七百六十話 フェアリーリング
グロウの案内で聖域に足を踏み入れた。ドリーとヴィータを召喚し、そのガイドを受けながら聖域である古代の森をピクニックする。とても楽しい時間だったが、二人の説明にとんでもない素材が含まれていて若干心臓に悪かった。そして、ようやく本来の目的地である妖精界への出入口に到着。そこで大精霊の実力を目の当たりにすることになる。
大精霊の凄さを目の当たりにした後も、ノモス達はおそらく細心の注意を払いながら作業を続けた。
なぜおそらくという言葉がついたのかというと、確実に繊細な作業が行われているのに、ノモス達から気負いが微塵も感じられずスムーズに作業が進んでいっているからだ。
見る見る間にフェアリーリングらしき物が復元されていく。
まだキノコは生えていないが、その規模が俺の想定よりもかなり大規模な様子。
妖精って小さいイメージだからフェアリーリングも一メートル四方程度で十分に広いと思えるのだが、三メートル程度の大きさがある。
ノモスが穴を開けた時、作業しやすいように大きめに穴を開けたと思っていたんだが、ギリギリで作業をしていたと分かった時、ここが聖域なのだと強く実感することになった。
そして復元されていくフェアリーリングだが、まるで魔法陣のように複雑な紋様を描いているように見える。
この世界と違う次元への出入口らしいから、それなりの技術や規模が必要なのだろう。
「さて、聖域ゆえにあまり場を荒らす訳にはいかんのじゃが、これくらいは仕方がないじゃろう」
一通り作業が終わったのか、ノモスが顔を上げて右手を振った。
モコモコと周囲の土が再現したフェアリーリングを囲むように動き始める。土が固まり石となり、石のシンプルな囲いと屋根が付いた東屋が完成する。
聖域に珍しい建物なのだから、少しは凝った造りにしたらいいと思うのだが、ノモスに美術的センスを期待するのは無理があるから仕方がないだろう。
またこの聖域を訪れる機会があったら、フィオリーナに設計図を描いてもらって改築するかな?
……さすがに聖域で好き勝手するのは駄目か。フェアリーリングを保護する機能を果たしてくれるだけで十分だと思っておこう。
東屋が完成するとノモスが後ろに下がり、代わりにドリーが前に出る。
ドリーが軽く手を振ると、魔法陣……フェアリーリングに草のような植物が生え、そして枯れていく。
「調整は終わりました。ヴィータ、後はよろしくお願いします」
なるほど、あの草が土の成分を整えたのかと納得していると、少し悲しそうなドリーがヴィータに声を掛ける。
ドリーが悲しそうなのは必要なこととはいえ、植物を育て枯らすことが悲しかったからかな?
俺達の為に食べられる植物を生やして収穫する時はそんな様子を見せないので、気を遣ってくれているのか、食べるという行為を踏まえることで何かしらの線引きがあるのかもしれない。
ドリーに促され、ヴィータが前に出る。
ヴィータがふわっと右手を振ると、キラキラとした光の粒子が再現されたフェアリーリングに降り注ぐ。
もしかしなくてもキノコの胞子かな?
予想は正解だったらしく、光がフェアリーリングの線上に集まり、徐々にキノコの形に変わっていく。
光が収まると、そこには配管工のおじさんが食べるとパワーアップするような、これぞキノコという形のキノコが線上に等間隔に並んでいた。
おお、先程までは魔法陣感が凄かったのだけど、キノコが生えるとこれがフェアリーリングだと納得できる雰囲気に変化した。
俺と似たような感想を抱いていたのか、ジーナとサラも同じような反応をしている。
マルコとキッカとベル達は無邪気に喜んでおり、ムーンは命の精霊の先達であるヴィータの力に珍しく興奮しているのか、大きく弾むように伸び縮みしている。なんか可愛い。
「裕太、妖精の花蜜酒をお願い」
そういえばそんなことを言っていたな。
「了解」
そういえば妖精の花蜜酒が必要みたいなことを言っていたな。一瞬劣化した方を出そうかと思ったが、さすがにここはケチる場面じゃないよな。
魔法の鞄からちゃんとした妖精の花蜜酒を取り出し、ノモスが作ってくれたガラス製のひしゃくを添える。
ヴィータが容器の蓋を開け、ひしゃくで掬う。
「ヴィータ、慎重に適切な分量を使用するのよ」
今まで黙っていたシルフィが注意を入れる。俺が確保している妖精の花蜜酒を提供したからどれだけ使用しようがシルフィには関係ないはずなのだが、俺もできるだけ量が残ってほしいのでツッコミは入れない。
「分かっているよ。それほど量は使用しないから心配しなくても大丈夫だよ」
ヴィータがひしゃくを傾け、キノコ一つ一つにチョロっと妖精の花蜜酒を掛けていく。
ヴィータが何かしているのか、掛けた瞬間にキノコが待ち構えていたようにお酒を吸収していく。
そして淡く金色に光始めるキノコ。緑色に光るキノコは見たことがあるが、金色に光るキノコは珍しいな。
淡い光だが、光の加減で金色に見える感じではなく、あきらかな金色、そして胞子を飛ばしているのか、金粉のようなきらめきを周囲にまき散らしている。
