渡せば大丈夫だろう。
「これ、お土産よ。温かい方が美味しいから、冷める前に楽しんでちょうだい。明日も妖精門を開くから、また顔を出してちょうだい」
今回もシルフィは誘致に関しては伝えず、妖精門から顔だけしか出さない妖精に、精霊樹を見るように促したり、精霊樹の思念体であるサクラを紹介したりと慎重に会話を重ねている。
お酒が関係しているのに慎重だよな。いや、お酒が関係しているからこそ慎重なのか。
まあ、なんにせよ、しばらくは妖精の警戒心を解くためのお茶会が続きそうだな。
***
楽園に妖精門を造ってから五日、シルフィは焦らずに妖精との関係を深めている。
俺達も妖精と無理に接触しようとせず、遠目で見守るスタイルを貫いているからか、視線から感じる棘が弱くなっているように感じなくもない。
まあ、いまだに顔以外は見せてもらえていないのだが、こちらから渡すお土産は今のところちゃんと食べてくれているようだ。
パンケーキもクレープも、ちょっと挑戦してみたプリンとアイスも問題なかったと思う。
シルフィ越しにしか感想を聞いておらず、その感想も単語のみなので予想でしかないが、初日に渡したチョコレートセットも食べてくれているような気がする。
まだシルフィは誘致の誘いをしていないが、妖精が顔を出すまでの時間も短くなっているし、焦らずに続けていけばそう長くかからずに姿くらいなら見せてくれそうだ。
ちなみにお茶会の参加メンバーは減っている。
ベル達とサクラ、ジーナ達はフル参加だが、大精霊達は責任者のシルフィはフルで参加しているが、他のメンバーはディーネ、ドリー、ヴィータが気が向いたら顔を出す程度でノモスは初日以外は不参加。
イフも誘ったのだが、オレが参加すると妖精を怖がらせるとのことで不参加。
イフには言わなかったが、イフってちびっ子達に大人気だから、妖精も懐く気がするんだよね。
まあ、無理に誘っても逆効果になりかねないから不参加を容認しているが、機会があったら妖精をイフに会わせてみたいと思っている。
そんなことを考えつつ、今日も妖精門の近くにお茶会場を設営し、妖精門を開きつつ妖精が顔を出すのを待つ。
「おはよう。今日も来てくれてありがとう」
妖精門を開いてから、五分も経たずに妖精が顔を出した。現れる時間がかなり早くなっているので、やはり少しは信頼を積み重ねられているのだと思う。
ん?
普段はシルフィの挨拶には躊躇いつつも返事をするのに、何故か妖精があたふたし始めた。あ、一度妖精の頭が妖精門に引っ込んで……再びゆっくりと姿を現していく。その顔に添えられているのはとても小さな手……。
「だ、だめです、来てはいけません!」
その小さな手に押されて可愛らしい顔を変形させながらも妖精が叫ぶ。
最初はあの小さな手がいつも対面している妖精の手なのかと思ったが、どうやら違うようだ。
そして、その手に押し出されるように妖精の上半身が見えてくる。おお、羽があるのか。
なるほど、半透明だが蝶々の羽に似ているな。俺がイメージするというか、地球で想像されているオーソドックスな妖精のイメージと合致する。
……もしかして、この世界の妖精が地球にも姿を現していた可能性も……そして妖精が引き籠ったから地球でも妖精は想像の産物となった……可能性は低いだろうが、仲良くなれたらその辺りも是非とも確認したい。
万が一、俺の想像が正解だったら、地球への帰還の目途がつく……まあ、万が一どころか億が一の可能性か。
昔妖精が別の世界に移動できたなら、そのことを精霊王様方が知らないとは考え辛いもんな。
都合の良い希望には縋りつきたくなってしまうが、そのほとんどはただの希望でしかなく、現実は変わらない。期待することよりも、目の前の幸せに向かって一歩一歩積み重ねる方が建設的だ。
まあ、それでも俺は縋りついてしまうタイプだが。学生の頃は試験日には基本的に何かが起こって学校が休校にならないかという僅かな希望に縋っていたもんな。一度も叶えられたことがないけど。
そんなことを考えていると、抵抗していた妖精の上半身が完全に妖精門の外に出てしまい、そのお腹の辺りに小さな女の子の顔がぴょこりと現れた。
最初の妖精は中性的な印象で性別が分かり辛かったが、こちらは凄く分かりやすい。というか、まるで童話の中のお姫様のような姿をしている。
輝くような金髪はサラサラになびき頭にはキラキラと輝くティアラ、それだけで俺のテンプレートに侵食された想像力は彼女をお姫様と判断した。
まあ、まだ顔だけしか見えていないけどね。
予想では最初の妖精君は偵察係。その情報をお土産と共に持ち帰り上に報告、そのことを聞きつけたおてんばなお姫様が、好奇心で妖精門を突破してきた感じかな?