金色が派手だと下品に感じるものだが、光が控えめなので幻想的な光景だ。月の光に照らされて光の加減で金色に見える麦の絨毯、そんな雰囲気だ。
「よし、これで十分だね。フェアリーリングの完成だ」
幻想的な光景に見入っていると、ヴィータが完成を宣言した。妖精の花蜜酒の使用量はひしゃくで三杯程度。
量的には問題ないが金額で考えると、目玉が飛び出るくらいの金額のお酒をキノコに呑ませているんだよな。
深く考えると胃が痛くなりそうだから、考えないようにしよう。
おっと、何故かシルフィの立ち位置が妖精の花蜜酒に近づいている気がする。とりあえず魔法の鞄に収納しておこう。
なんか舌打ちが聞こえた気がするが、たぶん気のせいだ。
「それで、フェアリーリングが完成したなら、もう妖精界に入れるの? というか、俺達が妖精界に入って大丈夫なものなの?」
妖精界の空気が人に合うかどうかも分からないし、妖精界とこの世界の時間の流れが違うなんてパターンもテンプレートだ。
「いきなりこちらから侵入するのは止めておいた方が良いわね。妖精は怖がりだからパニックになったら面倒だわ」
シルフィが気持ちを切り替えて質問に答えてくれる。
この世界の妖精は気が弱い性格なようだ。悪戯好きなタイプだと誘致した後が大変そうだから助かるな。
まあ、気弱な性格だと誘致が難しそうなので、痛し痒しといったところか。
「じゃあどうするの?」
「こちらからフェアリーリングを起動して世界を繋げば向こうが気が付くわよ。妖精は臆病だから原因を特定しないと安心できないし、それほど待たずに何が起こったか確かめに来るはずよ」
封鎖したはずのドアの封鎖が勝手に解かれたら確かに気になる。日本でなら警察案件だけど、妖精に警察組織があったら、そこから妖精が派遣されてきたりするのかな?
「なるほど、で……起動ってどうするの?」
「普通であれば、妖精が魔力を込めなければフェアリーリングは起動しないのだけれど……ヴィータ、お願い」
シルフィに促されヴィータがフェアリーリングの前に立つ。
「じゃあ、よろしくね」
ヴィータがキノコに語り掛けると、キノコの光が強まりフェアリーリング全体が輝きだす。
おそらくだが妖精の花蜜酒から吸収した妖精の魔力を、キノコがヴィータの頼みで放出し始めたのだろう。
え? なにこれ凄い。
目の前にこれぞファンタジーという光景が広がる。
輝きが強まり魔力が満ちたのか光の柱が立ち昇り、その輝きが消えた後に空中に虹色の玉が浮かんでいる。
「妖精界への入口が開いたわね」
シルフィが胸を張って宣言する。たしかに閉じられた世界への扉を開いたのだから胸を張ってもいい偉業だとは思うが……。
「凄いけど小さくない? あ、妖精が小さいからこれくらいで十分ってこと?」
扉が虹色の玉というのも予想外だったが、そこはこの際置いておこう。
最大の疑問はその光の玉がサッカーボール……いや、ハンドボール程度の大きさしかないことだ。
こちらから妖精界に向かうのは止めておこう的な話だったはずだが……もしかして、この玉に触れたら吸い込まれるとか転移するとかそんな感じ?
「いえ、精霊王様に聞いた話だと、飛び込めば人も入れる程度の大きな玉が完成すると聞いているわ。おそらくキノコが持つ妖精の魔力ではこの大きさが限界だったということでしょうね」
なるほど、いくら妖精の花蜜酒を浴びたキノコとはいえ、妖精が放出するほどの魔力出力は発揮できなかったということか。
「でも大丈夫よ。小さかろうと扉が開いた、そのことが重要なの」
妖精が察知さえしてくれれば構わないということなのだろうが、こんなに小さい玉を妖精が気づいてくれるのかが少しだけ心配だ。
「さて、後は妖精が様子を見に来るまで待つだけね。裕太、休憩にしましょう」
「……了解」
待つしかないのであれば、いくら虹色に綺麗に輝く玉だとしても注目し続けるのは辛いから休憩は賛成だ。
妖精界への出入口がちゃんと見えるようにフェアリーリングの近くにテーブルを設置し、リクエストを聞きながら飲み物とお菓子を配膳する。
無論ごく一部の大精霊からお酒を要求されたが、帰ってからということで断った。
妖精からすると、突然開いた出入口で精霊と人間がお酒を呑みながら待機していたら意味が分からないよね。
まあ、聖域の森の中でテーブルを設置してお茶会をしている状況も意味が分からないと思うけど、お酒を呑んでいるよりかはマシなはずだ。
「来たわね。みんな、騒いだら逃げちゃうから静かにしていないと駄目よ」
「へ? ……ああ、妖精か、忘れていたよ」
シルフィの言葉にキョトンとしてしまったが、目的を思いだして状況を認識した。
いやー、本物の聖域は凄いね。
空気が重厚というかなんというか、木漏れ日の中で凄まじい森林浴効果を体感しながらお茶を頂いていると、本来の目的すら頭から消え去りまったりしてしまっていた。
そんな中で妖精の来訪を告げられたら、驚いても無理がないよね。
さて、俺も妖精の姿を確認したいのだが、動いても良いのだろうか? 静かにとのことだから声だけ出さなければ大丈夫か?
読んでいただきありがとうございます。