ただ、妖精は臆病らしいし、さすがに想像力がたくまし過ぎるか?
「私はジューンベリー。妖精王の三女よ。よろしくね!」
俺の想像力、凄い! という訳ではなく、このお姫様が物凄くテンプレートな存在だった。どちらかというと俺の想像力が凄いのではなく、地球の先達達の想像力が凄いんだな。
目の前で飛びながら優雅に自己紹介をする妖精のお姫様。半透明な蝶の羽が動いていないのに、優雅に空中に停止している。
もしかして羽で飛んでいる訳ではないのか? 移動する時に羽が動いているのは見えたから、常時利用するタイプの羽ではなく、飛ぶための切っ掛けになっているのかもしれない。
そんな考察は今は置いておくことにして、自己紹介されたら真摯に返すのが礼儀だよな。妖精の男の子の顔が絶望に染まっているのが酷く気になるが、まずは友好的っぽいお姫様と良い関係を築けるように努力するべきだろう。
「べるはべるー。ういんどべるだよー」
お姫様ということで礼儀正しく返礼しようとしたら、うちのお姫様が先陣を切ってしまった。
ベルは好奇心旺盛で無邪気だが、場の空気が全く読めない訳ではないので、このお姫様はご挨拶しても大丈夫だと判断したのだろう。
現に最初の妖精君が相手だと、興味津々な様子ではあるが無理に近づこうとはしなかったもんな。さすが風の精霊。
ベルの挨拶に続いてレイン達もご挨拶をする。さすがにレイン、タマモ、ムーンの言葉はお姫様にも分からないようなのだが、その部分はベルとトゥルとフレアがフォローしてあげている。
うちの子達、とっても偉くて可愛らしい。
そして近づくベル達に大慌てな妖精君。なんだか申し訳ないが、ここは俺達の都合を優先させてもらおう。お姫様とベル達が仲良くなってくれたら、妖精の誘致にまた一歩近づくはずだ。
俺と同意見なのかシルフィも様子見の姿勢。
その間にベル達の御挨拶にシバ達も加わり、場が更に賑やかに。
ジーナ達も妖精に興味津々な様子だが、さすがに人間が警戒されていることは知っているので近づくのは避けているようだ。ベル達も偉いけど、ジーナ達も偉い。
そして、人見知りの気がありながらも、妖精に興味津々なキッカが、マルコの陰に隠れながらもキラキラした瞳で妖精のお姫様を見つめている。
キッカとお姫様が友達になれたら、凄くホッコリした光景が見られそうだな。元気いっぱいのおてんばお姫様が、引っ込み思案なキッカを牽引して賑やかに楽園内を走り回る。そんな光景が目に浮かぶようだ。
おっと、ベル達と戯れているお姫様の視線が俺に向いた。
そして俺の方に近づいて来ようとするのを、妖精君が必死に引き止めている。お姫様に注目して気が付かなかったが、何気に妖精君も全身を現してしまっている。
本人的には凄く不本意だろうが、お姫様が外に出ちゃったから仕方がないというところだろう。若く見えるのだが、何故か中間管理職の悲哀を感じるよ。妖精君、頑張ってくれ。
「ねえねえ、あなた、人間よね。人間は初めて見るけど、学んだよりも悪そうに見えないわね!」
妖精君の奮闘虚しく、お姫様が俺の目の前まで飛んできてしまう。そして、元気いっぱいに微妙な質問をしてくる。
悪気はないのだろうが、このお姫様、少し、いや、かなり空気が読めないタイプな気がする。
妖精の性質がシルフィが言ったように基本的に憶病なのであれば、このお姫様は異端なタイプなのだろう。
お姫様が異端か……周囲をガンガンに振り回して困らせる光景が目に浮かぶな。
読んでいただきありがとうございます。




